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2020年02月13日23:04
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【無名塾】『ぺてん師 タルチュフ』(福岡市民劇場２月例会)
■「無名塾」公演「ぺてん師 タルチュフ」 師匠・故千田是也さんへの思い結実 仲代達矢さん、念願初挑戦 ／福岡
(毎日新聞2020年1月28日 地方版)
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> ももちパレスで来月３〜９日 「市民劇場」例会
> 俳優の仲代達矢さん（８７）が率いる劇団「無名塾」の舞台公演「ぺてん師 タルチュフ」が２月３〜９日、早良区百道のももちパレスで上演される。演劇鑑賞団体「福岡市民劇場」の２月例会で、会員のみが鑑賞できるが、本公演からの入会も受け付けている。
> 「ぺてん師 タルチュフ」は仏の劇作家モリエールの喜劇で、仲代さんが俳優座時代の１９５７年に師と仰ぐ演出家で俳優だった故千田是也さんと共演した思い入れのある作品。当時、千田さんが演じた主人公のタルチュフ役に仲代さんが初挑戦した念願の舞台。２０１９年１０月に仲代さんが名誉館長を務める石川県の能登演劇堂で初演され、２０年３月まで九州や中国地方、東京などを巡回する。
> 物語は宗教の偽善がテーマ。裕福な商家の主人から妄信されている宗教家を装ったタルチュフを、ぺてん師であることに気付いた息子たちが正体を暴こうと奮闘する物語。膨大なセリフが行き交う圧巻の会話劇で観客を圧倒するという。
> 公演は３、７日は午後６時半、４〜６日と８日は午後１時半、９日は午後０時半からの全７回。
> 入場料は４０００円（月会費２０００円と入会金２０００円）。中高生はいずれも半額。市民劇場（０９２・７７１・８６７１）。【末永麻裕】. 〔福岡都市圏版〕
モリエールの『タルチュフ』の原題は、「Le Tartuffe ou l'Imposteur」(タルチュフあるいはぺてん師)と言う。ただし、副題の「ぺてん師」は初演時にはなく、後年、付け加えられたものであるという。
さもありなん、と思うのは、現在はもう偽信者の代名詞として国際的に著名なタルチュフ氏も、初演時には果たして本当に悪辣な詐欺師であるのか、それともひたすら敬虔な信徒であるのか、物語の序盤の段階では、観客にはどちらとも判断がつかないように構成されているからだ。
屋敷の主人であるオルゴンや、その母ペルネル夫人は、居候の神職者タルチュフを崇拝している。オルゴン家の息子たちや小間使いは、タルチュフの正体は財産狙いの詐欺師だと思っているが、双方の言い分のどちらが正しいかは分からない。なにしろ、当のタルチュフは、劇の中盤まで登場しないのだから。
当時の観客たちも、初めは戸惑ったことだろうと思う。オルゴンが娘・マリアーヌを、恋人ヴァレールと別れさせて、タルチュフの妻にすると言い出すに及んで、これはどうも「怪しい」と感じ始めるのだが、ようやく登場したタルチュフは、実際、敬虔な信徒そのもので――彼の言葉は、「宗教的には」決して間違ってはいないのだ――。
『タルチュフ』の初演は、1664年、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿での饗宴において、多くの「神職者」の面前で行われたのである。そして、彼ら観客と、舞台上のぺてん師とは、�犖�かけ上は�甓燭琉磴い發覆ぁ宗愁皀螢─璽襪呂垢覆錣繊∧造澣錣訖誠�者たちを全て「タルチュフ」であると告発したのである。
実はこのとき上演されたのは『タルチュフ』の三幕までに過ぎなかった。しかし、神職者たちにとっては、タルチュフに手玉に取られているオルゴンを描いた三幕までで、激怒するには充分だった。彼らはモリエールを弾劾し、上映中止運動を起こした。ルイ14世も、彼らの申し出を受け入れざるを得なかった。モリエールの請願によって『タルチュフ』の完全版が上演されたのは、５年後の1669年のことだった。
『タルチュフ』は有名戯曲ではあるが、演劇離れが深刻な現代では、「初めて観る」観客も少なくはないだろう。となれば、初演に倣って、「タルチュフは聖職者か詐欺師か？」と観客を惑わせる演出を施してもよかったようにも思える。先年亡くなった米倉斉加年の遺作となった舞台『タルチュフ』(「ぺてん師」の副題はない)でも、彼は当初は「どうとでも取れる」演技で観客を翻弄していた。
しかし、無名塾＆仲代達矢は、堂々と「ぺてん師」タルチュフの登場を予告する。それゆえに強調されるのは、「信者」と成り果てたオルゴンやペルネル夫人の愚かさだ。帰宅するなり、実の母の安否よりも、タルチュフの塩梅を小間使いに嬉々として問い質すオルゴンの素振りを見ていると、全く恋に落ちているようにしか見えない。まさしく「盲信」である。
そしていよいよタルチュフ＝仲代達矢の登場となるのだが――彼の演技は、概ね、先鋭的な冷酷さを体現したシリアスなものと、茫洋、ないしは飄々とした喜劇的演技に分かれるが、今回は明らかに後者である。映画なら『殺人狂時代』の、舞台なら『マンドラゴラ――悪の華』の「モヤ」的仲代達矢の演技が好きなファンには、これはたまらない魅力だろう。表情は生彩に欠けていて、首を傾げて上目遣いで相手を見る仕草は、見るからに胡散臭い。時々、台詞をトチるのも(86歳だから仕方ないけど)、かえって訥弁に見えて、信用ならざる人物造形のように見えてしまう。
観客の中には、髭もじゃの宗教家、という設定に、あの悲惨な事件の主犯であった某教祖を想起した人もいたのではなかろうか。
あの事件当時も、なぜあんなインチキくさい教祖に、知性的な人たちまでまんまと騙されたのか、と疑問に思われたものだったが、実のところ、インチキくさければインチキくさいほど、いったん信じてしまった人間は「盲信」に走ってしまうのである。誰も信用しない人間だが、「私にだけはその人の価値が分かる」――それが、信者の優越感とアイデンティティを形成する。「彼を信じる自分こそ偉い」という心理である。
そう考えると、『タルチュフ』の内包するテーマ、「宗教の偽善」が、モリエールの時代、15世紀のフランスのみに限定されるものではなく、いつの時代、どの国においても共通する普遍性を持っていることが見えてくる。特に宗教が様々な形で「政治」に深く関わっている現代日本においては。
タルチュフは、最終的には賢明なる国王の裁定によって、逮捕の憂き目に遭う。その幕切れは全くのデウス・エクス・マキナであって、非常に唐突だが、劇を見ている観客の一人に、まさしく国王であるルイ14世がいることを思えば、それはモリエールの物怖じすることのない皮肉と勇気の表れと見ることができるだろう。
翻って、現代日本に、タルチュフを処罰することができる「国王」は存在しているのだろうか。
『タルチュフ』のパンフレットには、かつて俳優座で仲代達矢の後輩であった中村敦夫が賛辞の寄稿をしている。千田是也の初演版『タルチュフ』に感激して入団し、最初は千田に師事しながらも、後に袂を分かって退団、仲代達矢との縁も切れていたように見えていた中村だが、原稿の中では、千田も仲代も絶賛している。まさに「恩讐の彼方に」で、半世紀の時を経て、「雪解け」したということだろうか。中村は仲代の映画の新作『帰郷』で映画初共演を果たしている。
タルチュフを演じる仲代の、「はあ？」という間の抜けた絶妙な合いの手を聞きながら、中村敦夫版『タルチュフ』も観てみたいと思った。もうそんな機会はなさそうだが。
(毎日新聞2020年1月28日 地方版)
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> ももちパレスで来月３〜９日 「市民劇場」例会
> 俳優の仲代達矢さん（８７）が率いる劇団「無名塾」の舞台公演「ぺてん師 タルチュフ」が２月３〜９日、早良区百道のももちパレスで上演される。演劇鑑賞団体「福岡市民劇場」の２月例会で、会員のみが鑑賞できるが、本公演からの入会も受け付けている。
> 「ぺてん師 タルチュフ」は仏の劇作家モリエールの喜劇で、仲代さんが俳優座時代の１９５７年に師と仰ぐ演出家で俳優だった故千田是也さんと共演した思い入れのある作品。当時、千田さんが演じた主人公のタルチュフ役に仲代さんが初挑戦した念願の舞台。２０１９年１０月に仲代さんが名誉館長を務める石川県の能登演劇堂で初演され、２０年３月まで九州や中国地方、東京などを巡回する。
> 物語は宗教の偽善がテーマ。裕福な商家の主人から妄信されている宗教家を装ったタルチュフを、ぺてん師であることに気付いた息子たちが正体を暴こうと奮闘する物語。膨大なセリフが行き交う圧巻の会話劇で観客を圧倒するという。
> 公演は３、７日は午後６時半、４〜６日と８日は午後１時半、９日は午後０時半からの全７回。
> 入場料は４０００円（月会費２０００円と入会金２０００円）。中高生はいずれも半額。市民劇場（０９２・７７１・８６７１）。【末永麻裕】. 〔福岡都市圏版〕
モリエールの『タルチュフ』の原題は、「Le Tartuffe ou l'Imposteur」(タルチュフあるいはぺてん師)と言う。ただし、副題の「ぺてん師」は初演時にはなく、後年、付け加えられたものであるという。
さもありなん、と思うのは、現在はもう偽信者の代名詞として国際的に著名なタルチュフ氏も、初演時には果たして本当に悪辣な詐欺師であるのか、それともひたすら敬虔な信徒であるのか、物語の序盤の段階では、観客にはどちらとも判断がつかないように構成されているからだ。
屋敷の主人であるオルゴンや、その母ペルネル夫人は、居候の神職者タルチュフを崇拝している。オルゴン家の息子たちや小間使いは、タルチュフの正体は財産狙いの詐欺師だと思っているが、双方の言い分のどちらが正しいかは分からない。なにしろ、当のタルチュフは、劇の中盤まで登場しないのだから。
当時の観客たちも、初めは戸惑ったことだろうと思う。オルゴンが娘・マリアーヌを、恋人ヴァレールと別れさせて、タルチュフの妻にすると言い出すに及んで、これはどうも「怪しい」と感じ始めるのだが、ようやく登場したタルチュフは、実際、敬虔な信徒そのもので――彼の言葉は、「宗教的には」決して間違ってはいないのだ――。
『タルチュフ』の初演は、1664年、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿での饗宴において、多くの「神職者」の面前で行われたのである。そして、彼ら観客と、舞台上のぺてん師とは、�犖�かけ上は�甓燭琉磴い發覆ぁ宗愁皀螢─璽襪呂垢覆錣繊∧造澣錣訖誠�者たちを全て「タルチュフ」であると告発したのである。
実はこのとき上演されたのは『タルチュフ』の三幕までに過ぎなかった。しかし、神職者たちにとっては、タルチュフに手玉に取られているオルゴンを描いた三幕までで、激怒するには充分だった。彼らはモリエールを弾劾し、上映中止運動を起こした。ルイ14世も、彼らの申し出を受け入れざるを得なかった。モリエールの請願によって『タルチュフ』の完全版が上演されたのは、５年後の1669年のことだった。
『タルチュフ』は有名戯曲ではあるが、演劇離れが深刻な現代では、「初めて観る」観客も少なくはないだろう。となれば、初演に倣って、「タルチュフは聖職者か詐欺師か？」と観客を惑わせる演出を施してもよかったようにも思える。先年亡くなった米倉斉加年の遺作となった舞台『タルチュフ』(「ぺてん師」の副題はない)でも、彼は当初は「どうとでも取れる」演技で観客を翻弄していた。
しかし、無名塾＆仲代達矢は、堂々と「ぺてん師」タルチュフの登場を予告する。それゆえに強調されるのは、「信者」と成り果てたオルゴンやペルネル夫人の愚かさだ。帰宅するなり、実の母の安否よりも、タルチュフの塩梅を小間使いに嬉々として問い質すオルゴンの素振りを見ていると、全く恋に落ちているようにしか見えない。まさしく「盲信」である。
そしていよいよタルチュフ＝仲代達矢の登場となるのだが――彼の演技は、概ね、先鋭的な冷酷さを体現したシリアスなものと、茫洋、ないしは飄々とした喜劇的演技に分かれるが、今回は明らかに後者である。映画なら『殺人狂時代』の、舞台なら『マンドラゴラ――悪の華』の「モヤ」的仲代達矢の演技が好きなファンには、これはたまらない魅力だろう。表情は生彩に欠けていて、首を傾げて上目遣いで相手を見る仕草は、見るからに胡散臭い。時々、台詞をトチるのも(86歳だから仕方ないけど)、かえって訥弁に見えて、信用ならざる人物造形のように見えてしまう。
観客の中には、髭もじゃの宗教家、という設定に、あの悲惨な事件の主犯であった某教祖を想起した人もいたのではなかろうか。
あの事件当時も、なぜあんなインチキくさい教祖に、知性的な人たちまでまんまと騙されたのか、と疑問に思われたものだったが、実のところ、インチキくさければインチキくさいほど、いったん信じてしまった人間は「盲信」に走ってしまうのである。誰も信用しない人間だが、「私にだけはその人の価値が分かる」――それが、信者の優越感とアイデンティティを形成する。「彼を信じる自分こそ偉い」という心理である。
そう考えると、『タルチュフ』の内包するテーマ、「宗教の偽善」が、モリエールの時代、15世紀のフランスのみに限定されるものではなく、いつの時代、どの国においても共通する普遍性を持っていることが見えてくる。特に宗教が様々な形で「政治」に深く関わっている現代日本においては。
タルチュフは、最終的には賢明なる国王の裁定によって、逮捕の憂き目に遭う。その幕切れは全くのデウス・エクス・マキナであって、非常に唐突だが、劇を見ている観客の一人に、まさしく国王であるルイ14世がいることを思えば、それはモリエールの物怖じすることのない皮肉と勇気の表れと見ることができるだろう。
翻って、現代日本に、タルチュフを処罰することができる「国王」は存在しているのだろうか。
『タルチュフ』のパンフレットには、かつて俳優座で仲代達矢の後輩であった中村敦夫が賛辞の寄稿をしている。千田是也の初演版『タルチュフ』に感激して入団し、最初は千田に師事しながらも、後に袂を分かって退団、仲代達矢との縁も切れていたように見えていた中村だが、原稿の中では、千田も仲代も絶賛している。まさに「恩讐の彼方に」で、半世紀の時を経て、「雪解け」したということだろうか。中村は仲代の映画の新作『帰郷』で映画初共演を果たしている。
タルチュフを演じる仲代の、「はあ？」という間の抜けた絶妙な合いの手を聞きながら、中村敦夫版『タルチュフ』も観てみたいと思った。もうそんな機会はなさそうだが。
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