mixiユーザー(id:2051565)
2019年06月22日18:50
163 view
うちには、天使がいます。 17.病巣
＜前回までのお話＞
2018年（執筆している時点で去年）4月初め、
やまねこのパートナー・ゆかさんは卵巣に腫瘍が見つかり、悪性の疑いを指摘され、
4月24日火曜日には自宅で脳梗塞を起こして救急車で病院に搬送されました。
腫瘍の引き起こす脳梗塞、いわゆるトルソー症候群でした。
翌日から入院、卵巣腫瘍の手術まで抗凝固剤の治療を受けることになりましたが、
29日、2度めの脳梗塞。激しい発作を起こしてしまいます。
ゆかさんは個室に移動し、その夜からやまねこも泊まりこむことになりました。
そして5月2日、手術の日を迎え、ゆかさんは手術室の中に消えてゆきました。
（なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です）
※今回の文章には、やや直接的で生々しい表現が含まれています。
そういうのが苦手なかたは、お気をつけください。
やまねこと母はゆかさんを手術室に見送って、
「病棟のロビーでお待ちになってください」と言われました。
「早ければ2時間、癒着などがあった場合は、4時間から5時間かかることもあります」
もちろん早く終わるにこしたことはありませんが、覚悟はしておかなければなりません。
時間は13時を回ったところでした。
「お昼済ませてこられましたか？」
「いえ、まだ」
「じゃ、病院の食堂行ってみましょうか」
こんな時ではあるけれど、ずっと行ってみたかったのです。
やまねこも母も、カレーを頼みました。
「意外とおいしいっスね、これ」
「そうね」母も気に入ってくれたようでした。
「〇〇病院（母が去年入院していた病院）のよりおいしいわね」
（ゆかさんの）母は、ゆかさんを看るほうになってしまいましたが、
心臓疾患と腰痛で、つい最近まで看られる側だった人です。
そうでなくても80歳を超える高齢です。
これからずっと座って待つことになりますが、
できるだけ無理のないようにしなくては。
病棟のロビーにはTVがあって、本もいくらか置いてあります。
1階の外来のロビーのようにごった返していないし、
G.W.中でさらに人が少ないので、落ち着きます。
TVから流れているのは、いかにも休日の午後、といったかんじの番組。
母といっしょに、TVを見たり雑談したりしながら待っていましたが、
やはり「待っている」というのは、時間の流れがじりじりと遅く感じられます。
ポケットに入れたお守り―ゆかさんがお正月に買ってくれた「遅咲き守り」を、
たまに握りしめて、
「手術中に脳梗塞の発作が起こりませんように」
「できれば、腫瘍の転移も癒着もありませんように」
「とにかく、ゆかさんが無事に戻ってきてくれますように」
祈りながら、
矛盾するようではありますが、できるだけ考えないようにしてもいました。
祈ることで自分を追いつめてしまうこと。そして消耗してしまうこと、
それだけは避けなくては、と思っていました。
大切なのはゆかさんが戻ってきたときに、しっかり迎えてあげられることです。
静かな静かな午後がゆっくり過ぎていきました。
たまにエレベーターが開いたりすると、
「呼びに来たかな」と期待してしまうのですが、
なかなかそうはいきません。
時計は3時を回りました。
覚悟したほうがよさそうだ、と思いました。
「やっぱり癒着があったのかもしれませんね。
先生の説明でも、なにもなければ2時間以内、癒着があれば4〜5時間、
すぐ終わるか長引くか、どちらかになるような話でしたし。
かなり長くなるかもしれませんけれど、ゆっくり待ちましょう」
母が疲れきってしまうのではないか、というのも心配でしたが、
とにかく信じて待つしかありません。
ときおりお守りをにぎりしめながら、
ぼんやりTVを見ていると、とつぜん名前を呼ばれました。
エレベーターのほうからでした。
「終わりましたよ」
見覚えのある看護師さんが立っていました。
「先生から説明があります。ご一緒に」
3時半を過ぎていました。
呼ばれるとしたら早くて5時くらいだろうと思っていたので、
少しめんくらってしまいました。
でも終わったのはいいことです。きっと、ぜったいいいことなんだ。
今まで、祈りながらもできるだけ考えないように、
ひたすら「落ち着いて、落ち着いて」と自分に言い聞かせていたのが、、
急にどきどきしてきました。
「行きましょう」母を促して立ち上がりました。
「早かったね」母も少し驚いた様子でした。
ふたたび手術室のフロアへ、
「こちらへどうぞ」と通されたのは、
手術室の隣のドアの、小さな部屋でした。
受付のように、まん中が机で仕切られていて、
椅子がふたつ。
奥にもドアがあり、手術室とつながっているようでした。
奥のドアが開いて、主治医の葛西先生が入ってきました。
血のついた手袋をはめたままの両手にそれぞれ、金属製の四角いトレイを持って。
テーブルの上にトレイを置くと、
向かって左側のトレイには、長さ5�僂�らいに見える、くちゃっとしたかんじのもの、
右側のトレイには、ソフトボールくらいの丸いかたまりが載せられているのが見えました。
先生はマスクをはずすと、
「無事終了いたしました」と言いました。
「左右の卵巣および子宮全摘出、大網切除、完了しました。
癒着も特に見られませんでした。
時間の制約がありましたので100%とは言えませんが、転移もなかったと思います。
肝臓に若干気になるぶつぶつがあったのですが、
（私は）大丈夫なのではないかと思います」
そこでひと息置いて、左のトレイを指し、
「これが左の卵巣と、子宮です」
あらためてまじまじと見ると、
血まみれのせいか黒ずんでいましたが、たしかに子宮の形をしてる、と思いました。
（精肉コーナーで売っている「コブクロ」の）
「そしてこちらが、右の卵巣です」
右側のトレイ、
ソフトボールくらいの、血まみれの肉のかたまりでした。
これが卵巣？片方の？もう片方と子宮を合わせたより、何倍も大きい…
全体としては丸いですが、、ところどころねじれたような、ひきつれたような奇妙な形で、
軟骨のように半透明の柱状のものが、いくつか表面に出ているのが見えました。
子供のころ、石狩川の河原に落ちている花崗岩を割ったときに、
中から出てきた水晶の結晶を思いだしました。
ただ、その色は薄黄色っぽく濁っていました。
こんなものが体に入っていたんだ。
これが「がん」というものなのか。
「これから、病巣は顕微鏡での検査に回ります。
結果が出るまで、1週間から2週間くらいでしょうかね、
そこで悪性なのか良性なのか、境界悪性なのか、
また悪性の場合どんな顔つきのがんなのか、調べることになります」
「ただ、」と言って、先生はしげしげと右側のトレイを見ました。
「この形だと、悪性の可能性は高いでしょう。でも100%悪性かどうかは、
調べてみないとわかりません」
「奥さんはまだ休んでおられます。
これからICUに移りますが、
のちほど目が覚めたら面会できますので、またお呼びします。
またロビーでお待ちになってください」
今日会えるんだ。
再び病棟のロビーで。
「すごいの入ってたんですね」と母に言いました。
「ねえ。あんな大きいのが。痛いはずね」
「胃も圧迫されてたはずだから、食欲なかったのもなるほどでした。
でもこんな大きなものが入っていたのに、
癒着も転移もなかったというのが（まだ確実とは言えないけれど）
なんだか奇跡のように思えます。
いちばん心配だった、術中の脳梗塞も起こらなかったですし」
「そうね。ほんとうに、よかった」
やまねこにとって、ゆかさんはとても大切な人ですが、
母はゆかさんが生まれてからずっと、ゆかさんを生んでからずっと、知っているのです。
そして母は女性ですから、やまねことはまた違う思いを抱いたかもしれません。
今度は思ったより早く、
4時半くらいに呼ばれました。
もう夕方ということもあって、ICUのフロアは手術室のフロア以上に人影が少なく、
ひっそり静まりかえっていました。
ゆかさんはどんな様子だろう？
憔悴しきっているかもしれない。
会えるのはとても、とてもうれしいけれど、
顔を見て安心するくらいにしておこう―
ICUドアは外からは開かないドアで、
看護師さんが先にたってインタホンで会話すると、中から開き、
ゆかさんのベッドまで案内されました。
ゆかさんは鼻に酸素のチューブが入っていましたが、
少し上体を起こしていたので、驚きました。
顔色もけっしていいとはいえませんが、想像していたほど青白くはありませでしたし、
憔悴した様子もありませんでした。
そしてやはり、にっこり微笑んで迎えてくれました。
「なんだかね、すっと寝ちゃって、次に気がついたらもう終わっちゃってたよ」
ゆかさんはとりあえず、手術から無事に帰ってきました。
ひとつハードルを越えたのは確かです。
まだまだこれで終わりではない、とわかっていても、涙が出そうなくらい安心しました。
「2,3日のうちに、早ければ明日にでも病棟に戻れると思います。
あしたまたいらしてくださいね」
短い面会が終わりました。
「たいへんでしたね。おつかれさまでした。
でも無事に終わってよかったです」
「ほんとにね」
母を実家まで車で送っていき、
やまねこも今夜はうちに帰ります。
いや、毎日帰ってはいたのですが、
うちで寝るのは、どれだけぶりでしょう。
数えてみたら、たった4日だったのですが、
ずいぶん久しぶりに感じられました。
メイさん（ねこ）はいつもと変わらずに迎えてくれます。
「メイさん、今夜はいっしょだよ。あらためて、お誕生日おめでとう」
ゆかさんはICUで、ちゃんと眠れたかな、と、ふっと思いましたが、
やまねこはいつも通りの寝つきの良さで、ふとんに入るなり寝入ってしまいました。
（続きます）
＜うたうやまねこ今後のLIVE予定＞
6/29(Sat.)四谷天窓.comfort → http://
Open12:30/Start13:00/Charge \2,000+1D
高田馬場のビルの5階、
大きな窓から空の見えるライブハウスでの、お昼のLIVEです。
グランドピアノの弾き語りになります。
13:30までにご入場のかたはソフトドリンク飲み放題になりますので、
のんびり楽しみにいらしてくださいね。
6
0
ログインしてコメントを確認・投稿する