非教育的な個人的DV対応

まぁ、今を遡ること４０年ほど昔の当時には良くあった話として。

ご近所の奥様方の噂好きは役に立つ、

「誰ソレちゃんのお父さん、お嫁さんをいつも叩いてるんですってよ」

なんて話は私の小学生中学生時代には井戸端会議の主なテーマに成りかねない面白可笑しい話の種で、川崎南部地域の一部では茶飲み話にわりと良く話されていた。

もう亡くなってかれこれ３０年は経つ私の祖母の家に、呼びもしないのに向こうから勝手に頻繁に足を運んで来ていた、それが

『石山情報』

というヤツだ。

石山さんは美容師で、自分が経営している美容室に客足が途絶えて暇になると、５分か１０分程度の徒歩圏にある近所の他所宅にヨッコイショと言わんばかりの勢いでもって、からりと引き戸を開けて

「お邪魔するわよ〜」

などと気安く声をかけては当時は施錠習慣のない専業主婦の在宅する家に上がり込んで暇潰しをして歩くような、そういうタイプの女将さんだった。

その石山さんは本当に真からすっかりと悪気のない人で、生前の私の祖母に急須からお茶を注がせては挨拶もそこそこに

「それでね…！」

と噂話を気楽に切り出す。

もう完璧に渡鬼の世界そのものである。

しかし渡鬼と少し違っていたのは、噂話の爼上に載るのは私の同級生だったり、近所の小売り業者のプライバシーだったり、噂話の種にされる人物達の数と言えば…、それはそれは大変に顔の広い美容師だった。

その『石山情報』によると…。

私が小学校低学年の頃に仲良く遊んだ男子同級生の父親は甲斐性のないヤクザであったし、また別の同級生の母親は駆け落ち者で実家を頼るあても無く甲斐性のない亭主のせいで家計の足しにパート仕事を始めただの、洗濯屋の娘は彼氏にフラレたばかりで痩せちゃっただの、定食屋の亭主は妻子を放り出して駅前でパチンコ中だとか…。

石山情報と言うのは…、まぁ…、それは大変に目も当てられない数々の不幸話と他人の失敗談で町内の全てが埋め尽くされた救いがたい惨状と窮状ばかりだった。

そして何より最高の黄金のオチと言うのが決まっていて、

「だから困った事があったら遠慮なんかしないで何時でもアタシに言っておいで」

としたものだったのだが。

機関銃もかくやという勢いで話される他人の家の話と言うのはいつもそれなりに長く続き、学校帰りによく祖母宅に寄っていた私の目の前に石山情報は滔々と語られ、私は居間のテレビで水戸黄門なんかを見ながら退屈もせず、いついつまでも果てなく繰り返される他人の家庭のどれもこれも似たような話を、祖母の漬けた白菜漬けをシャリシャリパリパリとかじりながら聞いていた。

そう、私は小学生の当時から、あまり身動きもせずに祖母の横でテレビを見ながらお茶を啜っては口数少なく漬け物やミカンなんかを静かに剥いて過ごす大人しい子供だった。

だから、私は、いついつまでも繰り返される石山情報を遮る事なく、延々美容師の好き放題に喋りたいことを喋りたいだけ存分に喋らせておける子供だったのだ。

そして祖母は私を炬燵の脇に置き、滔々と時の流れのままに垂れ流される石山情報に

「はぁ〜、そうなのかい」「それじゃアンタも大変だったね」「じゃあお嫁さんは大丈夫だね」「そんじゃご亭主も大したもんだ」

と短く相槌を、呼びもしないのに勝手に彼方から客の来ない暇潰しに足しげく通ってくる石山情報に向かって繰り返していた。

相槌の合間に祖母は使い勝手の良い急須から少しぬるくなったお茶をそれぞれの茶碗に継ぎ足しては、時おりは茶箪笥の奥から煎餅を出して来たり…、冷蔵庫から漬け物を出して来たり…。

大人になった今でも私の長所と言えば、居ても邪魔にならない口数少ない物静かな、それでいてミカンの白い筋を『大人の話し』が終わるまで何個でも丁寧に丁寧に剥いては食べていられる、とした点…、だろうか…。

私には石山情報よりも百恵ちゃんの赤いドラマが面白かった…、私には石山情報よりも鉄道公安官のほうが楽しかった…、私には石山情報よりも石原裕次郎のほうが興味深いイケメンだった…、私には杉良太郎が絶世の美男に見えていた…、私の心の中はいつも

（早く終わらないかなぁ？、この人はやく帰ってくれないかなぁ？）

とした気持ちでいっぱいだった。

しかし石山情報は、私の母にも

「キミちゃん！、アンタも大変だろうけど、何かあったらアタシに言って来るんだよ！」

と悪気なく朗らかに言って憚らない人だった。

（うちのお母さんのことも他所の家で言って回ってるの、みんな知ってるのに？）




父からいじめ回答、父親に渡す
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