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2018年07月02日13:55

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八木沢里志著『森崎書店の日々』〜普通の人々の日常を書いたお話

八木沢里志著『森崎書店の日々』『続・森崎書店の日々』

最初の章から、私が主人公の女性に、スッと同化したような感じだった。冒頭で、「わたし」は、一年ほど付き合った恋人から「結婚するんだ」と言われる。恋人から別の人との結婚を宣言されたのだ。彼に他に恋人がいることさえ知らかった「わたし」にとっては晴天の霹靂で、聞き間違ったのかと思った。とどのつまり、彼は二股をかけていたにも関わらず、悪びれずに「結婚する」と宣言したのだった。私にはこんな経験はないけれど、もしあったとしたら、この「わたし」と似たり寄ったりの反応をしただろう。

(引用)
 きっとメロドラマとかなら、ここで立ち上がってワインでもぶっかけてやるところだろう。でも、わたしは自分の感情を表に出すのが昔からへたくそで、あとで一人になってじっくり考えてみないと、自分がそもそも何を思っているのかもわからない性質だった。
(引用終わり)

私もこの主人公と同じで、同伴者と別れて、ひとりになって電車にでも乗ってゆっくり考えてみないと何が起こったのか理解できないことがよくある。家に帰りついてしばらくたってから、なんで一緒にいるときにもっとまともな反応ができなかったのか、あー言えばよかった。こうすればよかったと悔やみ、真っ赤になって怒り、ほろほろと涙を流したりする。この本の「わたし」の反応が鏡で自分をみるようだった。

その後は、神保町の古本屋街に店を持つ叔父に、本屋の上の部屋を提供してもらい、本屋を手伝いながら、「わたし」が本屋街の同業者や常連客に助けられて立ち直っていく。そして余裕ができると、叔父や常連客や古本屋街の人々とのふれあい日記のような感じになっていく。

隣近所との交流は、古本屋街でなくとも、世界中、どこの商店街でも同じようにあるだろう。私の東京の職場の近くには門前仲町の商店街が、住まいの近くには新井薬師の商店街があった。郷里の宮崎にも長崎にもアーケード街や商店街があって、昔から何代もそこに住みながら店をやっている人たちがいた。たぶん、古本屋という同業者が集まった街でなくても、同じ商店街の人たちには交流があるだろうし、お馴染みの客ともいろいろな物語があるだろう。私も職場で使う茶葉は、いつも同じ茶屋で買っていた。予算を言って、新茶を紹介してもらったり、茶の入れ方を教わったりした。週1回通った花屋さんでも、その朝の仕入れ具合で、旬の花を予算内で貰っていた。そこには、挨拶だけではない、お店の人たちとのちょっとした交流があった。

神保町には、私も何回か言ったことがある。九段下で地下鉄を降りて、本屋街をお茶の水駅まで散歩した。何か目的があったのではないが、本屋の並ぶ通りは好きだった。この本の主人公は、古本屋街に溶け込んでいく。たまに行く程度では、そこで暮らす人、働く人をつぶさに観察することはできない。昨今の集合住宅や大型店舗では見られない、人間味あふれる交流が、この本には描かれている。「わたし」も新たな恋を見つけるし、カフェのアルバイトのホール係と調理場のふたりのこと、叔父さんの家出していた嫁さんのことなどなど・・・ ミステリーのようなはらはらドキドキはないが、温かい人々の日常が書いてある。カフェのマスターが「わたし」の新しい出会いをそれとなくお膳立てしたのは、すごく粋だった。『続・・・』では、最後に奥さんを病気で失った叔父さんが、奥さんが生前に書いていたノートで立ち直る。竹宮恵子さんの漫画『変奏曲』で、兄を失くして抜け殻のようになった妹に、兄から誕生祝の花束が届く場面を思い出した。

失恋から「わたし」が立ち直る最初の1歩は爆睡だった。そして、本に手を伸ばす。叔父さんが書店をやっていなかったら、本にはいかなかったかもしれない。そして、この話の中には、絶妙な加減で「わたし」が読む本やら、叔父さんが垂れる著者の紹介が入っている。私は近現代の日本文学は苦手なのだが、この本を読んでいると、手に取って読んでみたい気にさせられる。読者に本との出会いに誘う二冊でもあると思う。

まとめ買い] 森崎書店の日々(小学館文庫)
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