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2017年07月22日00:57

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錨をあげて。。

その古い船は空を見上げていました。
潮の匂いとどこからともなく漂うくちなしの花の
香りのする午後でした。

船は3日前に作られた港のドックに帰ってきたのです。
誕生したときは(最先端)だった大がかりな装備も、
時代おくれとなり
本体のあちこちに(寿命が)きていました。
彼の(今後)は2,3日中に決まる予定でした。

今まで(必死に働いてきた彼にとって
(初めてのゆっくりしたしがらみのない休日)
だったのです。

その時(一筋の碧い風が吹いて)
何者かが入ってきました。
みると(クラリネットをもった若い水兵)でした。
若者はうなだれて、トボトボと歩いています。
その様子があんまり切なかったので、
古い船は声をかけてみました。

(水兵さん、どうしたのですか?
ここは船のドックですよ?)
(ああ、、申し訳ありません。
すっかり考え事をして歩いていたら。。)
(あなたはこの港の基地の水兵さんですか?)
(そうです。
隊の楽団でクラリネットを吹いているのです。
今度大会に出場決定したので、練習しているのですが、
どうも
うまくいかなくて。。
ところで、あなたは。。。。)
(私は、3日前にこのドックに帰ってきた古い船です。)

確かに何度も修理され、
船体全体が傷だらけの船ではありましたが
その確かな年月を経た静かなたたずまいに
水兵はとてもひかれて言いました。
(あなたは幾度も激しい戦いも経験された船と
お見受けします。
戦うこと、傷つくこと、失敗すること
それらに恐れはなかったのでしょうか?
投げ出したい気持ちは
なかったのですか?)
(なぜ、傷つくと思うのですか?)船は返しました。
(それは、技が未熟な自分がいやになるからです。)
(では、心が傷つくのは、
自分自身ができていないからでしょうか?)

船は静かに言葉を重ねます。
(それは、違うと私は思います。
傷つくのは、心が逃げていないから。
問題に向き合っているからこそ、
恐れも迷いもでるのです。
君の迷いも、恐れているから。
さあ、勇気をだして吹いてごらんなさい。
私が聞いていますから。)

クラリネットは鳴り出しましたが、
それは
(音色)ではなく
(飛び上がるような鉄砲水)のようでした。

船はしばらくじっと聞いて、言いました。
(若者よ、少しおまちなさい。
まず、心を落ち着かせなさい。
私は、音楽の何もわからないが、
君の心のあせりはわかる。
でも、あせっても何も考えられない。
基本に戻って一音一音拾いなさい。
ゆっくりでいい。
そして練習を重ねるのです。
技が未熟な自分がいやならば、
自分で乗り越えるしかないのです)

若者は最初は、少し不満げでしたが、
最初から少しずつ練習を
始めました。船は辛抱強く耳を傾けています。
そして胸のなかに
(初めて海に出港したころの自分)を
おもいだしておりました。

何日か、同じ時間に若者は、
ここへ訪れて練習を重ねたおかげで
(音も荒波からさざ波のように)(なめらか)に
なってきました。
しかし、いつものように(反復練習)をしていた若者は
(曲の途中でどうしても
(詰まって間違えるところがありました)
何度練習しても、すらりといきません。
とうとう、音符の途中で音が止まりました。
(こんなことばかりしても間に合わない。
どうせ私にはほかのみんなのようにうまくできない。
ほかのだれかと交代させられてしまうのだ。)

聞いていた船は(すこし重い声)で言いました。

(きみは、人と較べるために吹いているのですか?)

古い船は、もっと近く、
(自分の甲板)にすわるように
梯子をかけました。
古びた傷ついた甲板でしたが、陽だまりのぬくもりが残っていて
座った若者の体中にじわじわと伝わってきました。

それでも、(やけ)をおこしている彼の心には(波)がありました。

(それならば、お聞きしたいのですが
あなたには、他の船をうらやましいと思ったことはないのですか?)

(ありますよ)

優しい穏やかな夕暮れを想うような声でした。

(巨大な空母や、一匹狼の潜水艦
大勢の人に愛される客船や鮮やかな色彩の帆船、

自分に自信がないとき、うまくいかないとき、
ひとは、他人と比較してしまうのです。
けれどもそれぞれに良さがあるようにそれぞれに苦悩はあります。
私の役目は私の役目、誰一人変わることができません。

きみもそうでしょう。
きみは、きみの想いがあってふいているのでしょう?
きみの音色は君しか出せないもの。
それを忘れてはいけない。
過去は変えられないが、未来と自分は変えられるのですよ。
失敗して傷ついてもいい。
どうすれば、自分らしくうまくいくのか
それが重要だと私は思う。
何度でもやりなおして再出発すればいいのだから。)

若者は黙って聞いておりましたが、
その顔はだんだん紅くなって
いきました。
その日以降、かれは姿を見せなくなりました。

古い船は寂しい思いがありました。
若者に一言(お別れ)を言いたかったのです。
彼にはもう(船番)も(船名)も
(消されてありませんでした)
それは後輩の船のために(目標船)になって
沈むことを意味しておりました。

澄み渡った突き抜けるような蒼い夏空の朝、
船はいよいよ(出港の日)を迎えました。

ドックのみなが(静かな別れの言葉)をかけるなか
古い船はそろそろと、海に後ろ向きにすべりだしました。

その時です。

晴れやかなラッパの音が聞こえました。
岸壁にあの若者、
いいえ(水兵)が直立不動でたっております。
りりしい(制服)の何人か仲間たちもいっしょです。
水兵は(仲間と最後の仕上げをするため)に
特訓していたのです。

一糸乱れぬ(華やかな見事な音色)が
滑りゆく船体全部を
美しい七色のテープのように包みます。

(錨(いかり)をあげて)

それは(人生の輝かしい門出)に
何度も何度も送られた曲でした。
船は目頭が熱くなってまいりました。
その様子を見られないようにそっと走り出しました。

水兵は(船の後ろ姿)をみて、
その出港が(何を意味するのか)をすぐに察しました。
のどの奥から、大きな塊が上がってきます。
けれど、
しっかり全力で想いをこめて吹かねばなりません。
心の中には(あの言葉が)
こだまのように響いております。

(過去は変えられないが、
未来と自分は変えられるのですよ。
失敗して傷ついてもいい。
何度でもやりなおして再出発すればいいのだから。)

(ボーーーー)

だんだん小さくなってゆく船影から
(返礼の警笛)となにか小さなものが海にまかれました。

魂のこもったマーチと警笛がきらきら光る波間に
いつまでも漂っておりました。


やがて船影がみえなくなったとき
水兵は波間にうかぶ(白いちいさなもの)を
拾い上げました。
それは
(くちなしの花)でした。
花言葉は、、、

(私は幸せ者です)

若い水兵は泣きました。
大きな声でたくさんたくさん泣いたのです。

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