mixiユーザー(id:1029157)

2016年02月21日02:53

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言葉の進化は衰退と同意義か?

言葉の乱れが目立つ昨今。
mixiニュースにも取り上げられるが、まぁ、なかなかおかしい。
承知で使う高度なギャグもあるのだが、知らずに使う無知な輩が多過ぎる。
言葉ってのはツールである以上正しく使ったほうがよい。
だが、ツールである以上間違った使い方でもできちゃったりもする。
それがまぁ、怖いわけなのだが。
最近の例だと『大丈夫です』がよろしくない。
自分はあまりこの例にあったことはないのだが、ニュースにも取り上げられるように、よくある事案のようだ。
使用例としては、こうだ。
『呑みにいかないか?』『大丈夫です』。
この大丈夫、『結構です』と同意義で使うらしい。
うん、アホか?
大丈夫ですってOKです、問題ないですって意味の言葉じゃないのか?
この場合の大丈夫ですの受け取り方は多分『行けます、大丈夫です』だと思うんだよ。
しかし、発信側は全く反対の意味で使っている。
そう『誘っていただかなくても、大丈夫です』って、意味で使っている。
『結構です』『行けません』等の言葉を使うと角が立つ、だから『大丈夫です』を使うらしいのだが。
この使い方……アメリカナイズだと思う。
早い話『ソーリー』ではなく『ノーセンキュー』ってわけだ。
まぁ、確かに『ノーセンキュー』に変わる日本語て、ないよな。
日本人は感謝の時も『すいません』と言って、なかなか『ありがとう』とは言わない。
多分、自分のために何かしてもらうことに何らかの引け目を感じているのだろう。
だからその行為を受け入れてありがとうと返すより、やっていただきすいませんと返す、そういう反応が体に染み付いてしまったのだと思われる。
これは日本人の根底にあるものだよなぁ。
あと、昔から目立つものなのだが『ヤバイ』ってのはヤバイね。
言葉の乱れっていうより、完全に思考能力の欠如だと思う。
だが、これはもしかしたら言葉を超えた新しいコミュニケーション手段になり得るかもしれない。
実際、ヤバイって言葉はどこでも使われる。
意味も様々だ。
美味い、不味い、危ない、凄い、良くない、良い、感動する、汚い、高いetc
なんというか、これだけで日常会話できるんじゃないかってぐらい意味がある。
その意味の大半が五感に訴えるものだ。
つまり、五感に何らかの刺激が与えられることによって咄嗟に口から出る言葉、それがヤバイ、だ。
言葉を知らない人間がヤバイという言葉に無数の意味を乗っけた結果が現状だ。
すごく高まったその感情を言葉にできず、その感情の言葉を知らず、吐き出すもの、それがヤバイ、だ。
このヤバイ。ほっておけばどんどん広がっていくだろう。
日本語に対する害悪ではあるが、悪いことではない。
何故なら、このヤバイは、コミュニケーションになり得るからだ。
どんな時でも使うヤバイは、その時に応じた意味をもっている。
それは発信者の雰囲気、感じ、表情から読み取れる。
逆に言えば、電話では読み解くことのできない情報が大量にあるということだ。
会って話を聞くということが必要になる。
会い、そのヤバイを共有することでその人の感情、感じ方、空気を読み解くことができる。
このヤバイはその人の空気や感情を読み、前までの情報とすり合わせ、さらに自分の中で想像までさせる。
かなり深いところまで考える言葉だ。
便利で安易に使ってしまうヤバイという言葉、言われたその時その空気を読み、思考を読み、表情を読み、深くその人とシンクロすることで正しい意味を思考して言葉の先にある感情を共有してみてはどうだろうか?
多分…………ヤバイよ?


小説。
書く事決まった。
だが、〆切には間に合わない。
次のJURAは薄くなりそうだぜ。
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