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2015年08月20日21:58

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50年前・45年前・40年前

50年前、高校野球50年の節目の年(1965年)。
福岡県代表・三池工業が初出場初制覇。
二年前の炭鉱爆発事故が暗い影を落としていた中、この初優勝がきっかけで大牟田の街が一気に熱くなった。
当時の原貢監督が一躍有名に。

45年前、大阪万博に沸いた年の甲子園(1970年)。
四年前(三池工業優勝の翌年)から東海大相模の監督に就任した原貢氏。
前年初出場も静岡商業に完封負けだった東海大相模は、この年に上原・若林コンビで悲願の初制覇を果たす。
PLとの決勝のスコアは、偶然にも今回の優勝と同じ10-6。

そして40年前(1975年)。
原貢監督の息子でもある現在の巨人軍原監督、それから東海大甲府高校の村中秀人監督が二年次に在籍していた年。
選抜で惜しくも準優勝となった東海大相模。
準々決勝では埼玉の上尾高校に5-4で敗れてリベンジはならなかった。
この年はちょうど自分が生まれた年。
そのことを思うと感慨深い。

5年前、沖縄県の興南高校に決勝で滅多打ちにされて以来の決勝戦。
去年は初戦で不甲斐なく敗退してしまった雪辱を晴らしての優勝は、45年前の初優勝のときと被って見えた。

対する仙台育英も、東北への初の優勝旗への執念は凄まじかった。
特に6回裏の満塁機からの三塁打がそれを物語っていた。
エースの佐藤君を前の早実戦で温存できていれば、絶対流れが変わっていただろう・・・。

両チームとも、死力を尽くしに尽くした決勝戦。
来年は全員で優勝旗・準優勝旗を返還しに行けるように頑張りましょう!

あと準決勝で姿を消したが、早実の清宮君と関東一高のオコエ君も、本当に鮮烈な印象を残した。
特に清宮君は、まだ再来年の夏まであるので今後も旋風を巻き起こすかも。

東海大相模V、OBからコメント
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3575655
 第97回全国高校野球選手権大会は最終日の20日、東海大相模(神奈川)が仙台育英(宮城)を10−6で破り、1970年以来、45年ぶり2度目の優勝を果たした。

 巨人・原監督 45年前も(決勝のスコアは)10−6。僕が小学6年生の時でしたね、父の胴上げ姿を見たのは。門馬監督の攻撃的な野球は、父の野球を継承しているといつも言ってくださるが、父は「攻撃性に関しては門馬君の野球が超えているよ」と言葉を贈っていると思う。OBとしてもこんなに感激なことはないし、いかに(優勝が)難しくて遠いか。OBとして、ありがとうございました。

 巨人・菅野 優勝候補と言われてプレッシャーを感じていたと思いますが、前評判通りの戦いぶりで優勝したことが本当にすごいことだと思います。

 中日・森野 投手投手と騒がれていたチームだったが、野手の頑張りで勝ち上がった。チームの力がどこの高校よりも上だったのだと思う。

 広島・田中 優勝候補と言われて優勝するのだから力がある。小笠原君は持っていますね。うれしいけれど、門馬監督が一番喜んでいると思う。
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