mixiユーザー(id:3097311)

2015年06月17日22:02

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これは将来大きな問題になるのでは?

最近、不食と言う事がシャレにならないくらい表面化してきている、やや、ブームの兆しのようにすらうかがえる。

勿論、食べようが食べまいが個人の自由だと言ってしまえばそれまでである。けれども「人間は本来食べずに生きられる。」とか、「エネルギーの源泉であるところの太陽光を直接摂取することで生命を維持し、それ以外は不用とする。」みたいな考えを真に受けて実行するのは、個人的にいかがなものか?と、思う。

まず、本来人間が食べずに生きられる生物であるとするなら、そもそもどうしてこれほどの消化器官、及び吸収分解解毒等に携わる臓器がこれほど発達しているのか?

何メートルもの腸管が腹中に密に組み込まれているのは何のためなのか?消化器官の疲労が万病を生むと言うがその消化器官の維持管理においても人間の身体は代謝能力等を使っているのである。

確かに過食でいたずらに疲弊させることは良くないとは思う、しかし、不食や拒食で必要な栄養素すら事実上摂取しない状況が長く続けば人間は、いや、生命は衰弱していまい、最悪○んでしまうのではないか?そう言う事例が過去にないとでも言うのか?

一定期間だけ、計画的に食を絶ち、その後又、身体に負担を掛けないよう計画的に適食に戻すというのなら趣味としてなんの問題もないと思う、

問題なのはこう言う情報を何ていうか、いたずらに有用な物として具体的な説明も無しにばらまいてしまうことと、それを真に受けて安易に我流で実行してしまうことで、

断食と言うのはやり方を間違えると、身体にダメージを与えてしまう技術的にかなり高度な食事方法だと思う。

「現代は飽食の時代で、常に食事が出来る状況にある、そもそも一日三食は多すぎる。」等と言う言葉もよく聞くようになった。

しかし、食に恵まれた時代だからこそ現代人はそれを上手く活用できるのではないか?ボクは個人的には問題は食事の回数より摂取カロリーでは無いかと思っている。

僕自身、一日最低二千キロカロリー摂取を目標にしている、ところが、どちらかというと食が細いのでコレに届かないときがある。そういう時は捕食をするので一日四食とかになる。それが特別からだに悪い事だとも、消化器官を疲弊させる物だとも思っていない。

「食べたくないときは身体が拒絶しているのでソレに従えば良い」と、言う考え方もあるかも知れないが少なくともボクの場合、ソレに従うと確実に体重が減る。

確かに太りすぎるのは良くないと思う、けれども、痩せすぎもやはり身体に良くない、ボクの場合今の体重を維持するには一日の総摂取カロリーは二千キロカロリーは必要だと感じており、それだけ摂取するよう心がけている、食事を何回に分けるかは日々の体調しだいである。

消化器官を休ませること、疲労させないことは確かに大事なことかも知れないけれど、身体を衰弱させないことももしかするとそれ以上に大事なことなのかも知れない。

勿論、食生活など個人の自由で、ああだこうだ言うのはそれこそ余計なお世話なのだろうけど、

本格的な(それも一過性の)ブームにならなければいいなぁと、個人的には思っている。

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