mixiユーザー(id:5437811)

2015年06月12日05:44

303 view

少年A酒鬼薔薇聖斗加害者も犯罪行為をやる前には、被害者側だったかもしれない。【メモ】

<1997年に神戸市内で連続児童殺傷事件を起こした元少年が手記を出版することに対して、遺族が6月10日「今すぐに出版を中止し、本を回収して」と訴えた。毎日新聞などが報じた。>

この報道に対して異議がある。

本は日記をアップしていると言う然るに。
少年A酒鬼薔薇聖斗は、自らの事件を振り返り自己分析をする過程で、弁証法で考える手法を捉えたのだと思ってます。
故に過去は過去であり、今どの様に生きているかをありのまま等身大で語ったのだと思います。
メディアの反応は、被害者感情一方的で止まった時間しか言い表していないと思いました。
しかるに、加害者側は矯正教育と罰を受け罪を償い社会復帰している現在進行形の存在です、この相違を本来言い表すのが中立のメディアの責任です。
メディアが対症療法と言う厳罰主義一辺倒になっているように感じました
ただし被害者側は、今生に存在しないのだからけして加害者側になれない。
加害者が再び加害者に為らないようにするのが矯正教育と言う「 罰 」なはずだ。
加害者が犯した罪と罰を本にする事の意味と表現の自由、その表現が「 罪 」を犯しているなら「 罰 」せなければ成らない、被害者遺族親の感情が正にそこにある。
しかし、メディアが被害者側の一方の感情のみをコトサラ取り上げる事は、加害者が罪を償った存在を否定する事にも成り社会復帰を阻害し差別感情さえ煽ることにもなる。
罪を犯し裁かれ罪を償い矯正教育を受けて、社会復帰した存在の中での、本の表現を性善説、魔女狩り的に生悪説で見る事では無い。
本来少年刑法犯の社会現象と矯正教育の現場からと見る事が問われるべき事だと思いました。

更にメディアが言う様に「本を回収しろ」=「本が罪を犯す存在と映る」なら、矯正教育の失態でありそれだけ社会現象も複雑難儀な課題があると言う事で虞犯少年の取り巻く世界が厳しい現状を表して今までの対症療法では問題解決ができない現状であると言え。
社会不安、性発達の不完全、健康不安、精神的な不安、貧富の差、精神的な貧困並びに暴力性社会これらの根源療法が問われている。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/10/statement-against-sakakibara-seito_n_7549892.html

少年A事件を手記に 抗議電話も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3460612
7 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年06月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930