須坂と春日部を往復する生活はおよそ1年続いた。約1年の間、毎週春日部と須坂を行き来し続けた。片道およそ240キロ。夏を終えて真冬の雪の中も。積雪の菅平、碓氷峠。真っ白な闇夜を走る俺は青い弾丸。春はまた来る。仕事は20時に終わるので休前日は退勤して
眼鏡屋のオープンは7/6だった。ワールドカップのあった年だから2002年だ。優勝はロナウド擁するブラジル。準優勝はカーンのドイツ…とはいえ俺はあんま見てなかったのかな。結構世の中盛り上がってたんだけど。オープンに先立つ事2日。2002年7月4日。俺は須
長野県須坂市。県北部、長野市の北に位置する都市で人口は五万人ぐらい。春日部で育ち、太田の大学に通い、就職後に転勤してきた俺にとっては第三の故郷…といえるかもしれん。とは言え、休みの度にほぼ春日部に戻っていたので、正直、そこまでディープに過ご
大宮で新幹線に乗り、長野へ。当時はまだ【長野新幹線】という名称だった。転勤の日はうす暗いうちに起きた。4時半とかだったか。。洋室の布団から起き上がり申し訳程度の台所で顔を洗う。とりあえず付けたテレビもやってなかったりしてNHKの報道か何かを
カローラスパシオは実家にあった。玉子っぽい楕円形の青い…濃紺?の車。いわゆる5人乗りファミリーカー。お飾り程度にルーフレールみたいのが付いている。当時は(2000年前後〜?)よく走っていた車だ。初心者マークの頃にコスった傷が左のドアにある。ブロ
一人暮らしが始まった。2002年だった。「一人暮らし始めたから、遊びきてくれよ」小中高と一緒だった幼馴染のタケヲや、高校から仲間に加わったスナオ、幼稚園時代からの付き合いのトモアキと、引越し祝いの飲み会をした。鍋をつまんで…米か酒か、みんな好き
そのアパート【カトレア春日部南】に住みはじめたのは社会人2年目の春頃だったかな、多分。寒かった気もする。眼鏡屋に勤めていたんだけれども。ふとしたことで父親と喧嘩をしたんだ。ふてくされて数日。とりあえず実家を出る事にした俺は当時付き合っていた
やっぱ春日部よなあ。かつての同僚が体を壊してしまったので舞台だった春日部をテーマに日記を書いていきたいが方向が定まらないな。どうしたものか。とりあえず懐かしの店に行ってみようということで。ドンドンドン♪ドンキー、びっくりドンキー♪いいもの悪