(当時小学3年生の阿部先生も今は立派なギャングです・笑)*** 『慶應義塾幼稚舎疎開学園の記録 上』よりアメリカの飛行機が、毎日毎晩のように東京の空を飛んで、「焼夷弾」という爆弾を落としていくようになりました。その時「空襲」という、おそろしい言葉
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