mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了8/4第13回英連邦戦没捕虜追悼礼拝

詳細

2007年07月27日 01:34 更新

すべては繰り返さないために。


〜以下、転送歓迎〜

第13回英連邦戦没捕虜追悼礼拝
日時: 2007年8月4日(土)午前11時(午前10時30分集合)
雨天でも決行します。
場所: 英連邦戦死者墓地(横浜市保土ヶ谷区狩場町)
交通: JR横須賀線保土ヶ谷駅東口下車
横浜市営バス53系統「平和台」行きにて約15分、「永田台公園前」下車、進行方向右、徒歩3分、料金片道210円
バス時刻: 9:00、9;30、10:00、10:30

*晴天の場合は厳しい暑さに備え、パラソル、帽子などをご持参下さい。
*雨の心配がある場合は雨具をご用意下さい。雨をさけられる場所がありません。

主催: 実行委員会 (代表 奥津隆雄)
問い合わせ: 雨宮剛 042−771−3707
奥津隆雄 04−2959−7567


(趣旨)
 近年、阿部首相をはじめ日本政府は憲法9条を改正し、日本が軍隊を持ち、再び戦争ができる国にしようとしています。そのようなニュースを見聞きするたびに、私たちの心は痛みます。日本政府の大きな力と動きに対して、私たちの力は小さく無力に思えます。しかし、私たちは一体何ができるのか、と問うた時、「私たちは私たちの草の根の平和活動をしよう。この追悼礼拝がその一つだ。」という答えに至ります。
 
 この墓地に眠る1800余名の方々は、戦時中主に、タイ、シンガポール、香港などにあった捕虜収容所での強制労働に耐え抜いただけでなく、その後日本に強制連行され、日本の各地にあった収容所で亡くなった英連邦および旧連合国軍の兵士の方々です。この中には「泰緬鉄道」の建設工事に従事した方々もおられます。彼らが二度と母国の地を踏めなかった責任は、日本と日本人の側にあり、彼らを弔うのは私たち日本人にとって当然の道義的責務であります。にもかかわらず、このような犠牲者の存在をほとんどの日本人は知りません。彼らの魂、またその家族は半世紀の間、この墓地でどのような思いを持って過してきたのでしょうか。

 今年も英連邦墓地において追悼礼拝を行います。私たちは、この追悼礼拝を通して、戦没者に心からの謝罪をし、同じ過ちを二度と繰り返さないという誓いをすることによって、足元からの戦争責任を果たしていかねばなりません。同様に私たちは、先の戦争で犠牲となった2000万を超えるアジア諸国の人々にお詫びをし、赦しを乞うとともに、310万人の同胞にも追悼の意を表したいと思います。(中略)

 世界がテロと報復の時代と化してしまった今日、私たちの追悼礼拝の意義はますます大きくなりつつあります。日本から発信されるこれに勝る平和と和解のメッセージは他にはないのではないでしょうか。私たちは今後とも毎年8月第一土曜日午前11時を覚え、いかなる情勢においてもこの追悼礼拝を継続し、「平和を創り出す者」として、戦争の記憶を次世代に継承していく使命を果たしてまいりたいと願っております。

 何卒お繰り合わせの上、ご参加くださいますようご案内申し上げます。平和とは、すべての人が平和の時に実現するものです。宗教、人種、国籍など、そのような違いをすべて超えたところに平和があると信じます。


「泰緬鉄道」
第二次世界大戦末期、日本陸軍がインド侵攻作戦追行のため建設したタイ(泰)国とビルマ(緬間)を結ぶ軍事鉄道。これはタイのノンプラドックからビルマのタムビサヤに至る延長距離415キロに及ぶ鉄道で、1942年7月着工、翌年10月に完成した。英国など連合国捕虜6万8000人とアジアから連行された20万人とも30万人ともいわれる労務者(ロームシャ)がこの建設のために強制労働させられた。過労や栄養失調、マラリヤ、コレラ、などの病気、虐待などのため、連合国捕虜は1万3000人、アジアの労務者は(正確にはわからないが)約半数が犠牲になったという。このじじつは「枕木1本に一人の命が奪われた」と今の語り継がれ、日本軍が戦時中に行った残虐行為の中でも、最も凶悪なものとして「死の鉄道」の名で記憶されている。




コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2007年08月04日 (土) (土)午前11時(午前10時30分集合)
  • 神奈川県 横浜市保土ヶ谷区狩場町
  • 2007年08月04日 (土) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人