この発表では、宗教的、またはスピリチュアルな技法におけるヒーリングにおいて、しばしば見られる奇跡的な治癒や病や死への自己受容といった事柄が、いったい人間存在においていかなる事態を指し示しているのかということを、哲学的観点から考察することを目的としている。そして哲学の立場から考察した場合、奇跡とは、まず第一次的にすでに起こったことであり、二次的に現象した諸々の奇跡は、その第一次の奇跡を「指し示す」働きをしているということが明らかになるであろう。
現在、ヒーリングはブームの観を呈しているし、手技療法やクリスタルを用いたもの、チャクラと呼ばれている人体システムに働きかけるものなど、多岐にわたっており、各々の「奇跡的治癒」の成果がかまびすしく喧伝されている。
それでは、ヒーリングにおいて「奇跡」が生じるメカニズムはどのようなものであろうか。その有力な仮説としては意識の非局在性(Non Local Consciousness)がラリー・ドッシーによって提唱されている。意識は脳や身体に局在しているものではなく、時空を超越しているというのである。また近年マクタガードによって紹介されたゼロ・ポイント・フィールド(Zero Point Field)仮説によれば、作用粒子が生成する場である他人のZFPにヒーラーが働きかけるという捉え方がみられる。そしてバーガーは人間はエネルギー、もしくは波動的(vibrational)な多次元構造を有するという視点から、物質界・肉体/エーテル界接触面・エーテル界・アストラル界・メンタル界・コーザル界・より高次の霊的エネルギー界という多次元構造をモデルとした波動医学(Vibrational Medicine)を提唱している。
これらは一見して説得力を有するように見えるが、人間存在を「波動」や「エネルギー」という科学的知見によって整理することにより、「微妙な還元主義」に陥ーる可能性がある。認識論的には利得をもたらす知見であっても、あらためて存在論の立場から、ヒーリングにおける奇跡の構造について考えることはできないだろうか。