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開催終了浄閑寺 荷風忌

詳細

2007年04月30日 01:03 更新

吉原遊女の投げ込み寺として、また荷風の愛した寺で知られる浄閑寺で、恒例の荷風忌。
13時半からの法要のあと、講演会。

コメント(3)

  • [1] mixiユーザー

    2007年04月30日 13:05

    初めまして。直吉です。

    って、あれっあれっ? もう直ぐ13:00〜!
    間に合うかしらん。
  • [2] mixiユーザー

    2007年05月02日 08:02

    お初です。
    直吉さんは間に合ったのかしら。早く気がつけば私も足を運んでみたかったです。
  • [3] mixiユーザー

    2007年07月20日 20:31

    永井荷風の日記「断腸亭日乗」(岩波書店出版全7巻)を睡眠薬代わりに読み始め、もう3〜4年になる。現在、昭和15年〜19年の第五巻を読んでいる。真珠湾を攻撃した直後は調子が良かったが、徐々に戦況は悪化する一途。昭和17〜18年あたりになると、庶民への生活へのしわ寄せが強化されるばかり。そのような時代や社会そして政治を見る荷風の視点はまことに鋭く、的確である。
     今でも、午後1時を13時という表現をしますね。これは、軍隊式の時間の表し方で、昭和17年10月11日から始まったそうだ。
     昭和18年になると、働き盛りの男性が戦場に送られすぎて、工場労働者が極端に不足するようになり、その穴埋めとして十月より「徴用令」なる法律が生まれ、戦時物資を製造する工場へ様々な職種から強制的に動員されたそうだ。「徴用令」の意味は知っていたが、その実体は何も知らなかった。例えば、○○高校に勤めている××さんがある軍需工場へ「徴用」されたとします。その人の賃金はどうなると思いますか?以前の務め先の○○高校の賃金が保証されると思いますか?残念!「徴用」先の給料に合わされるのです。その当時でおおよそ4分の1の減給が平均だったそうです。慣れぬ工場での仕事にために、身体を壊したり、事故で指や手などを無くす人も多かったそうです。
    この「日乗」には、上記のような追い詰められれた戦況での庶民に生活が綿密に記載されています。
     この日記は歴史の教科書からは決して学ぶことができないことを教えてくれます。日記は(創作の部分があろうがなかろうが)その時代の証言者の働きをしている。荷風は上記のような事実を日記に記入するとき、その時代の生き証人になるとは夢にも思わなかったであろう。でも、70年後の我々に実に多くのことを教えてくれる。日記は時代の生き証人だ。
     

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  • 2007年04月30日 (月)
  • 東京都 三ノ輪浄閑寺
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