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開催終了第3回『立高恩師の最終講義』 倉員保海先生(日本史・世界史)

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2007年09月02日 15:32 更新

 
 第3回目を迎えます『立高恩師の最終講義』が来たる9月8日午後2時〜5時頃、東京都立立川高校4F階段教室で開催されます。

★『立高恩師の最終講義』とは・・・
私たち弐中・立高時代それぞれの期におられた個性的で味わい深い先生に再び立高の教壇に立っていただき、現在のご自身の生き方、教育観や人生の奥義、専門として極められたご研究、往時私たちに教えたかったことについてぜひ今お話をうかがいたいという企画です。その結果はまた、紫芳会会報『紫芳』と連動し、同誌に収録して、会員の皆さんにも追体験していただきます。

 今回は日本史・世界史の倉員保海先生をお迎えして、「幕末初期の立川周辺 〜鈴木平九郎『公私日記』の解読を中心に〜」と出して、講義が行われます。
 皆様、お誘いあわせの上、ご参加くださいますよう、よろしくお願いいたします。

◎講義内容「幕末初期の立川周辺 〜鈴木平九郎『公私日記』の解読を中心に〜」
 私たちの立川高校の根拠地である立川は、平安時代に地頭として住むようになった立河氏に始まるといわれています。やがて、鎌倉から室町、戦国の激動時代を経て立河氏が滅んだ後、徳川の時代の新田開発や玉川上水の敷設に伴って地域振興も安定。その徳川の時代が終わる頃の立川周辺のことが、近年、柴崎村名主の鈴木平九郎の記した『公私日記』などで、しだいに明らかになってきているようです。今回は倉員保海先生にそのあたりを講義していただきます。

●倉員保海先生のプロフィール
 福岡県出身。旧制福岡高等学校から東京大学文学部東洋史学科に入学後、「学徒出陣」のため特攻隊で知られた鹿児島の鹿屋基地に配属され、戦後に復学。昭和23年に卒業され、東京・世田谷の千歳丘高校に歴史科教師として着任。昭和32年(1957)に立高に転任し、以後は昭和57年(1982)まで25年間にも亘って世界史・日本史の教鞭をとられ、演劇部や地歴部の顧問としてもご活躍されました。
 長身で痩身、細面に丸眼鏡といった独特の風貌で、淡々粛々とマイペースで授業を進まれ、時折、騒ぐ生徒を大声で一喝、呆気にとられた生徒をそのままに、すぐに淡々粛々と授業を続けられたご様子が強く印象に残っています。

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2007年09月04日 11:15

    なつかしいですね。
    2年のときの担任でした。
    できの悪い生徒だったので、赤点がたくさんあり、倉員先生から「淡々」と注意された記憶が残っております。
mixiユーザー
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  • 2007年09月08日 (土) 午後2時〜5時頃
  • 東京都 都立立川高校4F階段教室
  • 2007年09月08日 (土) 締切
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参加者
1人