mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了島津歳久と秀吉展

詳細

2007年04月01日 11:09 更新

島津義久、義弘の弟でありながら、非業の死を遂げた島津歳久。

その足跡をパネルと資料で紹介します。

第一部 パネル展 2007/3/1〜4/25
第二部 資料展  2007/4/28〜5/27

図録はないそうですが、解説集を配布してくださるそうです。

新聞、HPでは情報収集ができませんでした。
唯一、電話での問い合わせで入った情報ですので不備だらけですので、詳しいことは電話で問い合わせてください。

さつま町歴史資料センター
http://www.satsuma-net.jp/contents.cfm?id=34

開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜(国民の祝日または振替休日のときは翌日)
     年末年始(12月26日〜1月2日)
入館料  ・一般・大学生 210円
      (団体20人以上 150円)

     ・小・中・高校生 100円
      (団体20人以上 50円)

お問い合わせ:歴史研修センター
住所:鹿児島県薩摩郡さつま町虎居5228
電話番号:0996-52-3340

コメント(2)

  • [1] mixiユーザー

    2007年04月01日 23:42

    島津歳久と秀吉展〜第一部〜
    2007/4/1

    【コース】
    自宅 → 東郷平八郎祖先の墓(車窓) → 宮之城文化センター → さつま町歴史研修センター → 宗功寺公園 → 自宅

    本日は、珍しく家族での行動となりました。
    娘も史跡めぐりにデビューを果たしました。結果的にはできなかったのですが。。。

    《東郷平八郎祖先の墓》
    こちらは川内方面から270号線を北上していると、藤川天神の交差点の手前に人形浄瑠璃ですか、看板が出ている場所に交差点のところにちょうどあります。

    交差点ですので、なかなか立ち止まって見るわけにも行かず、いつも車窓から眺めるだけです。写真もまだ撮れていません。

    《宮之城文化センター》
    寺山公園で昼食をとろうと思ったのですが、場所がわからず今回は行き当たりばったりの文化センターで。穴場でした。駐車場近くで雨が降り出しでもすぐに車に乗り込めるというのがよかったです。乳飲み子がいるから、実用性の高い場所が好まれます。

    《さつま町歴史研修センター》
    こちらは宗功寺公園に隣接する歴史資料館という具合です。
    今回のメインです。

    入り口すぐには歳久居城であった虎居城のジオラマが。吉田松尾城を18年居城とした後に、天正年間に歳久が領主になって以来12年ほどこの地にいたとのこと。

    場所的には歴史研修センターの川内川をはさんだ向こう側に位置します。ちょうど川内川がヘアピンカーブのような湾曲をなしているんで、「のどちんこ」のような島状といいましょうか。自然の要害で、平安時代からこの地にあったそうです。実際に戦闘になったことはないそうです。

    歳久が入城したころは、この地を下之城と呼んでいたそうですが、「下」とは不吉とのことで「宮」をつけ「宮之城」と変えられたとのこと。1594年に北条時久によって変えられたそうです。

    島津歳久にゆかりのある供養塔や墓地などが10枚程度のパネルで展示されていました。あと歳久にまつわる踊りなどが展示されていました。

    2階に行くと、常設展で島津義久が書いた書状や歳久の霊位というのが箱入りでありました。こちらは掛け軸になっており、

    「天正二十年壬辰 
      心岳良空大禅伯 尊位 
      七月十八日」
    とかかれたものが展示されていました。撮影禁止だったので紹介できないのが残念です。

    *歳久の遺体埋葬の経緯
    竜ヶ水自刃→重富にて遺体洗い(御石山)→首 名護屋城→京都にて晒される→忠長により取り戻され京都の浄福寺、宝林庵にて埋葬

    胴体→帖佐総善寺に埋葬→明治年間に首と胴体を合葬→日置日吉へ埋葬

    日置島津氏による埋葬は昭和初期だそうです。その晩、現在の天文館公園にあった(たぶん…)日置島津氏の館の門前に、馬のひづめの音がしたそうです。

    歳久公が御礼参りをされたとのことで慌てて家人は正装をし、扉を開けると億のほうへよろい武者がすwっと消えていったという伝説があります。

    私が以前訪ねた日吉にやけに綺麗な保存状態のいい墓石があると思っていたのは、このころに移されたものだそうです。現在は同じ敷地内に南洲窯という、西郷隆盛のひ孫に当たる方が焼き物をされています。

    また、尚久坐像と伝えられるものも展示されていました。

    展示品自体は少なく、今回は解説集はいただけませんでしたが、次回の4月28日からの資料展ではいただけるようです。

    なによりも研修センター職員の方の熱心な説明で十分満足しました。

    歳久の書状はほとんど残されていません。天下人秀吉に弓を引いた張本人だということで歴史の闇に葬り去られてしまったのです。

    しかし!私は見ました、歳久の花押を。出口からでて帰ろうとしたところを呼び止められ見せていただきました。

    それは歳久の馬術の師匠へあてた起請文と呼ばれるものの中に確かに歳久の字を。花押を。

    とても繊細で線が細い字体でした。そして花押の真上には「年久」とかかれていました。歳久ではなく、年久。写しをいただきたかったのですが、遠慮してしまいました。。。次の機会にお願いしようかと思います。。。

    研修センターの先生も興奮気味でした^^

    次回の第二部の資料展のときには時間を多めにとって供養塔などをご案内していただけるとのこと。ありがたいです。

    《宗功寺公園》
    宮之城島津氏歴代の墓地である、宗功寺公園には二代忠長の墓もありました。

    以前行った、福岡の岩屋城合戦での攻め手です。伊集院忠棟とともに800名弱の籠城戦で4000名の死者をだしたとのこと。壮絶な攻防戦が繰り広げられました。

    先に書いた歳久の首を京都に埋葬するなど、ぼっけもんな忠長です。好きになりました。

    ついつい熱が入ってしまって長くなってしまいました。。。



  • [2] mixiユーザー

    2007年04月01日 23:54

    島津歳久ゆかりの地
    http://blog.goo.ne.jp/john96pierre/e/19a02da60a7f9ba3112d079225aa4562

    こちらは歳久の史跡を丹念に調べられた資料からピックアップしたリストです。
mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2007年05月27日 (日) 3/1〜5/27
  • 鹿児島県 さつま町歴史研修センター
  • 2007年05月27日 (日) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人