1942年、第二次世界大戦中のパリで男4人兄弟の3番目に双子として生まれる。 7歳からチェロをはじめ13歳でパリ国立高等音楽院に入学、15歳で室内楽、16歳でチェロのプリミエ・プリを獲得する。18歳から突如音楽活動を停止し、音楽美学や音楽学、また、音楽以外の文化を学ぶが22歳で再びチェロを手にプラドを目指しカザルスの前で演奏する。 イタリア・シエナのキジアーナ音楽院に入学し、卒業後、師であるセルジオ・ロレンツォ主宰のアンサンブル「ピアノ・クインテット・キジアーナ」のメンバーとして活動、年間50回の演奏会を8年間続ける。24歳からキジアーナ音楽院で教鞭をとり、フランス・リヨン国立高等音楽院の教授を経て、89年からはパリ国立高等音楽院の教授として後進の指導にあたるほか、権威ある室内楽コンクールの一つ「ボルドー国際弦楽四重奏コンクール」の総裁を務める。J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲全集」は絶賛され("choc" le monde de la musique)、この演奏に触発され映画や本がリリースされるなど、J.S.バッハの演奏には定評がある。 2006年11月開催の「第1回ガスパール・カサド国際チェロ・コンクールin八王子」(http://www.cassado-cello.jp)の審査員に選ばれる。