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開催終了映画「南京の真実(仮題)」

詳細

2007年03月18日 16:45 更新

http://www.nankinnoshinjitsu.com/

 南京陥落70周年の今年 (平成19年・2007年)、米国サンダンス映画祭にて、南京「大虐殺」映画が公開されました。  さらに、中国、カナダ、米国等で計7本の南京「大虐殺」映画製作が予定され、全世界で公開されると言われています。歴史的事実に反し、誤った歴史認識に基づくこのような反日プロパガンダ映画によって、南京「大虐殺」なる歴史の捏造が「真実」として、世界の共通認識とされる恐れがあります。また、そこから生まれる反日、侮日意識が、同盟国の米国だけでなく、世界中の人々に定着しかねません。

 「情報戦争勃発」とも言える危機的事態に、私たちは大同団結し、誤った歴史認識を是正し、プロパガンダ攻勢に反撃すべく、南京攻略戦の正確な検証と真実を全世界に伝える映画製作を決意しました。
 映画は英語版や中国語版等も同時に作り、世界同時公開を目指します。また、インターネットの動画配信も実行する予定です。

 この映画製作には、全国草莽の皆さんの熱いご支援ご協力が必要です。
 是非、映画製作にご参加いただき、祖国日本の誇りと名誉を守りましょう。 平成19年1月

映画「南京の真実」製作委員会
監督  水島 総
日本映画監督協会会員
日本脚本家連盟会員
日本文化チャンネル桜 代表

コメント(6)

  • [1] mixiユーザー

    2007年03月19日 10:51

    行きたいけど、物理的に不可能ですね。
  • [2] mixiユーザー

    2007年04月01日 13:50

    ニューズウィーク2007/4/2号
    http://www.msnbc.msn.com/id/17770834/site/newsweek/


    Guest Commentary
    By Hideaki Kase
    Japanese Author, Historian

    April 2, 2007 issue - History is a hot topic in Japan these days, with the country's wartime behavior returning to haunt its citizens. Many Japanese are dismayed by the possibility that the U.S. House of Representatives will soon demand a formal apology from Tokyo for the imperial military's alleged use of "comfort women," or sex slaves, during World War II. This talk has taken the Japanese government by surprise, especially given its unprecedented support for Washington in Iraq and the war on terrorism.

    The world can't comprehend why Japan is reluctant to say sorry once more. But most Japanese can't understand why issues like the comfort women or the Nanking Massacre have resurfaced at all. Since World War II, the country has abided by the pacifism forced on it by the U.S. occupation. To promote such peacefulness, the Japanese media and intellectuals created an image of Japan as a warlike place that had to be prevented from rearming at all costs. To heighten the danger, the media also exaggerated or even invented wretched acts supposedly committed by Japan's imperial forces.

    In the first years after the nation's surrender in 1945, many of its citizens found this imposed meekness hard to take. In 1952, for example, the Diet unanimously called for the men convicted by the Allied war-criminal trials to be treated the same as those honorably killed or injured on the battlefield. Half of Japan's then population signed petitions calling for the immediate release of incarcerated war criminals, and the major political parties of the day refused to accept any war guilt.

    By the 1970s, however, this resistance began to diminish as memories of the war faded and the economy began to boom. Intoxicated by its unprecedented affluence, Japan was willing to ask forgiveness of its neighbors if this proved good for business. In 1993, Chief Cabinet Secretary Yohei Kono apologized for Japan's having coerced women into prostitution during the war. Three years later, on the 50th anniversary of Japan's surrender, the Socialist Prime Minister Tomiichi Murayama acknowledged that Japanese aggression during the war had caused "tremendous damage and suffering" to many Asian countries.

    In recent years, however, long-dormant nationalism has begun to rise again due to several factors. First, during the economic slump that extended into the early part of this decade, the benefits of apologizing became less clear. Second, the conservative prime minister, Shinzo Abe, is 53, and the bulk of his cabinet and aides are in their 40s and 50s. Most don't understand why they should do penance for events that occurred before they were born.

    Japanese nationalism has also been revived by China's alarming military buildup and North Korea's nascent nuclear threat. And it has spiked in response to the way Japan's neighbors seem to be exploiting bad history for present gain. Seoul did not even raise the comfort-women issue, for example, when it normalized relations with Tokyo in 1965; it was Japanese leftists who finally broached the topic in the 1980s.

    The fact is that the brothels were commercial establishments. U.S. Army records explicitly declare that the comfort women were prostitutes, and found no instances of "kidnapping" by the Japanese authorities. It's also worth noting that some 40 percent of these women were of Japanese origin.

    Many Japanese politicians have also come to believe that the Nanking Massacre was a fabrication of the Chinese, who are using it to pressure Japan into granting concessions in other areas. More than 60 Diet members conducted several study sessions in February and March. Much evidence disproving the massacre was presented; for example, although the Chinese Nationalist Ministry of Information conducted more than 300 press conferences over 11 months after the fall of Nanking, it never breathed a word about any massacre. Nor did Chiang Kai-shek or Mao Zedong refer to it in statements on the first anniversary of the war.

    Diet members are now forming a new caucus to study the facts. Whatever they find, further apologies are unlikely. The country's attitude has changed dramatically since the 1970s. In recent decades, for example, many Japanese history textbooks blamed Japanese forces for massacring 200,000 to 300,000 Chinese civilians in Nanking. Only one textbook mentions such events today. Saluting the rising-sun flag and singing the national anthem (the title of which translates as "Your Noble Reign") have become mandatory in public schools. These are small but telling signs of how Japan's sentiments have changed. The country is eager to resume its place in the world as a normal nation, with a normal defense and foreign policy. The harder its neighbors or the United States push it for apologies, the harder Japan may start pushing back.

    Kase is a historian and author who served as an adviser to Prime Ministers Takeo Fukuda and Yasuhiro Nakasone.

  • [3] mixiユーザー

    2007年04月01日 13:50

    前掲 日本語訳
    http://datefile.iza.ne.jp/blog/entry/143678#cmt

    最近、日本では歴史問題で熱くなっている。それは第二次大戦中の行為がその国民を恐れ慄かせるべく甦ったからだ。「第二次世界大戦中に大日本帝国軍が「従軍慰安婦」もしくは性奴隷として利用した」との嫌疑で米国下院議員が日本政府に正式な謝罪を要求する可能性が増したことに、多くの日本人は心配をしている。また、この話は日本政府を仰天させた。イラクやテロとの戦いで日本は前例のない支援を米国政府にしてきたからだ。



    世界は日本がどうして再び謝ることを渋っているのかを理解出来ない。しかし、ほとんどの日本人も、どうして慰安婦や南京大虐殺のような問題が再浮上したのか、訳が分からないでいる。



    第二次世界大戦以来、日本は米国占領軍によって押し付けられた平和主義に従ってきた。このような平和を推進する為に日本のメディアや文化的進歩人は、どんなことをしても再軍備を止めさせようと好戦的な日本のイメージを作り上げた。そして、危機感を持たせるために、メディアも誇張したり、更には日本帝国軍がやってもいない卑劣な行為をでっち上げまでした。



    1945年に日本が降伏してから数年は、多くの国民には、この押し付けられたヤワさは受け容れがたかった。例えば1952年の国会は、連合軍の戦争犯罪裁判で有罪とされた人々が、名誉の戦死を遂げた者や傷病兵と同様に扱われるよう、全会一致で求めた。当時の日本の総人口の半数(4000万人)が、投獄されていた戦犯の即時釈放を求める請願書に署名し、当時の主要政党はいかなる戦争の有罪も赦免した。(共産党と労農党は反対)



    しかしながら1970年代までに、戦争の記憶が薄れ、景気が良くなるにつれ、この抵抗は縮小した。その未曽有の豊かさに酔いしれて、これがビジネスに良いと分かれば、日本は、喜んで近隣諸国の許しを求めた。



    1993年、河野洋平官房長官は、日本が戦争中に女性を強制的に売春させたと謝罪した。3年後、日本降伏50周年に、社会党出身の村山富市総理大臣は、戦争中の日本の侵略行為がアジアの多くの国々に「多大な損害と苦痛」を与えたことを認めた。



    しかし近年、長い間眠っていたナショナリズムが、いくつかの要素(中国における反日デモなど)の為に再び頭をもたげ始めた。第一に、この10年に及ぶ経済不況の間、もはや謝罪する事が利益とならないことが分かった。第二に、保守派の安倍晋三総理大臣は53歳であり、彼の閣僚と側近のほとんどは40代と50代である。そのほとんどは、何故彼らが、自分達が生まれる前に起こった事件の贖罪をしなければならないのか、理解できないでいる。



    中国の驚くべき軍事増強と初期段階とは言え北朝鮮の核兵器の脅威により、日本のナショナリズムが復活させられている。またそれは、日本の隣国が現在の利益の為に悪い歴史を利用していることに呼応し急増した。



    例えば、韓国政府は、1965年に日本政府と国交正常化した時には、慰安婦問題を取り上げすらしなかったのだ。この問題を1980年代に最終的に持ち出したのは、日本の左翼主義者達だった。



    慰安所は商業施設であったというのが事実である。慰安婦達が売春婦であり、日本当局による「誘拐」の例は一件として発見しなかったと米軍の記録は明らかに宣言している。また、これらの女性の40%が日本人である事も、注目に値する。



    多くの日本の政治家達も南京大虐殺は、他の分野で譲歩させるべく日本に圧力をかける為に利用している中国側のでっちあげだと考えるようになった。60人以上の国会議員達が、2月と3月に勉強会を数回実施した。



    虐殺が誤りである事を証明する多くの証拠が提示された。例えば、中国国民党情報省が南京陥落後11ヶ月に渡って、300回以上の記者会見を開いているにも関わらず、虐殺については一度も触れていない。蒋介石も毛沢東も、最初の終戦記念日の声明で虐殺について言及しなかった。



    議員達は現在、事実を究明すべく、新たな幹部会(南京事件の真実を検証する会)を設立している。彼らが何かを見つけたとしても、更なる謝罪は有り得ない。日本の態度は1970年代以来、劇的に変わっている。例えばこの数十年間、多くの日本の歴史教科書は、日本軍が南京で20万人から30万人の中国民間人を虐殺したと非難した。しかし、今日、このような虐殺に触れている教科書は一冊だけである。



    日の丸に敬意を表し、国歌<『君が代』>を歌う事は、公立学校では義務になった。これらは些細なことではあるが、どのように日本の感情が変わったのかという明らかなサインだ。



    日本は、普通の防衛政策・外交政策を行う世界における普通の国の地位を取り戻したいと望んでいる。中国・韓国・北朝鮮・アメリカなどが、厳しく日本に謝罪を迫れば迫るほど、日本は益々抵抗をするであろう。−翻訳終了−
  • [4] mixiユーザー

    2007年04月01日 13:51

    史実を世界に発信する会

    http://hassin.sejp.net/

    当会の目的は、欧米諸国で流布されている反日プロパガンダに英文で反駁するため、その土台となる「英文Web資料館」を構築することにあります。活動の中心は、近現代史に関する有用な日本語文献を英訳し、これをWeb上で無料で公開することです。

     文献の英訳費用は、1ページあたり1万円程度が相場であり、単行本一冊あたり約300〜500万円程度が必要になります。
     当会は政府の支援を受けていないため、この翻訳費用を全て皆様からのご寄付で賄っています。
     このようにして英訳された文献は、英文のWeb資料館(http://www.sdh-fact.com/)に掲載され、誰でもダウンロードできます。
     英語圏の理性ある人々はこの資料館を利用することによって、「反日宣伝と戦う武器」を手にすることができるのです。

     活動内容の詳細は http://hassin.sejp.net/introduction.html を
    寄付金の募集に関しては http://hassin.sejp.net/contribution.html を御覧下さい。

     また、2次的な活動として
    ? 当会HPに併設されているブログによる情報発信(ブログはこちら http://news-hassin.sejp.net/)
    ? 当会の編集による研究・論文の発表  
    ? 国内外のマスコミ、政治家等に対する意見書、抗議文の発表
    等を実施しています。

     会の活動状況・最新情報については、併設ブログがほぼ毎日更新されていますので、今後おいでになる際はブログをご確認下さい。
     ご意見・お問合せについては、メールフォーム(http://hassin.sejp.net/mail.html)又はブログのコメント欄をご利用下さい。
  • [5] mixiユーザー

    2007年04月06日 20:59

    宮崎正弘のホームページ
     http://www.nippon-nn.net/miyazaki/
    ◎小誌の購読は下記サイトから。(過去4年分のバックナンバー閲覧も可能)。
    http://www.melma.com/backnumber_45206/


    日本外国特派員協会で、立命館大学教授の北村稔氏が、新著『The Politics of Nanjing 』(「南京」の政治学)について会見をしました。
    会場には50人以上が詰めかけ、その中には藤岡信勝氏・田久保忠衛氏らの顔が見え、”CHINA”とシールの貼られたビデオを回す見慣れないカメラマンが入り込み、北村氏と欧米人記者との間の質疑応答では白熱した議論が展開されました。
    北村氏の新著は、5年前に出版された『「南京事件」の探求 − その実像を求めて』の英訳本で、翻訳者ハル・ゴールド氏も隣席していました。

    同書の主題は、先の大戦中の1937年末から38年にかけて南京に進駐した日本軍によるマサクル(虐殺)があったどうかの検証です。
    同書の結論は、”虐殺と呼べる事実”はなかったというものです。
    リベラル派(日本にいる外人記者・ジャーナリストのほとんどは、そう思っていい)の滞日数十年の古株外人記者たちが正面最前席に陣取り、緊張した空気が漂っていました。

    北村氏の英語のスピーチは以下のようなものでした。

    ●1937年〜38年にかけての日本軍の南京占領下の状況をマサクル(虐殺)と呼ぶべきか、ディスオーダー(混乱)と云うべきかに焦点を当てて論じたのが、私の英語の新著『The Politics of Nanjing 』である。

    ●内容は5年前に文芸春秋新書から出した『「南京事件」の探求 − その実像を求めて』と90%は同じである。 この5年の間に見出された事柄や所謂”百人斬り事件”についての新事実は脚注の形で入れ込んだ。

    ●「南京事件」についての中国側の主張は一致していて、30万人虐殺説である。
    日本側はそれを真っ向から否定している。

    ●新著は”中立者”の立場から歴史を再現し検証したものである。
    新著が依拠したのは、南京と東京で戦後行われた戦争犯罪人裁判で下された判決を形成したアメリカ人、中国人、欧州人の証言や彼らが提示した証拠である。

    ●日本人の証言は採用しなかった。 日本人の調査によってもたらされた証拠も採用しなかった。 もしこれらを採用したなら、日本の立場を擁護する政治的偏向の書であるとの非難を惹起し、 人々は私の調査に関心を寄せないだろうと考えたからである。
    それらの証言・証拠を分類し、ひとつひとつが生み出された由来・背景・事情を鑑定し、その信頼度を確認した。 一つ一つの証言が証人によって実際に目撃されたものかを詳細に調べた。

    ●これらを吟味する作業は、社会的な常識、”コモンセンス”を以ってした。
    ”コモンセンス”を以って、所与の状況下での人々の行動の質と規模の蓋然性について合理的判断を下した。
    こうしてこそ、読者の理解を得ることになるからである。


    △論考はコモンセンスをもって

    ●多様な証拠や証言について、判断力を具えた人々の大多数が、矛盾がない妥当であると思うことを判定の拠りどころとした。採用した審査員団のリーダーにも、私(北村)が学術的な調査・手法を通じて集めた発見物を提示し、”コモンセンス”を以って合理的に判断してもらった。

    以上の手法から到達した結論は、混乱(コンフージョン)や無秩序(ディスオーダー)は存在したと云えるが、決して虐殺(マサクル)はなかったというものだ。
    戦闘員による計画的な、ナチがユダヤ人にしたような大虐殺は日本軍占領下の南京ではなかった。

    ●秩序の乱れとは、法的な手続きを経ない戦争犯罪人(P.O.W)の処刑である。これは絶対的な食物不足から大量のP.O.W(後の質疑で1万人と北村氏は記者に応えていた)の処刑が行われた。

    ●中国人は南京市内でなく、多くはその外で死んだ。 大量の中国人市民が中国人兵隊と混在し、南京から避難しようとした混乱があった。
    その避難民を日本海軍の爆撃機は攻撃し、多くの中国人は揚子江のえん堤周辺で命を失った。 この悲劇の一因は、南京を守っていた中国兵が、避難に欠かせない渡河船・艀をすべて焼いて沈めたことにある。

    ●国民党軍の南京司令官唐生智は最後の一兵まで日本軍と闘うと宣言して、日本軍の降伏勧告を拒絶した。
    しかし唐生智は 南京陥落の一日前に自分の逃亡用に確保していた蒸気船に乗って逃げ、1万人近くの兵を置き去りにした。 これは蒋介石の命令によりなされた。
    残された中国軍から統率は失われ、指揮命令系統は絶たれ、彼らは絶望的な混乱に陥った。

    ●ジョン・ラーべは南京の守護者・擁護者として、アイリス・チャン本に登場する有名なドイツ人である。 彼は、ドイツ企業シーメンスの南京代表で、ナチであった。
    蒋介石はドイツ・ナチと友好関係を結んでおり、ナチから軍事顧問団を迎え、シーメンスから大量の兵器や戦闘用備品を購入していた。
    ラーベやドイツ軍事顧問団は、他の西欧人とともに南京陥落後も市内に留まり、安全区に”国際コミティ”を形成した。 ここに逃げ込んできた避難民に水や食料を供給していた。

    ●一方、親日中国人層により形成された”安全政府コミティ”もあって、日本軍・日本領事館はこれをサポートした。
    日本軍は”安全政府コミティ”に施政権を渡して、占領を解きたかったが、彼らが自立できず叶わなかった。 これは早急にイラク人に施政権を渡して、そこから引き上げたい今のアメリカ軍と同様であった。

    ●米・露大使館含め現地に留まった西欧人は慈善行為に努めただけでなく、南京市内外で生起していた状況をよくリポートした。これらのリポートは、都度日本領事館にも渡された。 蒋介石の国民党政府はリポートを集成し、内容を確認して、南京陥落から2年後の1939年、上海と香港で南京安全区のドキュメント資料として出版した。 ここにその本を持参したが、その中のエピソードをふたつ紹介する。

    ひとつは、1938年1月初め、日本軍が米を安全区外の中国人に配給していること。

    もうひとつは、日本軍の援助で行われた米と小麦粉の配給についてで、ラーベから日本領事館の福田参事への手紙がそのことに触れている。

    「1938年1月8日、”安全政府コミティ”により1,250袋の米がただで配られ、10,000袋の米が売られることになった。 9日それらの米を運んでくれと頼まれトラック5台を手配して、10日に実施されるとそれらは瞬く間に無くなった。 日本軍が同地区で登録した10歳以下の幼少児を除く16万人の人口から推して、他地区の人口と併せると南京には25から30万人がいると推計される。 そうすると一日に必要な米の量は2千反になる。 アドバイスや援助が必要なら遠慮なく申し出て欲しい」とラーベの手紙は書かれている。

    ●このことは当時の南京で、西欧人の”国際コミティ”と中国人の”安全政府コミティ”と日本軍・政府が緊密な協力関係を築いていたことを示している。
    大虐殺があったという主張と著しく矛盾する第三者である西欧人(ジョン・ラーベ)の残した証拠である。


    △戦犯をでっちあげるために


    虐殺がなかったにもかかわらず、なぜ戦後戦争犯罪人を裁く法廷で、「南京虐殺」として日本軍は訴追されたのか?
    それは次の二つの要因があると考えられる。

    ひとつはA級戦犯の基準づくりである。
    チェコ人のエチェル博士が主張した文明破壊と看做されるナチの非道なホロコーストと同様の文明破壊を日本軍も冒したことにし、A級戦犯として特徴づける必要が生じたのである。 そのために南京での混乱を虐殺に格上げすることにしたのである。
    これはイスラエル人のコチャービが日本軍を直接採り上げていないエチェル説を精緻に分析したものに基づいた、私(北村)の仮説である。

    二つ目の要因は中国人の文化的誇張癖である。
    中国人は悪名高い、誇張癖を発揮する民族である。時としてウソ(に近いもの)となる。
    戦後の法廷で、小さな慈善団体の代表が日本軍の南京占領下、一ト月で10万体以上の死体を埋めたという証言や、市民の間に逃げ隠れた正規の警察官が5千人以上の処刑を目撃した証言などが証拠採用されている。

    北村氏のスピーチの大要は以上で、この後、記者たちとの質疑に移りました。
    まず、TVによく登場する禿頭鬚面のドイツ人が、虐殺と虐殺でない行為の境界線をどこに引くのかとの質問を北村氏にぶつけてきました。
    北村氏は温厚に静かな口調で、「私の主張は虐殺と呼べる行為はなかったというものです」とかわしていました。

    続いてこれもTVにも登場する滞日40年以上の米人ジャーナリストが、南京で日本軍は何人殺したかその数字を北村氏に問い質しました。
    これに北村氏は、丁寧に「そういう調査はしていないのです」と応えたのですが、数字を挙げろとしつこく食い下がられ辟易気味でした。

    藤岡信勝氏が『正論』5月号への寄稿文で次のように述べている件りがあります。(P134)
    (引用開始)「 かつてに比べると、中国は柔軟になった、という人もいよう。
    しかし、これは大きな罠であると考えなければならない。 今年10本近くつくられる「南京」映画では虐殺が30万人である必要はない。 仮に数万の虐殺を前提にしたとしても、映像化には少しの支障もないからである。 中国は日中歴史共同
    研究の場で、日本側に規模を縮小しつつも虐殺があったことを確定させたいのである。 この点で注意すべきことは、「大虐殺派」、「中虐殺派」、「まぼろし派」の三分類を未だに反復することは意味がないということである。 もともと、この分類は、「いくら何でも30万は多すぎる、かといって全くゼロというのは極論だ」という形で、中虐殺派の説(1万〜4万程度)に人々を誘導するようにつくられた図式なのである。 しかし、本家の中国までが「大虐殺」説を維持できないと見て放棄するようになっている。 今提起されるべき争点は、使い古しの三分法ではなく、虐殺があったか無かったかの二分法である。

    第二に、やはり「虐殺」の定義を問題にせざるを得ない。 その場合、重要なポイントを述べよう。 例えば、戦争で多くの人が死ぬ。 その殺し方が残虐なものが残虐だという定義をする人がいる。 何が残虐かは個々人の主観に依存する。
    これでは、議論は決め手のない泥沼に入るだけだ。 一人でも虐殺があれば虐殺だという人もいる。こういう基準を第二次世界大戦の全戦線に公平にあてがってみるとよい。
    ほとんど無意味な議論になることがわかるだろう。

    個々の兵士の中に不心得者がいることは、どこの国の軍隊でも変わりがない。そういう行為を軍が行った作戦行動と同一視することはできない。 国家として責任が問われるのは、軍の正規の手続きで行われた違法行為に限られる。 最後に、戦時国際法上合法的な行為であるところの、不法戦闘員の処刑を虐殺にすり替えることはできない。 以上のことから、歴史的事件としての、軍隊による「虐殺」を語るためには、組織性、違法性、大量性の3つの条件を前提にすべきであろう。
    こうした概念上の土俵が正しく設定されないと、議論は混乱するばかりである。
    (引用止め)」

    北村氏の会見内容と藤岡氏の論考を併せて受容すると、ことの理解は得やすいと思います。
    ナチがユダヤ人にしたことは、組織性、違法性、大量性を具えた紛うかたなき「大虐殺」であり、「南京」事件は「虐殺」に格上げするべく画策された大いなる絵空事だということが分かります。

    映画『南京の真実』は、”敵”の土俵に乗ることなく、日本軍の南京占領下での死者数は等閑視し、「虐殺性」の有無に焦点をあてたコンセプトにして頂きたいものです。
    ”敵”の狡知・奸智を圧倒する日本映画にして頂きたいと思います。
       (西法太郎 記)

    宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成19年(2007年) 4月6日(金曜日)  
    通巻第1763号 


  • [6] mixiユーザー

    2007年04月11日 22:26

    温家宝国務総理閣下への公開質問状
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    このたび中華人民共和国国務総理温家宝閣下のご訪日に当たって、日中両国の友好を願う者として心より歓迎申し上げます。

    さて、われわれは1937年12月に行なわれた日中南京戦に伴って起こったとされる所謂南京事件を検証すべく、研究して参りましたものですが、貴国のこの事件に対する見解につき、重大な疑義を抱いております。以下その中心的な疑義につきまして閣下のご見解を伺いたく、謹んでご質問申し上げます。

    一、
    故毛沢東党主席は生涯に一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に延安で講義され、そして「持久戦論」としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

    二、
    南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

    三、
    南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が「Documents of the Nanking SafetyZone」として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。この記録からすると30万虐殺など、ありえないと思いますが、閣下はいかがお考えでしょうか?

    四、
    さらに「Documents of the Nanking Safety Zone」には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。こういう記録と30万虐殺という貴国の主張しているところとは、到底両
    立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

    五、
    南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の虐殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させていただきたいと思います。

    六、
    このように、南京大虐殺ということは、どう考えても常識では考えられないことであります。それでもあったとお考えでしたら、われわれが提供する資料も踏まえて、公正客観的にその検証を進めていただきたいと考えます。ところが現状では貴国は南京に大虐殺記念館を建て、大々的に30万虐殺を宣伝しています。このようなことは、史実をないがしろにする不当極まりないことであるばかりか、貴国の唱えられる日中の友好の方針とも真っ向から対立するのではないかと考えます。更に本年は南京事件から70年ということで、貴国のさまざまな機関が「南京虐殺映画」製作を企画し進めていると伝えられます。こうしたことは日中友好を願うわれわれ日本人にとって耐え難い裏切り行為とうけとめております。閣下はこれにつきどのようにお考えでしょうか?

    以上の諸点につきまして、閣下のご回答を是非承りたく存じます。このことは多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子子孫孫までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。

    平成19年4月10日

    南京事件の真実を検証する会委員一同

    (会長)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (監事)冨沢繁信 茂木弘道

    (委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎 高池勝彦 高山正之

    東中野修道 溝口郁夫 宮崎正弘


    (以下は英文)
    Open Questions to His Excellency Prime Minister Wen Jiabao

    of the People’s Republic of China



    As we wish China and Japan the best of friendship and amity, we extend our
    heartfelt welcome to Your Excellency’s visit to Japan.



    We have been conducting research on the Nanking incident, which is said to
    have occurred during the war between Japan and China in Nanking in December
    1937.



    Results of our research have caused us to have serious doubts regarding
    views of this incident commonly held in your country. Thus, in this
    matter,
    we would appreciate receiving your response to the questions posited below.



    1. The late-leader Mao Zedong never mentioned the “Nanking massacre
    ”.
    His only reference to the Nanking occupation was a personal observation he
    made when he stated, “the Japanese forces had many surrounded, but not
    many
    were killed,” in his book titled, On Protracted War, a summation of his
    lectures given at Yanan, China six months after the battle occurred in
    December. If the incident, with claims of 300,000 citizens massacred, did
    take place, it must have been like last century’s holocaust. Is it not
    unnatural and strange that Mao Zedong did not say a word about the
    incident?
    How do you account for this fact?

    2. In November 1937, just before the siege of Nanking, the Nationalist
    Party, organized by the nationalists and communist organizations, created
    an
    international propaganda department within its Central Propaganda Office.
    According to a confidential report titled, "Outline of Operations: the
    International Propaganda Department, the Central Propaganda Office",
    between
    December 1, 1937 and October 24, 1938 the International Propaganda
    Department held 300 press conferences in Hankou. According to records kept
    at the time, an average of 35 people attended these press briefings
    comprised mainly of journalists and officials of foreign embassies. And,
    in
    the 300 briefings, no mention was ever made of “citizens being massacred
    in
    Nanking,” or “hostages being murdered unlawfully”. What do you think of
    this fact? If massacres were committed, is it not a mystery as to why they
    were not mentioned?

    3. The activities of an international committee which cared for the
    Nanking citizens who congregated in the Nanking Safety Zone were recorded.
    Under the auspices of the Council of International Affairs of the
    nationalist government, the record was published in book form titled
    Documents of the Nanking Safety Zone by a publisher in Shanghai in 1939.
    According to the book, the population of Nanking stood at 200,000 prior to
    the Japanese occupation. This population level remained unchanged during
    December. Records show the population to be 250,000 one month after the
    Japanese occupation of the city began. Then, based on these records, it
    would have been impossible for 300,000 people to be massacred. Could you
    give us your thoughts about this?

    4. In the book Documents of the Nanking Safety Zone, mentioned above,
    there is a list of detailed complaints against the Japanese army’s
    criminal
    activities. The list includes a total of 26 murder incidents, of which
    only
    one case was witnessed but it was judged to be a lawful killing and thus
    noted in the book. These records and your country’s claim of 300,000
    people massacred are at extreme odds with one another. What do you think
    about this?

    5. Numerous photographs said to be proof of the Nanking massacre are
    being displayed in books and at many exhibitions including the Massacre
    Memorial Museum in Nanking. However, it was revealed by scientific studies
    that there is not a single authentic photograph offering proof the
    massacre
    actually happened. If your country has photographs which can provide
    proof,
    please allow us to see them. We would like to examine them.

    6. Given the above, it appears to us that the Nanking massacre could
    not have happened. But if you suspect that it occurred, we would like to
    ask that you conduct a verification examination in an objective manner with
    consideration of materials we will submit to you. In reality though, your
    country has built the memorial museum in Nanking, which is promoting the
    massacre of 300,000 people extensively. This act is unfair as it
    undermines
    history. Also, it amounts to a contradiction, since your country’s
    official position is promotion of a policy aimed at establishing friendly
    relations with Japan Furthermore, as this year marks the 70th anniversary
    of the Nanking incident, various organizations inside your country are said
    to have planned movie productions about the Nanking massacre with many now
    under way. We perceive these acts as an unbearable humiliation to us who
    really hope to be friendly with your country. Could you give us your
    thoughts about this?



    We would like to receive Your Excellency’s replies to the above points.
    As
    this is a concern to many Chinese and Japanese alike, we are submitting the
    questions in an open forum. As we wish to maintain a strong friendship
    between China and Japan for future generations, we sincerely hope to hear
    from you.



    April 10, 2007





    Committee for the Examination of the Facts about Nanking



    KASE Hideaki, Chairman

    FUJIOKA Nobukatsu, Secretary General

    ARA Kenichi

    UESUGI Chitoshi

    KOBAYASHI Taigan

    SUGIHARA Seishiro

    TAKAIKE Katsuhiko

    TAKAYAMA Masayuki

    HIGASHINAKANO Shudo

    MIZOGUCHI Ikuo

    MIYAZAKI Masahiro

    TOMIZAWA Shigenobu, Auditor

    MOTEKI Hiromichi, Auditor
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