TIGARHA、Chari Chari(Kaoru Inoue)、D.A.T.、STUDIO APARTMENT、Jazztronik、FPM、GEETEK、KALEIDOSCOPIO、i-dep、SLAMMODE、LAVA、Kei Kobayashi(Routine Jazz)・・・その他多数! そのPercussionsがFeatuaringを受け、Breakbeatsシーンの盟友SINDBADと共作したトラックGAUCHEは荒削りな録音と演奏ながらもクラブビーツ×生音パーカッションの痛快でユニークなコラボトラックに。根強い評価とともにEPリリースより5年後の’08年に英国Mr.Bongoレーベルより世界再発となった。同年、渋谷の国際知名度のクラブWOMBではブラジルのテクノアーチストRenato Cohenとのジョイントライヴを実現。’09年、アジアを代表する大型クラブSingapore ZOUKからの招聘を受けゲスト出演。Timmy Trumpet、Rusmas Faberという同じくクラブ・ダンスミュージックのセンスをもつ実際のミュージシャンと共演を果たす。その後再びBRASIL(Bahia、Rio de Janeiro、São Paulo)へ。Rio de JaneiroのCarnavalでは参加する名門IMPERIO SERRANOの打楽器隊が大賞を受賞。世界有数の大都市São Paulo (BRASIL)の大箱CrashにてRENATO COHENとのPercussionジョイントライヴを敢行。Electro/Baile FunkアーチストTIGARAHとのジョイントライヴも話題となり再びWOMBで再戦が決定している。
Latin Dancehall Musicな祖父を持つ。4歳〜14歳までピアノ、フルート、打楽器の教育を受ける。サッカーを通じ幼少より独特なリズム感、エナジーを持つブラジル人選手と身近に過ごす。その後ポップ・ストリート・クラブカルチャーの先端現場にて10代を濃く過ごしL.A.へ。新旧あらゆる音楽・文化がクロスするL.A.現場での実体感は生のLatin-Afro beatへの回帰へ。クラブ・ダンスミュージックの先にBRASILを見出し19歳よりRIO DE JANEIROのEscola de Sambaシーンに単身突入。20歳で名門MANGUEIRA決起集会を盛り上げ話題に。22歳でサンパウロのVAI-VAI、そして現在も所属するリオのSAMBA/JONGOの名門IMPERIO SERRANO打楽器隊オーディションにパス。Carnavalに出場するだけでなく、より奥深い現地コミュニティーへと招かれSAMBA/JONGOの様々なプロジェクト、ショウに参加。同時に国内では先端クラブ・ライヴミュージックシーンにて新たなダンスミュージックへの打楽器の導入を挑戦しつづけている。
▼大学時代からの同期の森田昌典、阿部登はじめその周辺友人とともにSTUDIO APARTMENTの立ち上げよりライヴ、レコーディングにてそのPercussionやMCを担当。Orquesta de la LuzのGENTA氏の主宰する打楽器軍団JIVE JAMBOREEに参加。渋谷TheROOM、西麻布YELLOWでのレギュラーイベントはもとより、多くのビッグステージ・ビッグアーチストとのLIVEを同氏の下で経験。Brasilian Percussionにとどまらない楽器奏法や音感をLatin/African Percussionを中心に大きく広げた。この間、世界中の太鼓奏者とのステージを経験。 現在もWAREHOUSE,WOMB,CLUB ASIA,SECO,UNIT他精力的に様々なパーティーでLIVEしている。*クラブミュージックに帰結しない世界中ダンスミュージックを網羅したDJでもある。