・sTILLMAn a.k.a.Dj sAk 1994年よりDJ活動を開始。既存のDJ枠にはとらわれない緻密なミキシングとストーリー性の高いスタイルで、頭角を現す。 また、バンド経験を活かし、当時としては稀な生楽器とのセッション等も積極的に行う。1997年、当時『LUNA SEA』のギタリストとして活動中だった SUGIZO 主宰のソロツアー『ABSTRACT DAY』 ( 土屋昌巳 ・ DJ KRUSH ・ JBK等共 ) へ参加。1998年春、DJ KRUSH・ DJ HIDE と共に DJ / プロデューサー集団『 流 -RYU- 』を結成。 翌年ポリドールレコード(現ユニヴァーサル・ミュージック)より、シングル『 流 -RYU- 』アルバム『 我 -Ga- 』をリリース。(海外版はexceptional recordsより) 当時まだ全国的に認知度の低かった THA BLUE HERBの " BOSS THE MC " を起用し話題に。その後も他アーティストへの楽曲提供・リミックス・国内及び海外公演・FUJI ROCK FES.・HIV,AIDS,等を抱えるアフリカ大陸の子供たちの救済及び自立支援を目的としたプロジェクト「JAG」への参加等、精力的な活動を行う。 2001年夏、スウェーデンのインディーレーベル " a P.M.S plan " より、架空の短編映画をモチーフにDJ KLOCK・MISTA SINISTA・Takaki Ito(nagomi-Studio)をフィーチャーした2枚組10inchアナログ『 Captain -i.r.GIRG- the vagabond ~genesis beyond decadence~ 』をリリースするも、翌年春、" 流-RYU- " を脱退。フリー転身後、映画・CM・ファッションショー等の音源制作の分野にも活動の場を拡げる。現在はDJ / プロデューサー、自ら主宰する音楽集団 ?HEARTFUL RHYTHM『sTILLkid A.P.』、musique non-figuratif=非具象音楽ユニット『ABSTRACTION DUBSTRACTION』、SUGIZO主宰のSpiritual Psychedelic Trancy Jam Band『SHAG』への参加、更にWebクリエーターとしてトータルメディアの分野でも多様性に富んだ活動を展開中。
・Takaki Ito 1993年、nagomi-studioを京都にて開業。 1995年、沖野兄弟によるユニットKJMの1stAlbum "Kyoto Jazz Massive" に多大なる影響を受け、活動の拠点を東京へ。 1996年から三好氏の川崎HALスタジオにて修練する。 1998年、元Mondo GrossoのB-BANDJの2nd Album "Stand In The Light" をSupport。2001年夏、スウェーデンのインディーレーベル "a P.M.S plan" より、Dj Krush率いるプロデューサー集団 "流 -RYU-" のメンバーDj sAkの2枚組10inchアナログ、架空の短編映画をモチーフにした "Captain -i.r.GIRG- the vagabond ~genesis beyond decadence~" にFeature。 2002年拠点を京都に戻し、2004年沖野氏の進めもありMac Fujitani急逝の悲しみの中の、Fu-Tenの2nd Album "FLIP HOP" よりEngineerとして参加。2009年、MixxxxxX (PA Engineer / Sound Producer)と共にnagomi-Studio Sound System Crew (N3SC)としても活動を開始。CLUB / LIVE HOUSEだけに留まらず野外フェス等、人と人との集う様々な空間でEnhanced Sound Produceしている。一音一音の間に流れる、耳だけでは感じ取れない "音=空気感" をも独自の世界観へと昇華させるミキシングスタイルは、国内だけに留まらず海外からも高い評価を得ている。 そのスタイルはトラックメイカー/プロデューサーとしても反映され、様々な活動を展開している。
・AZZURRO(ILL SUONO) 1990年代初めにメロー・イエローのDJとして活動をスタート。プロダクション面での貢献と平行して、外部プロデュースやピーナッツ・バター・ウルフ、ノーバディ、マッド・ドクター・X、瘋癲などのリミックスを手掛ける。2001年初頭にグループを離脱し、AZZURRO(アズーロ)名義で活動するように。ATCQ「Jazz」のリミックスのほかBLUE NOTEのカバー・アルバム『New York Times』への楽曲提供、ミックスCD『Fly Me To The Moon』『Electric Relaxation』など多岐にわたる活動で独自のポジションを得る。2003年にソロ名義での初アルバム「Il Mare Azzurro」をW.B.A.より発表。2004年よりcappablackほかの活動で知られるハシム・Bとのユニット、ILL SUONO(イル・スォーノ)として活動を始め、soup-diskよりアルバム『ILL SUONO』、ダブリー、オミッドらが参加した『ILL SUONO Remixed』をリリース。2ndソロ・アルバム『10000 Light-Years From Home』(2007年)は、メロウで透徹としたサウンドスケープが高い評価を得た。近年はDJドレッズとのミックスCD『Flying Humanoid』、インナー・サイエンスとのスプリット『attributions e.p.』『attributions remix e.p.』、ユニークなライブ盤『disco dal vivo』などをリリース。エンジニアとしてもDulo(DJ Kiyo)、サヴァス&サヴァラスなど多数のミックス/マスタリングを手掛けてきている。また、MicJack Production、Freez、Miliらが参加した3rdアルバム『The B-Side』が2009年4月にリリース予定。 www.myspace.com/ilmareazzurro
・B-BANDJ(瘋癲) 日本語/フランス語/英語をマルチに使いこなし、瘋癲の持つメルティングポットな雰囲気をいっそう強くするMC、B-BANDJ。幼少の頃から日本やカメルーンなど世界各地を渡り歩き、フランスの高校を卒業後(国籍はフランス)、日本に居を移す。そして、Kyoto Jazz Massiveなどで活動している沖野修也が手がけていたイヴェントでマイクを握るなど、本格的な音楽活動をさせ、91年に大沢伸一らと共にMondo Grossoを結成。93年にはアルバム「MONDO GROSSO」でメジャーデビューを果たし。セカンド「Born Free」リリース後にはバンドとしてヨーロッパ・ツアーを成功させるなど、世界的な評価を得る。その活動と並行しながらB-BANDJは近藤等則やMonday満ちるの作品への参加、そしてソロ・アルバム「BREAKING BARRIERS」のリリースなど、ソロ活動の比重も高くなり、グループを脱退。ソロ2作目となる「Stand In The Light」のリリースやDJ SHARKとのコラボレーションなど、ヒップホップへの傾斜を更に強める。そしてMILIと同じようにM.FUJITANI、DJ SUWAのイヴェント「瘋癲」に参加、そして瘋癲の結成に進んでいく。瘋癲結成後も、彼のエモーショナルなリリックと確実なスキルは多くのミュージシャンにインスピレーションを与え、ヒップホップ・サイドのみならず、ジャズ・コンピ「Routine Jazz Blue Note Vol.1」や映画「嫌われ松子の一生」のサントラ盤への参加、ラテンをメインにしたグループEKremix作品への客演といった、様々なジャンルを横断して膨大な数の客演参加が要請されている。また、イギリスのみでソロ作「Keep It Real」のリリースや、フランスのグループSTEREONEGとのコラボレーションなど、その名前は世界にも広がっている。