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開催終了【第31回】江戸の名所を歩こう会

詳細

2008年10月11日 07:57 更新

★江戸の名所を歩こう会★
【第31回】 池上本門寺・12月23日(祝・火曜日)

東急池上線池上駅改札口 午前10時集合
池上駅・本門寺通り・六郷用水跡・総門・此経難持坂
日蓮聖人像・長栄堂・五重塔・霊宝殿・大堂(祖師堂)
宝塔(日蓮聖人御荼毘所)・本殿・御廟所・歴代墓所・
松涛園など(クイズ付)
朗峰会館(昼食会場・懐石花むら精進料理2,500円予定)
*昼食後オプション
池上梅園(入園料100円)

1時間ちょっと、ぶらぶらして、
12時前には昼飯を食べて酒を飲む。
あとは適当に自主解散のような、
お気楽会です。
当日はクリスマスイブイブなので参加者は
5百円程度のプレゼントを一つお持ちください。
昼飯の時に交換会を行います。
プレゼントは5百円以上、
上限は問いません(笑)
沢山の皆様のご参加をお待ちしています♪

★会費無料、現地集合、昼食後現地解散。
交通費・昼食代は自腹です。(笑)

Mailto:otasuke@as.airnet.ne.jp おたすけ社鳥

コメント(35)

  • [1] mixiユーザー

    2008年10月13日 07:15

    今回は参加出来るので楽しみです目がハート幹事役ご苦労様。
  • [2] mixiユーザー

    2008年10月13日 07:41

    >都鳥様

    早々のご参加表明ありがとうございます!
    ご一緒できるのを楽しみにしております♪
  • [3] mixiユーザー

    2008年10月17日 20:31

    天皇誕生日でしたっけ?
    当然参加です。
  • [4] mixiユーザー

    2008年10月17日 20:42

    >やな兄さん様

    有難うございます!
    クイズ付です♪
  • [6] mixiユーザー

    2008年11月28日 22:59

    >梨花様

    お待ちしてます♪
  • [7] mixiユーザー

    2008年11月29日 11:25

    突発的な用事が入らない限り参加させていただくつもりです。
    昨年、鬼子母神&鯛焼き&うなぎ以来一年ぶりですので
    とても楽しみです。
  • [8] mixiユーザー

    2008年11月29日 20:17

    >あつこ様

    ご参加表明有難うございます。
    ご一緒できるのを楽しみにしております♪
  • [9] mixiユーザー

    2008年12月02日 06:48

    池上線は本門寺参拝者用として
    大正11年(1922年)蒲田―池上間1.9?が単線で開通。
    昭和3年(1928年)蒲田―五反田間全線開通の後は、
    周辺の田畑が住宅地に変わり、
    通勤電車へと変貌しました。
  • [10] mixiユーザー

    2008年12月02日 09:02

    昨日の「めるまがコンサート」では大変お世話になりました。
    久し振りに私のミクシイの原点「江戸の名所を歩く会」に
    参加させていただきたいと思います。

  • [11] mixiユーザー

    2008年12月02日 13:39

    「メルマガ@コンサート」も無事に終わり、他のことに目を向ける余裕が出てきました。
    今のところ他に急用が出ない限り、参加するつもりです。わーい(嬉しい顔)
  • [12] mixiユーザー

    2008年12月02日 18:18

    >鶴様・花遊様

    昨日は有り難うございました。
    当日ご一緒できるのを楽しみにしております♪
  • [13] mixiユーザー

    2008年12月02日 18:35

    何事もない限り、参加です。
  • [14] mixiユーザー

    2008年12月02日 19:27

    >すの字様

    昨日は有り難うございました。
    お待ちしてます♪


  • [15] mixiユーザー

    2008年12月03日 01:45

    本門寺通りは、かつて、門前町として賑わい、
    お会式の時期だけで1年間分の稼ぎがでると言われるほどでした。
    現在も、仏具屋や葛餅屋、すし屋や蕎麦屋など
    一般の商店街と一味違った商店が並んでいます。
  • [16] mixiユーザー

    2008年12月04日 00:24

    六郷用水は
    慶長16年(1611年)に完成した用水路で、
    狛江市から世田谷区、
    大田区にかけて広大な水田を潤し、
    全長30km、
    現在は埋め立てられ、
    一部は緑道として整備されています。
  • [17] mixiユーザー

    2008年12月05日 01:51

    池上本門寺は、
    日蓮聖人が約七百十数年前の弘安5年(1282)
    10月13日辰の刻(午前8時頃)、
    61歳で入滅(臨終)された霊跡、
    弘安5年9月8日、
    9年間棲みなれた身延山に別れを告げ、
    病気療養のため常陸の湯に向かわれ、
    その途中、
    武蔵国池上郷主・池上宗仲公の館で亡くなりました。
    長栄山本門寺は、
    「法華経の道場として長く栄えるように」
    という祈りを込めて名付けられ、
    大檀越の池上宗仲公が、
    日蓮聖人御入滅の後、
    法華経の字数(69,384)に合わせて
    約7万坪の寺域を寄進、
    お寺の礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼ばれています。
    毎年10月11日・12日・13日の三日間に亘って、
    日蓮聖人の遺徳を偲ぶ「お会式法要」が行われ、
    殊にお逮夜に当たる12日の夜は、
    30万人に及ぶ参詣者で賑わいます。
    http://honmonji.jp/00index/index2.html
  • [18] mixiユーザー

    2008年12月06日 03:22

    総門は、
    寺社へ参詣する人が最初に通る門で、
    清浄の心身にて通らねばならない。 
    五重塔、大宝塔、経蔵などと共に、
    戦災を免れた古建築の一棟として重要。
    安藤広重の『江戸百景』や
    『江戸近郊八景』にも描かれている
    主柱間5.3メートルを測る壮大な門。
    第22世日玄聖人代の元禄年間に建立されたと伝え、
    扁額「本門寺」は門より古く、
    寛永4年(1627)本阿弥光悦の筆。
  • [19] mixiユーザー

    2008年12月06日 23:58

    此経難持坂は、
    熱心な法華信者で築城家としても有名な、
    加藤清正公の築造寄進になる。
    同公は、慈母の第七回忌にあたる慶長11年(1606)、
    その追善供養のため、祖師堂を建立寄進し、
    併せて寺域も整備しているので、その折の築造と考えられる。
    第14世日詔聖人のときである。
    第22世日玄聖人代の
    元禄年間(1688−1704)に大改修されているが、
    清正公当時の原型を残す貴重な石造遺構。
    名称由来は、『妙法蓮華経』見宝塔品第十一、
    此経難持の偈文96字にちなむ。
    末法の世に法華経を受持することの至難を忍び、
    信行することの尊さを石段を上ることの苦しさと対比させ、
    経文を読誦しつつ上れば自然にのぼれる、
    と言い伝えられている。
  • [20] mixiユーザー

    2008年12月08日 03:53

    日蓮聖人像は、
    宗祖七百遠忌記念のとして、
    昭和58年富山県新湊市の
    黒谷美術株式会社より奉納された。
    制作は、斯界の権威 北村西望先生。
  • [21] mixiユーザー

    2008年12月09日 04:33

    長栄堂は、
    当山の守護神「長栄大威徳天」を奉安している。
    現在の堂は昭和34年に再建された。
    毎月22日が縁日で、
    正月・5月・9月には大祭を行っている。
  • [22] mixiユーザー

    2008年12月10日 01:13

    五重塔は、

    関東に現存する幕末以前の内、一番古い塔。
    発願は、徳川秀忠公の病気平癒祈願、
    文禄2年(1593)、
    15歳秀忠公が悪性の疱瘡にかかり、一命も危うい容態、
    乳母岡部の局(のち正心院)が、大奥より池上へ日参し、
    あつく帰依していた第12世日惺聖人に病気平癒の祈願を託され、
    「心願が成就したあかつきには御礼に仏塔を寄進する」
    との念でひたすら祈り快癒し、
    将軍となった後、その御礼と武運長久を祈り、
    慶長12年(1607)に建立〔露盤銘〕、
    翌13年に上棟式を厳修〔棟札銘・焼失〕。
    開眼供養の大導師は第14世日詔聖人、
    大願主が正心院日幸大姉(岡部の局)、
    普請奉行は幕臣の青山伯耆守忠俊、
    棟梁は幕府御大工の鈴木近江守長次、
    鋳物師は椎名土佐守吉次。
    幕府のお声掛かりで建造された当時第一級の塔、
    江戸建築が確立する前の桃山期の建立であるため、
    特に構造上、過渡期の特色が濃厚。
    当初、大堂の右手前、現在の鐘楼堂と対の位置に建てられ。
    慶長19年(1614)大地震で傾き、
    元禄15年(1701)、
    5代将軍綱吉公の命で現在地へ移築、修復。
    その後、数度の修理を経て、
    平成9〜13年、
    日蓮聖人立教開宗七百五十年慶讃記念事業の一つとして、
    全解体修理が施され、全容を一新した。
    特徴として、
    初層のみを和様(二重平行垂木・十二支彫刻付蟇股など)、
    二層以上を唐様(扇垂木・高欄付廻縁など)、
    上層への逓減率が少ない、相輪長が短い、
    心柱が初層天井の梁上に立つ、等があげられ、
    極めて貴重な塔建築である。
    なお、平成13年に全面修復が終了した。
    本年創始400年。
  • [23] mixiユーザー

    2008年12月11日 03:03

    霊宝殿は、
    立教開宗750年慶讃事業の一環として、平成13年に完成。
    本門寺が格護している数々の霊宝を永代に亘って保全する。
    通常、毎週日曜日に観覧出来る
  • [24] mixiユーザー

    2008年12月12日 01:46

    旧大堂は、空襲で焼け、戦後仮堂、
    第79世伊藤日定聖人が各地を行脚し、昭和39年再建。
    大扁額「大堂」は第80世金子日威聖人の揮毫。
    内陣中央の大型御宮殿(建築厨子)に日蓮聖人の御尊像、祖師像、
    左に第2世日朗聖人像、右に第3世日輪聖人像安置。
    外陣天井画は大田区在住川端龍子画伯、
    画伯は、完成前逝去、
    奥村土牛画伯が眼を点じて開眼供養。
    未完ゆえ龍と判別しがたいが、
    画伯の遺作として、今も多くの人が訪れる。
    旧大堂は、慶長11年(1606)、
    加藤清正公が、慈母七回忌追善供養建立、間口25間大建築。
    清正公が兜をかぶったまま縁の下を通ることができたと伝え、
    「池上の大堂」と呼ばれた。
    旧扁額「祖師堂」は本阿弥光悦筆、宝永7年(1710)焼失、
    24世日等聖人代享保8年(1723)、
    徳川8代将軍吉宗公用材寄進、間口13間に縮小されて再建。
    同公は、大岡越前守を普請奉行に、
    釈迦堂・大客殿・大書院なども建立寄進。
    旧祖師堂以下、すべて戦災で焼失した。
  • [25] mixiユーザー

    2008年12月13日 04:00

    宝塔は、
    当山の重要な浄域の一つ、
    日蓮聖人御入滅の折の御荼毘所。
    2間に3間の御灰堂があって、
    開基檀越の池上宗仲公が宝塔を作り、
    聖人の御余灰を中に盛って奉安したと伝える。
    現在は、
    北側に第33世日謙聖人が天明元年(1781)造立
    石碑の宗祖第五百遠忌報恩塔が建つ。 
    木造の大宝塔は、
    棟札(現存せず)抄により、
    第47世日教聖人代の文政11年(1828)、
    宗祖五百五十遠忌を目前に、
    前犬山城主成瀬侯・家老浅野蔀を大本願人とし、
    飯田町福田長次郎を世話人として再建。
    大工棟梁(工匠)は小木新七藤原信盛。
    日教聖人は、
    諸堂宇を精力的に再建した功により「金づち教師」とよばれる。
    石造基壇は、
    高い方形基壇および蓮華形台座。
    軸部は平面円形、
    やや伏鉢状し、
    側柱8本を円形に配し、
    内部の上に、
    12本の側柱および8本の柱を円形に配して、
    上層をなしている。
    附の宝塔は、
    四天柱の内に安置され、
    10体の亀を配した迦葉座以外は、
    ほぼ大宝塔に類似、
    富山県本法寺所蔵の重文・法華曼荼羅図に見える多宝仏塔に近似。
    残念ながら現況修理中にて見学できない。
  • [26] mixiユーザー

    2008年12月14日 04:01

    昭和20年4月15日の空襲で灰燼に帰した釈迦堂を再建したのが本殿であり、
    場所は、旧祖師堂の左隣から境内の奥の方へ移した。
    開堂供養大導師は第80世金子日威聖人。昭和44年完成。
    現代的な鉄筋コンクリート造の仏堂建築として評価が高く、
    その後、各地で当堂を模す例が増えている。
    正面内陣には、久遠の本師釈迦牟尼仏坐像と、
    本化地涌の四大菩薩立像、
    大堂尊像を模刻した祖師像をまつる。
    釈迦仏の胎内には、インドのガンジー伝来で
    故ネール首相より寄贈された釈尊の真舎利2粒が奉安されている。
    釈迦堂は幾度となく罹災、天正年間の再建堂も宝永7年(1710)に焼失、
    第25世日 聖人代の享保15年(1730)、
    徳川8代将軍吉宗公が御母深徳院殿の追福のために再建した。
    旧扁額「釈王殿」は伏見宮親王宸筆であった。
    また、旧一尊 四士四天の尊像は、伝運慶作、
    日蓮聖人御開眼であったという。
  • [27] mixiユーザー

    2008年12月15日 01:12

    御廟所は、境内最奥の、築地塀で囲んだ浄域にあり、
    宗祖日蓮聖人の御灰骨を奉安する墓塔を廟堂内中央におまつりする。
    かつては昭和6年の高祖六百五十遠忌に建てられた
    八角裳階付二重屋根の御真骨堂があったが、
    昭和20年4月15日の空襲で焼失した。
    昭和54年、宗祖第七百遠忌報恩事業の再建および整備により、
    宗祖御廟所が完全に復興。 
    左の廟堂には第2世日朗聖人の墓塔が、
    右には第3世日輪聖人の墓塔が安置されている。
  • [28] mixiユーザー

    2008年12月16日 01:53

    歴代墓所は、
    宗祖日蓮聖人の御荼毘所跡大宝塔の背後に新設された大切な浄域の一つ、
    第4世日山聖人以後の歴代貫首をおまつり。 
    当山で一番高い所なので、晴れた日には、
    西方にくっきりと富士山を望むことができる。 
    左後方に、開基檀越である池上宗仲公夫妻の墓碑がある。
  • [29] mixiユーザー

    2008年12月17日 00:08

    松涛園は、当山の奥庭、
    自然の窪地に作庭され、客殿から俯瞰できるという景観が特徴。
    池泉は豊富な地下水からの湧き水による。
    作庭者は、京都・桂離宮や茶道で有名な小堀遠州と伝える。
    江戸時代、各藩が競って作庭するようになる大名庭園の祖形がここにある。
    大名庭園を除くと、都内の由緒ある庭園としては最大級の広さ。
    大きな池に洲浜、織部井戸、船付場、鶴島、亀島、魚見岩、太鼓橋などを配し、
    滝口方面に渓流と渓谷、沢渡り、滝見橋、松濤の滝などが造られている。
    それらが醸し出す静寂かつ悠々とした雰囲気は何ものにもかえ難い。
    桃山期から江戸初期、遠州が活躍した時代は、当山の大復興期にあたり、
    日惺・日詔・日樹・日遠・日東各聖人らが、
    加藤清正公親子、徳川家康公側室養珠院(お万の方)、
    徳川秀忠公乳母正心院(岡部の局)、
    紀州徳川家、加賀前田家等の外護・帰依を得て大伽藍が再建され、
    境内も整備される。
    そうした重要な時期に作庭されたものである。
  • [30] mixiユーザー

    2008年12月17日 23:56

    朗峰会館は、総面積1,152坪。地上4階、地下1階。
    講堂・結婚式場・宴会場・レストラン・喫茶店・団体参拝の宿泊・休憩施設・駐車場などを完備。
    また、小堀遠州の造園による池泉回遊式の名園である松涛園を擁する。
    同園内には西郷隆盛と勝海舟が江戸城開城の会見をした会見の碑があり、
    東京都史跡に指定されている。
  • [31] mixiユーザー

    2008年12月19日 01:03

    お散歩会当日は、
    茶筅供養有ります。
    不要の茶筅ありましたら、
    ご持参下さい。
  • [33] mixiユーザー

    2008年12月23日 04:03

    >xiugui 様

    ご参加大歓迎です。
    楽しみにお待ちしています♪
  • [35] mixiユーザー

    2008年12月24日 03:32

    天候にも恵まれ、
    沢山の方々にご参加頂きました。
    有り難うございました!
mixiユーザー
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  • 2008年12月23日 (火) 祝・午前10時集合
  • 東京都 池上本門寺
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