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開催終了 映画『ハンナ・アーレント Hannah Arendt』 

詳細

2013年10月30日 08:00 更新

 
誰からも敬愛される高名な哲学者から一転、世界中から激しいバッシングを浴びた女性がいる。
彼女の名は ハンナ・アーレント、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人。

1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯 アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕された。
アーレントは、イスラエルで行われた歴史的裁判に立ち会い、 ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その衝撃的な内容に世論は揺れる…。

「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、世間から激しい非難を浴びて思い悩みながらも、アイヒマンの〈悪の凡庸さ〉を主張し続けたアーレント。
歴史にその名を刻み、波乱に満ちた人生を実話に基づいて映画化、半世紀を超えてアーレントが本当に伝えたかった〈真実〉が、今明かされる─。

監督はニュー・ジャーマン・シネマの旗手として現れ、世界で尊敬される女性監督の一人となった、マルガレーテ・フォン・トロッタ。
10年の構想を経て完成させた本作では、今なお論争を呼ぶアーレントの思想の本質に迫ると共に、夫や友人への愛溢れる女性としてのアーレントを描き、2013年度ドイツ映画賞6部門ノミネート、2部門を受賞。
温かな魅力と、深く真実を探る鋭さを併せ持つアーレントを バルバラ・スコヴァが熱演。
本国ドイツ、フランス、アメリカで大ヒットを記録し、2012年度東京国際映画祭でも絶賛されたのは、決して偶然ではない。

今の時代に生き迷う私たちに、どうすれば信念を持って強く生きられるかを、アーレントは身をもって伝えてくれる。
そして、彼女からの最高の贈り物──すべての答えが凝縮した魂を揺さぶる8分間のスピーチ──を受け取ることが出来るのだ。

原題 Hannah Arendt
製作年 2012年
製作国  ドイツ ルクセンブルク フランス 合作
配給 セテラ・インターナショナル
上映時間 114分
映倫区分 G

東京 岩波ホール 12/13(金)まで
愛知 名古屋シネマテーク 11/23(土)より
大阪 梅田ガーデンシネマ 11/23(土)より
京都 京都シネマ 11/30(土)より
福岡 KBCシネマ 12/7 (土)より
兵庫 シネ・リーブル神戸 12/21(土)より
北海道 シアターキノ 12/21(土)より
広島 サロンシネマ 12/21(土)より
三重 進富座 12/28(土)より
佐賀 シアターシエマ 12/28(土)より
秋田 秋田フォーラス・シネマパレ 2014/1/25(土)より
静岡 静岡シネ・ギャラリー 2014/1/25(土)より
岡山 シネマ・クレール 2014/1/25(土)より
新潟 シネ・ウインド 近日
長野 松本シネマセレクト 近日
石川 シネモンド 近日
鹿児島 ガーデンズシネマ 近日

official sight
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/ (CP:http://zhp.jp/IDzf )


Hannah Arendt
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=4414588

Adolf Eichmann
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%92%E3%83%9E%E3%83%B3 (CP:http://www16.fileseek.jp/w.cgi?site=hyakkaw&key=%83A%83h%83%8B%83t%81E%83A%83C%83q%83%7D%83%93&lang=ja )

Eichmann test
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%AE%9F%E9%A8%93 (CP:http://www10.fileseek.jp/w.cgi?site=hyakkaw&key=%83%7E%83%8B%83O%83%89%83%80%8E%C0%8C%B1&lang=ja )

コメント(3)

  • [1] mixiユーザー

    2013年12月10日 09:00

     
    “映画『ハンナ アーレント』 どこがどう面白いのか 中高年が殺到!”

    平日の昼間にもかかわらず、映画館に行列ができている。
    1960年代、あることがきっかけで世界中から批判を浴びたユダヤ人の女性哲学者の物語。
    日本人にいま受けているのには、理由があった。

    〈ものすごく難しい内容なのに〉

    11月中旬のある平日。
    東京・神保町の岩波ホール前に、50人以上の長い列ができていた。
    時刻は午前10時半。
    映画のチケットを求める人々が、上映の1時間以上も前から並んでいるのだ。
    「主人に面白いから観てきたら、と言われて今日は友達と3人で来たんです」
    60代後半の女性はこう話す。
    平日の朝という時間帯も関係しているだろうが、周囲を見渡すと中高年の男女が9割以上を占めていた。

    公開中の映画 『ハンナ アーレント』が、いま中高年を中心に大きな注目を集めている。
    ドイツ系ユダヤ人の哲学者、 ハンナ アーレントという女性を描いた事実に基づく物語だ。

    東京で唯一、この作品を上映している岩波ホールの企画担当・原田健秀氏は、その盛況ぶりに驚いているという。
    「初日の10月26日は台風が来ていたのですが、3回の上映すべてが満員になりました。
    すでに公開から4週間近くが経ちましたが、平日の昼間は満席が続いています。
    100人近くが入れないこともある。
    良い作品なので、公開前から手ごたえは感じていましたが、これほど反響が出るとは思いませんでした」

    配給会社の セテラ インターナショナルによると、
    「東京・岩波ホールでの動員が非常に好調なので、全国のミニシアターからも引き合いが来ている」という。
    現在、東京の岩波ホールのほか、愛知・名古屋シネマテーク、大阪・梅田ガーデンシネマでも公開中。
    今後、全国各地で上映が予定されている (詳細は作品ホームページを参照)。

    ミニシアター系の映画が、ここまで話題になるのはかなり稀なこと。
    「ハンナ アーレント は、20世紀を代表する哲学者の一人だと思いますが、彼女の代表作『全体主義の起原』は理解するのも大変な大著で、読んだことのある人は多くないでしょう。
    これほど盛況になる映画だとは考えてもみませんでした」
    と東京大学大学院教授の藤原帰一氏も首をかしげる。
    いったい、何がそんなに人を惹きつけているのか。


    「自分の考えとは違うけど、組織の中では『できません』と言えないことがたくさんある。
    組織の論理に従っているのです。
    この時代に限った話ではない。
    日本の戦争だってそうやって行われていますし、いま国会を通ろうとしている秘密保護法案だってそうでしょう。
    安倍政権の論理からすれば、これを通すのがいいとされる。
    あなたはアイヒマンではないですか、とこの映画は問いかけているのです」

    たとえば、東日本大震災で露になった原発の問題もそうではなかったか。
    環境のため、安定した電力供給のため、コスト削減のため、と信じて推進してきた原発の恐ろしさを震災が起こってはじめて考えるようになった。
    かと思えば、事故から3年近くが過ぎたいま、経済問題を理由に再稼働や原発の海外輸出に舵を切る動きが出ているのは、アーレントの言う「思考停止」に他ならない。

    「東電の人たちも、マニュアルに沿ってやってきたところで、あの事故があった。
    アイヒマンに重なるというのは言い過ぎかもしれませんが、いいと思ってやってきたことが想定外の事故につながるというのは、誰の身にも起こり得ることでしょう。
    震災以降の『一致団結』という流れに、嘘くささを感じているからこそ、この作品に共感するのだと思うのです」
    こう話す作家の小野正嗣氏は、考えないことが普通になった現代の状況についても、こんな指摘をする。
    「私は大学で講義もしているのでとくに強く感じるのですが、いまはわからないことがあったらすぐにパソコンやスマホで調べられる。
    わからないことを蓄えておく時間がないのです。
    選択肢の与えられた質問には答えられても、なぜそう思うのか、自分の意見を言うことができなくなっている。
    どんな疑問も瞬時に解決できる社会に生きていると、思考が止まってしまうんです。
    この、『考えなくてもいい社会』に、危機感を持っている人が多いということではないでしょうか」
    指示された通りにやるのが最善だと考える、マニュアルに書いてある以外のことには対応できない、ネット上の情報に影響を受ける……自分の身を省みたとき、善悪を考える力が備わっていると、自信が持てる人は多くはないだろう。
    彼女の言葉に、いま一度、我を振り返ってみてはいかがだろうか。

    (『週刊現代』2013年12月7日号より)
    2013/12/09 週刊現代
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37699 CP:http://zhp.jp/eF9S
  • [2] mixiユーザー

    2014年01月09日 10:00

     
    “哲学者が見抜いたナチス裁判における「悪の本質」”

    マルガレーテ フォン トロッタ監督の 『ハンナ アーレント』は見応えのある劇映画だ。
    ニュージャーマン シネマ の1人として『鉛の時代』 『ローザ ルクセンブルク』など社会問題や政治事件に取り組んだトロッタ監督が、今度はドイツ系ユダヤ人で米国に亡命した ハンナ アーレント(1906〜75年)の生き方を描いている。

    アーレントは『全体主義の起原』や『暗い時代の人々』などの著書で知られる哲学者、政治思想家。
    映画は特に、ナチス指導者の1人、 ルドルフ アイヒマンの裁判に立ち会った時期(60年代)の彼女に焦点をあてている。

    アイヒマンは大戦下、ユダヤ人を強制収客所に移送する責任者だった。
    アーレントは米国の雑誌記者としてイスラエルに赴き、裁判を傍聴し、『イェルサレムのアイヒマン』を著す。
    映画は、その本の刊行を通じて同じユダヤ人から激しい非難を浴びながら、それでも自説を曲げない彼女の日々を描く。
    そのなかに若き彼女と『存在と時間』のハイデガーとの恋愛関係も回想シーンとして入れている。

    裁判でのアイヒマン(記録映像で再現)は、責任逃れの言辞を弄する一介の小役人にすぎなかった。
    しかしイスラエル側は、建国間もない民族の威信をかけて“野獣”として裁く必要があった。
    しかしながら、彼女はアイヒマンを「凡庸な男」と見抜き、それゆえに組織の歯車となって「世界最大の悪」を無自覚になしえたと明らかにする。
    同時に被女は、(裁判で発覚した)ユダヤ人組織がアイヒマンに協力して多くのユダヤ人を売り渡した問題を取り上げたことで、友人らと袂を分かつ。

    病床にある友人が「同胞への愛はないのか」と問い詰めると、彼女は
    「一つの民族を愛したことはないわ。
    私が愛するのは友人よ」と応える。
    「民族」にとらわれない彼女の姿勢は、現代の「悪」の本質を射抜き、私たちの胸にも突き刺さる。

    (木下昌明)
    2013/11/03 サンデー毎日
    2013-10-30 23:12:17 レイバーネット http://www.labornetjp.org/news/2013/1030eiga CP:http://zhp.jp/bGC2
  • [3] mixiユーザー

    2014年01月10日 00:01

     
    ◆いまの映画技術のせいもあるが、映像的に再現された法廷でのアイヒマンは、最初からアンドロイド的である。実際に彼は、組織の歯車でしかなかったと自分の責任を回避する自己弁護に終始するが、アーレントは、その姿を見て、それを信じ込んでしまう。彼の「凡庸さ」(banality)が「悪」だという彼女の認識は、ユダヤ人虐殺が、ユダヤ人に対する憎悪や殺意からうまれたものではなく、官僚主義的なプロセスのなかで作られた決まりとそれを無批判・無思考に受け入れる官僚の「凡庸さ」にもとづくというのである。
    ◆ここには、彼女の「終生の師」であるマルチン・ハイデッガーが『存在と時間』の第4章で展開した「ダス・マン」(das Man)――ドイツ語でmanは、非人称誰かであり、日本語の「世間」のような機能を果たす――の応用といった感じがする。ハイデッガーは、自己自身である本来的な自己存在に対し、自己を忘れているダス・マンを区別する。ここの部分を心理主義的な意識として解釈してはまずいのだが、実存主義ブームのなかではやった俗流ハイデッガー論では、これは、「思考なきわれ」であり、組織の決まりや慣習に無批判に従っている人間を指す。アーレントは、こういう解釈を便宜的に応用することによって、アイヒマンの「悪」を「凡庸」と概念化したのだ。
    ◆アーレントは、亡命したアメリカに根付くことに必死だった。それは、亡命者にとってはあたりまえのことである。彼女が、『ザ・ニューヨーカー』の特派員としてイェルサレムに行ったのは、彼女が雑誌社にみずから電話してアプライしたからであって、先方が彼女を抜擢したわけではなかった。彼女は、学生時代から頑張り屋で、ハイデッガーは、そういう彼女に惚れた。教師というものは、すいう学生には弱い。アーレントは、最終的に大論文を書くことになるが、ジャーナリスティックな文章を書くことに彼女はそう慣れてはいなかったはずだ。だから、映画に見られるような、シメキリの後退が生じたのである。
    ◆書き上げた文章が、『ザ・ニューヨーカー』に分載されたとき、ユダヤ人サイドから激しい批判を受ける。彼女は、アイヒマンを弁護したのではなく、ナチズムという組織のなかの人間の機能を解釈し、彼の「悪」が従来の善悪概念を越えており、その範疇で測ることができないということを主張したのであった。それによって、近代以後の社会の悪を論じる方向づけをする意味もあった。だから、彼女は、友人でハイデッガーの弟子同士であったハンス・ヨナス(ウルリッヒ・ノエテン)が彼女のアイヒマン解釈を認めないのはショックだった。ちなみに、ヨナスは、ハイデッガーの弟子ではあったが、彼が1933年にナチに入党したとき、彼と決別した。似たように、ヨナスは、アーレントのアイヒマン論に対し、映画のなかでは、「きみは、裁判を哲学論文にしてしまう」と批判することになっている。
    ◆ただし、アーレントとヨナスとの関係は、映画で見るほど単純ではなく、彼は、『ハンス・ヨナス「回想記」』(盛永審一郎ほか訳、東信堂)のなかで、この間の屈折を詳細に書いている(第10章「ニューヨークにおける交友と出会い」)。またハイデッガーとの「確執」に関しても、「ハイデッガーとの決別」という一章をもうけて、回顧し、結局は彼を排除してはいない。
    ◆映画内的に見ると、アーレントは、イエルサレムの法廷でアイヒマンを見たとき、その独特な存在感に畏敬されたように見える。それは、「偉人」のアウラ(オーラ)に翻弄されたのではなくて、いわば異星人(「ガラスケースのなかの幽霊」と映画のなかでは言われる)のいままでにない新しい存在性を見たような印象である。たとえば、ふだん「普通」の人間にばかり会っているひとが、フランツ・カフカに会ったとしたら、どうだろう。なにか、自分のそれまでの感覚が全然通用しないような感じ――不安をもたらすが、同時に非常に蠱惑的な感じである。

    粉川哲夫のシネマノート http://cinemanote.jp/MEMO/20130719_Hannah_Arendt_2012.html CP:http://zhp.jp/2G3s
     
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