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開催終了集団的自衛権とは?

詳細

2014年06月27日 10:54 更新

と き 7月8日(火)19:30〜
場 所 石打集落センター 会議室
参加費 100円 
報告者 福井義博さん(天理市憲法を生かす会会長)

自衛隊が組織されたのは昭和29年。文字通り専守防衛を目的として作られた。自衛隊の名は毎年のように起きる災害で賞賛され一国民にも身近に感じられるようになった反面、外交に付随して戦争をするための軍隊として変革されようとしている。
しかし実際国会でやっていることは、いい年をした先生方が“法の解釈”と言う文章の一言一句を突っつく子供染みた攻防である。
日本国憲法第9条では“戦争の放棄”“戦力不保持”“交戦権の否認”を定めていながら、数年前には遠く離れた戦地で侵略戦争の片棒を担ぎ、いつの間にか日本製の武器が輸出できるようになった。すべては一部の人間の思惑に委ねられる“解釈”が元となっている。報道でも大きく取り上げられない小さな変化が、過去の事例としてさらに大きな変化に繋がる。
第二次世界大戦の被害を知る人が減る中でも、米国の中東への侵略など最近の戦争の顛末をみても戦争が問題の解決とならないことは言うまでも無い。そして戦力を持つと言うことは自らを危険にさらすことになる。非戦を掲げてきた日本の変化と現在の解釈問題から進みつつある危険を再認識したい。 主催月ヶ瀬まなぶ友の会

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2014年09月05日 09:06

    第32回学習会報告[集団的自衛権とは?]
    頻繁に報道される集団的自衛権の“解釈”問題を機に、言葉の示すそのものを主題とした。「集団的自衛権」とは何を意味するのか?天理市憲法を生かす会会長の福井義博さんより法律の説明と世界情勢の報告をしてもらった。
    冒頭に最近古本屋で見つけたという講談社現代新書【昭和の50年(昭和50年発刊)井上清著】を取り上げられた。この本は日本が第二次世界大戦へ突き進んだ状況を開戦20年ほど前から書き記しており、不況にあえぎ異端視されていた当時の日本の状況は現在の日本とよく似ていると言われた。
    集団的自衛権に対する言葉は個別的自衛権といい、他国からの武力攻撃から自国を防衛するための武力を行使する権利であり、集団的といえば密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた場合に共同して防衛に当たる権利を言う。いずれも国際法で認められている権利である。ただ日本には過去の侵略戦争の過ちを経て生まれた世界に誇る平和憲法があり、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を謳った憲法9条がある。集団的自衛権など憲法上許されないことは一文を読んで瞭然である。
    ではなぜ集団的自衛権を行使できるよう政府は解釈による実行と、その先には実例を踏んだ改憲を望んでいるのだろうか?ひとつは数年前に起きたナイジェリアの日本人拉致など、海外進出した国内企業の警護、武力に因る抑制効果を望んでいる。また、戦後日本の根幹にある日米安保では、米国は日本を守っても日本は米国を守れない不平等も解消したいのかもしれない。とは言え抑制としての軍事力と言うのであれば、他の追随を許さない規模でなければ意味を成さないもので、結局は際限なく鍔迫り合いが続く。そして、日本が軍事力を強化すればテロや戦争の対象とされる危険性は高まり、こちらは使わない武力だといっても他国に理解されるわけでもなく、政権の解釈ひとつで専守防衛が先制攻撃に変わる可能性がある。
    昨年末に公布された“秘密保護法”は国の方向性を政府が統制するための顕著なもの、NHK総裁に生抜きジャーナリストではなく大手企業の経営者が就き、政治から独立すべき日銀総裁には政府の方針を踏襲する総裁を置き政府の思うがままに金融を操り、単一政党による専制主義・国粋主義のいわゆるファシズムが形成されつつある。
    キャッチコピーが得意な安倍政権の言う「強い国」とは経済主観で言っているのだろうと思うが、内需をなおざりに、必要に迫られたように誇らしげに語られる“経済グローバル化”は表向き武力など無縁に思うが、現実は異文化に立ち入る侵略行為であり文化の違い貨幣価値の違いで軋轢が生じ、結果経済と武力は一対で進まざるを得ない。GDP、相場、これらの数値はどこかに終着点があるのだろうか?         
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  • 2014年07月08日 (火)
  • 奈良県 奈良市月ヶ瀬石打
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