要旨:お伝えしたい点は二つあります。一つは(謂わずと知れたことですが)、エリス島のような歴史的なモニュメントが、「国民的物語」を喚起する装置となっている点です。1900年に移民の入国管理施設として建てられた実際の建造物を使った「過去の再現」は、単なる「まなざし」を超えて、訪問者の身体を直接「呼び掛け」ることで、「アメリカ人のアイデンティティ」を成型しています。そうした「国民的物語」は当然のことながら、多数派支配層からは除外された「マイノリティ」の人たちに、心地よく響くはずはありません。エリス島のディスプレイを、公的言説が多様性を包摂する例として概観した後に、今度は同じ「アメリカン・ドリーム達成を目指して移住した人たち物語」を、多様で対抗的な位置性から再現し、ミュージアムを対話や問題提起の場としていこうと試みている、「ローアー・マンハッタン・テナメント・ミュージアム」を紹介します。そして最後に(何度も計画変更を求められながら)現在建設が進められている「グラウンド・ゼロ・メモリアル」が孕む問題を考察する予定です。もう一つお伝えしたい点は、「ツーリズム研究」が、余暇を利用してしばしの間、日常の生活の場を離れ、再び元の場所、元の生活に復帰する周遊的な「観光現象」だけを対象とすべきか、という疑問です。現在、地球上の複数の場所に生活の拠点を置き、それらを回遊しながら生活している人は沢山います。「余生は海外で」と思いながら、家族との団欒も大切にしたいと、日本と海外を往還する人たちもその一例でしょう。また、(政治的、経済的理由も含めた)さまざまな動機から、常に移動を続けるライフスタイルを選択する人たちもいます。自分が所属する(あるいはアイデンティティの感覚を持つ)固定された一つの文化圏から、別の文化圏を覗き見に出かけることだけを「旅」として考えるのではなく、文化もまた移動し、変容し、混淆する、culture on tourの世界に暮らすことを考える。そんな方向にツーリズム研究が進んでいくとすれば、かつて移民の到着(というよりはむしろ通過)の場であり、現在はニューヨークを代表する観光スポットの一つになっているエリス島を、観光と異動を結ぶ思考の結節点として位置づけられないか、と考えています。