mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了【バリー博士講演会 東京・福岡・広島】

詳細

2008年06月23日 20:29 更新

チベット文化に興味のある方はぜひいらしてください。

コンパッション(慈悲、思いやり)とは?

私達がよりよく生きる(Living Well)には?

死と死の向こう側にあるものは?

バリー博士と科学的視点、チベット的視点から一緒に探求しませんか?



◎東京◎ 



チベットハウス(ダライ・ラマ法王代表部日本事務所)主催

             オープンセンス共催



1)【 東京講演会 】

「心の平安をいかに保つか −西洋人医師が学んだ チベットの智恵−」



【日時】

6月26日(木) 19:00〜21:00

【会場】

リバース2階ホール

http://www.opensense.jp/studio/rebirth/access.html



◎ 福岡 ◎ 



1)【福岡講演会】

6月27日(金)19:00〜21:00

アクロス福岡 中会議室 608号室

「ヒマラヤを越える子供たち」上映会&「心の平安をいかに保つか」ミニ講話と瞑想会



2)【福岡研修会】

チベットの智恵 〜Living Well 〜

6月28日(土)(3コマ)

「コンパッション〜瞑想と対話のワークショップ〜1」

 10:30〜12:00 13:30〜15:00 15:30〜17:00

【福岡研修会会場】

九州大学 医学部 百年講堂 第2会議室(2F)

http://www.med.kyushu-u.ac.jp/100ko-do/



3)【福岡特別研修会】

6月29日(日)(3コマ) 

―Death, Dying and Living well 医学的 チベット的視点から−

「死を迎える人」&「死を迎える人に寄り添いサポートする人」のためのワークショ

ップ 〜医療関係、教育関係、人のケアに携わるあらゆる職種の人々向け〜

 10:30〜12:00「ワークショップ1」 13:30〜15:00「ワークショップ2」

 15:30〜17:00「ワークショップ3」

【福岡特別研修会会場】

九州大学 医学部 百年講堂 第2会議室(2F)

http://www.med.kyushu-u.ac.jp/100ko-do/



【広島市内講演会】

1) 7月1日 14:00〜16:00

「心の平和を保つには 〜チベットから世界平和を考える〜」

まちづくり市民交流プラザ 研修室C



2)7月1日19:00〜21:00 

「ケアギバー(対人援助者)のためのセルフケア 〜Death, Dying and Living Well 〜」

西光寺 壇上和尚との対談もあります。

まちづくり市民交流プラザ 研修室A



【広島 西光寺 宿泊研修会】



7月2日(水) 13:00〜14:30/15:00〜16:30/17:00〜18:30(3コマ)

7月3日(木) 10:30〜12:00/13:00〜14:30/15:00〜16:30(3コマ)



広島市内で行った

「心の平和を保つには−チベットから世界平和を考える−」

「ケアギバー(対人援助者)のためのセルフケア 〜Death, Dying and Living Well 〜」



内容を瞑想等の実践や対話を通して、深めてゆきます。西光寺檀上和尚にもご登場いただきます。西光寺の自然や場のエネルギーが研修をサポートしてくれるとおもいます。



◎ 東京 ◎ 



【 東京研修会 】

東京研修会は 4月に引き続き バリー・カーズィン博士のティーチング方式で行います

テキストは シャーンテイデーヴァ「入菩薩行論」です。

ダライ・ラマ法王が中国から亡命するときも携えていったテキストであり、コンパッションを説かれる際、時には涙を流しながら朗読されるテキストです。



【日時】

7月4日(金)19:00〜21:00 東京研修会「入菩薩行論1」(1コマ)リバース2階ホール

7月7日(月)19:00〜21:00 東京研修会「入菩薩行論2」(1コマ)リバース2階ホール

7月8日(火)19:00〜21:00 東京研修会「入菩薩行論3」(1コマ)リバース2階ホール

7月9日(水)19:00〜21:00 東京研修会「入菩薩行論4」(1コマ)リバース2階ホール



【会場】

リバース2階ホール

http://www.opensense.jp/studio/rebirth/access.html



【 東京特別研修会 】



―Death, Dying and Living well 医学的 チベット的視点から−

「死を迎える人」&「死を迎える人に寄り添いサポートする人」のためのワークショップ

【日時】

7月6日(日)

10:30〜12:00 「ワークショップ 1」

13:30〜15:00 「ワークショップ 2」

15:30〜17:00 「ワークショップ 3」

【会場】中央区 産業会館 第2集会室

http://www.chuo-sangyo.jp/access/index.html



【受講料】 東京・広島・福岡とも

講演会は 2500円 学生割引1500円

研修会・特別研修会は 1コマ3500円 (各回・資料つき)

部分参加も可能ですが連続で参加されることをお勧めします。





【バリー・カーズィン プロフィール】

カリフォルニア大学バークレー校で哲学の学士を取得。その後、南カリフォルニア大学メディカル・スクールで医学のトレーニングを修了。

 病と死は、バリーの人生の初期から、強力な影響を及ぼした。子供時代に生命に関わる病に冒されたことから後に医者になるという決断をし、また若いころに経験した母や妻の死は、人生の意味を求めて、精神的探求をするきっかけとなった。

 その後インド・ダラムサラに移り19年間本拠地となっている。バリーはそこで14年間、仏教の研究と瞑想に集中して励んだあと、ダライ・ラマ法王より比丘(ビクシュ、僧侶)の戒を受ける。過去9年にわたり、3人の偉大なチベット高僧であり瞑想の師たちが、まさに死を迎えようとしている期間に医学的治療を施すという特権を任命された。高僧たちは臨床的な死と診断されてから終日間あるいは数週間も、タク・ダム(Tuk.dam)もしくはクリアーライト(Clear light 本質である光)と呼ばれる瞑想状態(チベット仏教では最も高次の精神状態)にとどまり、体は、死んでからもなお腐ることなく、新鮮で柔軟で体温も温かいままだった。瞑想が完了し、意識が離れたとき、急速に遺体が腐敗しはじめた。

 バリーは瞑想の修行と、インド、アメリカ、そして日本で仏教と科学を教え続けている。19年にわたる慈善医療も続けている。

2005年と2006年に、バリーは、ウィスコンシン州立大学マディソン校で、リチャード・デビッドソン(Richard Davidson)とアントワーヌ・ルッツ(Antoine Lutz)とともに神経科学瞑想研究にも参加する機会を得、さらにプリンストン大学で、ジョナサン・コーエン(Jonathan Cohen)とブレント・フィールド(Brent Field)と共に同様の研究に参加した。医療と瞑想の2つの世界は、さらに近づき続けている。

【申し込み、問合せ先】

  申し込みに関する詳細は以下のURLヘ

  http://www.opensense.jp/education/workshop/booking.html

  オープンセンス

  電話:03−5820−0909

  ファックス:03−3863−3861

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2008年07月05日 13:58

    バリー・カーズゥイン博士の「入菩薩行論」の一回目を聞きに行きました。博士はアメリカで医学博士となり、インドのダラムサラに渡ってチベット仏教を修行し、ダライラマから比丘の戒を受けた方です。
    「入菩薩行論」はダライラマが中国に追われ、すぐにポタラ宮から逃げなければならなかったときに、何巻か持ち出した教典のひとつで、仏教者が修行するためにもっとも大切なお経のひとつだそうです。
    まだ1日目なので概要はわかりませんが、1日目で一番説かれていたことは「与えること」でした。例としてブッダの前世で虎に自分のことを食べさせたという話が出ました。現実にはそこまでできなくても、与えられる範囲で与えるようにしていくことの大切さについて話されました。与えられる範囲で与えているうちに私達を縛っている常識が変わり、もっと与えられるようになるかもしれない。そしたらまたそのときに与えられる範囲で与える。これを繰り返していくことで、与えることが常識になればいつしかすべての人が与える人であり、与えられるひとになる。奪う文化から与える文化に移行する。そんな話しでした。

    虎に自分のからだを食べさせることについて、なるほどなと思ったことがありました。それは「虎に食べさせてもそこに何か深い意味や価値を見出すことのできる自分になることが大切である」ということです。いまの僕たちの価値観では「虎に食べられたら死ぬだけ」としか思えないでしょう。ところが仏教を修行していくことで次第とその意味や価値がわかって来るというのです。だから深い修行をしている人たちは死ぬ瞬間を待ち望んでいるそうです。この考え方は微妙な問題をはらんでいます。その問題を明確にしてくれたのがある参加者の質問でした。
    「臓器提供は菩薩のおこないだと言っている人がいましたが、博士はそう思いますか」
    博士は「自分がよく考えてそれをおこなうのであれば確かに素晴らしいおこないだろう」と答えました。そして博士はそのことに言及しませんでしたが、こういうことも言えるでしょう。つまり「第三者がそれを強制している場合は意味が違ってくる」ということです。
    臓器提供をしている本人が「臓器提供は菩薩のおこないのように思う」というのは構わないでしょう。しかし、臓器提供数を上げたい誰かがそれを目論んで「臓器提供は菩薩のおこない」と言うのであれば、それは間違いだと僕は思います。言葉は発する人の立場によって意味が変わるのです。多くの言葉はそのことを無視してやりとりされる。
    だから「自分の身体を虎に食べさせることに深い意味や価値を見つける」ことの意味や価値は、それを求めたい人だけが求めるべきであって、求めたくない人にも「それが素晴らしいことだから求めて行きなさい」と強いるのは間違いなんだなと思いました。

    話しが少し飛びますが、ボランティア活動を授業にするとそれはボランティア活動ではないでしょう。そのことと根がつながっていると感じました。その違いを理解できる人がたくさんいないとボランティア活動はどんどん義務になり、働かされる人と働かせる人に分かれていくでしょうね。税金や年金も義務という名の下に制度化するのが大切なのではなく、多くの人がその深い意味を理解した上で「与える」行為にしていくことが大切なのであって、多数決で決めることではないと思っています。いまの政治に欠けているのはこの観点なんだなと思いました。
mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2008年06月26日 (木) 2008年7月9日まで
  • 東京都 福岡・広島
  • 2008年06月26日 (木) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人