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開催終了『尸林のダーキニー会』 〜Smasanam Dakini Sanga〜

詳細

2009年11月24日 22:28 更新

つながらない、シェアしない、エコにもべジにも興味がない、世界平和も地球の未来もチベット問題も他人任せ、自分のことで手いっぱい。

自らを‘天才’と詐称し、神を冒涜し、おちょくり、あわよくば抹殺してやろうとたくらむ‥

そんな、ヨギーの風上にも置けない通称


『ヨガ界のクズ野郎』


たっきょが、身の程知らずにもヨーガのセッションを開きます。
称して



『尸林のダーキニー会』 〜Smasanam Dakini Sanga〜



※尸林とは・・・
古代インドにおいて、いにしえのヨギー達がプラクティスをしていたといわれる聖なる森、今でいう‘パワースポット’です。

ダーキニーとは・・・
その聖なる森のヨギー達をレッスンしていたといわれる、ヨギーニの中でも特別なスピリチュアルパワーを持っていた女性のことです。

      
             〜民明書房刊・『古代インドのパワースポットとスピリチュアルピープル』より〜


・・・まあ、今風にいうと

『森ガールの会』

ということになるのですが、ここはやはりヨガっぽく『尸林のダーキニー会』とあいなりました。






〜〜〜たっきょ談〜 〜〜


『自分を愛せていない人・・・

愛せるとか愛せないとか、そんなこだわりどっちでもいいでしょう。


毒素を排出して浄化されたい人・・・

ついでに、清らかなもんも全部排出しちゃいましょう。


アーサナを深めたい人・・・

そもそも、アーサナを深めるっていったい何のことでしょう?



バックベンドの効率的な練習法を知りたい人・・・

股関節の柔軟性を向上させたい人・・・

アライメントにフォーカスしたい人・・・

アーサナに伸び悩んでいる人・・・



他に行って下さい。






ハタ・ヨーガ『実践編』、ハタ・ヨーガ『理論編』の2本立てで行きます。とはいえ、一般的に認識されているハタヨガとはかなりイメージが異なるものと思われます。


「なにこれ?全然ハタヨガじゃないじゃない!チャレンジングでもないし、時間の無駄だったわ!」


なんて思っても、話は聴いていってください。
それら一連のプラーナヤーマ、アーサナ、バンダ、ムドラーがどういった意図や意味合いで組み立てられているかを説明しながら、それを通して身体を使ったヨーガ、ハタ・ヨーガの構造や意味合いを詳しく、説明していきます。

なぜ、こういった順序で、このようなことをするのか?

その理と由と目的を知ることにより、今後の他のヨーガの実践においても内的な変化、変容が起こることでしょう。まあ別に起こらなくてもいいんだけど、そんなもん。』


〜〜〜たっきょ談ここまで〜〜〜





生意気ですね。いったい何様のつもりなんでしょう?
良識あるヨギー、ヨギーニの皆さんは参加しないほうが身のためです。





☆とき:12月19日(土曜)17時〜22時

☆ところ:東京都新宿区市谷本村町2-33 中央・総武線 (各駅停車) 市ヶ谷駅 徒歩7分

     燕スタジオ
     http://www.yogaroom.jp/tsubame/

☆りょうきん:高くても2000円。おそらくもっと安いです。どんぶり勘定になりますがご容赦ください。

☆もちもの:ヨガマットはあったほうがいいです。無いとひざとかケツが痛いかもです。







☆やる奴のプロフィール★


たっきょ:本名、岸川卓巨

東京都出身。じいさんが天台密教の祈祷や呪術を行ってた人で、呪符やら結界に囲まれて育ったが、それはあんまり関係ない。


90年代なかば、ヨガをやると格闘技が強くなるとのウワサを耳にし、人体を破壊すること、他人をボコボコにすることを目的にヨガを始める。


その後、馬鹿だからヨーガスートラの’あひんさ〜’なるものを真にうけ、格闘技から一切足を洗う(いちおうそういうことにしている)。


インドで、ハタ・ヨーガの源流である’NATH’を受け継ぐヨーギ・ヴィシュヴケトゥに出会い、なんやかんや習う。


北インドのサドゥの大物、シヴラム・ダス・ニールカント・ババ・マハーラージに‘ニルマル・ダス’の名を与えられる。


ヨーギ・ヴィシュヴケトゥに‘ハヌマーントゥ’の名を与えられる。


さらになんやかんやで今に至る。

コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2009年11月29日 21:50

    はじめまして。
    当日ヨーガセッションをやるたっきょです。
    若干補足をいれさせていただきます。


    以前、ある本の中で

    「思想というのは、自分が勝手に思い込んで揺るがせる事のない信念のことではなく、常に外の色々な人々にぶつけたり問いかけたり試しながら、そういった外との関係の中で絶えず刷新していくもの」

    というような言葉を読み、なるほどなぁと思ったことがありました。



    ヨーガも本来はすごく閉じたもので、世界や自然や社会から果ては自分自身の肉体まで、‘本当の自分ならざるもの’を徹底的に否定し、自分独りが世界の外側でいかに楽に、静かに、永遠に沈潜するか?を追求するものでした。

    つまり、世の中とのより良き交わりを模索したり、より善い世界を目指したり、より良い自己(ここでは健康な肉体や知性、自分らしさといった、いわゆるマーヤーやプラクリティのこと)を追及するといったこととはまったく無関係なものでした。

    それはヨーガスートラをきちんと読めば一目瞭然だと思います(だから自分は、「社会や周囲との関わりを絶ち、世界から完全にオサラバしちゃおう」というヨーガスートラ本来の身勝手で反社会的な思想を読み取ることもせず、さも聖なる経典のように盲目的に持ち上げて「読め読め」云ってるアシュタンガヨガを中心とした哲学かぶれの指導者に大いに?を感じているのです。・・・てゆうか、普通に社会的常識人としての思考力や判断力があれば、‘ヨーガスートラと社会性の矛盾’なんてケン・ハラクマあたりが今更言い出さなくてもわかると思うんだけどね?)。
    そしてそれを突き詰めた結果、健康や子孫を残すことすらも度外視するに至ったようです(自分は解脱思想というのは究極の身勝手、ドエゴだと思っております)。



    近代の西洋は、そんな閉じた身勝手で反社会的ともいえる古来のヨーガを近代社会に適合させる為にハタ・ヨーガ的なアーサナを健康に役立つ身体操練として転化し、合理思想あるいは唯物的思想の認可を求めて(すなわち科学的な信頼性の確保の為)解剖学的な観点を取り入れ、自分や周囲をより良くし、よりよき社会を目指そう、みたいな自己啓発的な部分を取り入れて、進歩や向上を目指す近代社会の一員にふさわしいものとして作り変えたんだと思います。


    だけど、自分はそれになにか違和感のようなものを感じてきました。
    おそらくそれは、西洋のおこなったことが、

    『ヨーガの原理の中から今の社会に親和して役にたつようなものを見つけ出す』

    のではなく、まさに上に書いたような

    『外から色々なヨーガならざる異物を貼り付けることによって』

    それを達成したということだからです。現代におけるマクロビやらローフードに代表されるような、本来のヨーガとはまったく何の関係もないベジ思想などもこれに含まれます。

    そして、それら合理主義的なものを付け足すと同時に、本来のヨーガ(特にタントリズム)の持っていた形而上学的、観念的な側面(側面というより、これこそがヨーガの本質そのものなのに・・・)つまり様々なメタファーやリチュアルを切り捨てました。

    (よく、ストレッチとヨガの違い、を説明する時に、呼吸だの内面の観察だのが言われることがありますが、ストレッチだって、呼吸は大切にしているはずです。心を静めて自分の内側に心を向けてるとはいえないのでしょうか?けっきょく、メタファーやリチュアルを捨てた近代ヨガというのは、いくらハッタリをかまそうと本当のところはストレッチと大して変わりはないということです)

    それでいながら、今度は自分たちのでっち上げた引き寄せだのオカルトだのスピリチュアルだのの観念的な異物を、これまた解剖学や自己啓発と同じように貼り付けようとしています。

    「それの何処が悪いの?」

    と云われたらもうそれまでです。
    その意見は、俺が冒頭で取り上げた思想の定義ともなんら矛盾しません。
    だからそれはそれでいいでしょう。
    それと同時にここから先を読む必要もありません。アシュタンガでもアヌサラでもジーヴァナントカでも、流行りの思いつきヨガをこれからも楽しんでください。

    「ヨガはひとそれぞれだから」

    こういうお決まりのフレーズを云う人もいるかも知れません。
    だけど、この言葉は、あらゆる批判や対話をそこで封殺してしまいます。
    この言葉を安直にどんどん適用していけば、何が本当に正しくて何が真実なのか?という模索はまったく不可能になります。
    あらゆる議論、探求を有無を言わせずに終らせてしまうこの言葉の暴力性に全く気づかない鈍感な人たち、この言葉の大雑把なシェルターの下に隠れて、ヨーガの探求を自分の先生や外国からやってくるご立派なインストラクターにお任せにしてしまう無責任な人たち、これらの人々を、俺は軽蔑し唾棄します。
  • [2] mixiユーザー

    2009年11月29日 21:52

    ヨーガというのは数千年かけて丹念に練り上げられてきた思想であり叡智であり秘儀なはずです・・・



    かつての日本は、明治維新と文明開化という急激な異文化の流入により、三島由紀夫いうところの「文化の連続性の断絶」を味わいました。

    現代の視点から見れば、物質的経済的には豊かな国になったと思います。それは例えば、TTやらワークショップやらリトリートやら有名イントラの追っかけやらインド逃亡やら・・・ヨガやってるヒマで暢気な人々を見ればようくわかります。

    しかし同時に、根っこや主義や思想、美学、民族的な誇り(決して右翼的な意味ではない)は、失われてしまったのかも知れません。それは例えば、TTやらワークショップやらリトリートやら有名イントラの追っかけやらインド逃亡やら・・・ヨガやってるヒマで暢気な人々を見ればようくわかります。

    明治以前の2000年にもわたってゆっくりと培われてきた文化は、明治生まれの、なんでも外から来たものを無批判にありがたがる‘ガキ’に取って代わられてしまったんでしょうか?

    ・・・まあ話が思いっきり逸れましたね。今は日本の文化のことについて語っているのではありません。



    つまり俺は、ヨーガというものにこれと同じような危機を・・・いや正直にいうなら、単なるノスタルジーとロマンチシズムとしての愛惜を感じているのです。

    だからこそ、西洋人によって安易な形で自分らの都合でいじくりまわされ換骨奪胎され、歴史的な重みと神秘性とオリエンタルな情緒というブランドだけを拝借され、その実は踏みつけにされコケにされ散々利用されてきたヨーガというものを、身の程知らずにもこのたっきょが、自分で、もう一度あらためて、本来閉じられた反社会的なものから、開いたものに刷新してみようと思いました。


    外から違うものを引っ張って安直に貼り付けるのではなく、キチンとヨーガの原理を見据えた上で、その原理の中から今の社会に合うものを演繹してくる・・・という形で。


    そのために、外の人たち、どこかやなにかに逃げ出すこともなく、普通に現実を生きている人たちに、古来の解脱やら無想三昧やらブラフマンとの合一を目指す、近代や西洋にいじくられていない本来のヨーガをいったん問いかけてみようと思います。
    そこでおそらく現実の人々は、違和感や奇妙さ、あるいは

    「健康と関係ないんだったら、若さを保つのに関係ないんだったら、身体が柔軟にならないんだったら、アーサナが上手くならないんだったら、綺麗な心になれないんだったら、プラーナやらエネルギーを感じられて、それで何の役に立つの?」

    みたいな疑問を感じると思います。
    そうやって現代日本の外気に晒し、問いかけ、試しながら、ヨーガの正統な再構成を試みたい・・・

    ずいぶんえらそうなことを云っていますが、カッコつけて云うと、今回こんな事を思い立ったのはおよそそういうわけなのです。
    これは俺にとっての試行であり実験です。なので、‘自分の為の試み’でいっぱしの金額を取るわけにはいきません。だから、料金を‘俺も含めた全員で場所代をワリカン’とさせてもらったわけです。
    決して

    「お決まりのプライマリーとバックベンドのコツ講座と、それと何の関係もないなんかの本に書いてあることそのまんまのヨガ哲学をさもアーサナの上達と関係があるかのように語る、ありがちな割にはずいぶんな金額を取る垂れ流しワークショップ」

    への当てつけではありません。それらは俺とは何の関係もないし、そういうのが好きで何の疑問も持たない人たちもまた、このセッションには何の興味も持たないでしょう。だから、俺の知ったことではありません。




    たった数年スタジオでヨガをやり、TTなるカリキュラムで資格を買い取った人達が、ヨーガスートラと現代社会の矛盾に目をつぶったり棚上げしたまま「元々はヨーガだったかも知れない別のなにか」をヨガと称して撒き散らす、そんなカリユガをさっさと終らせて、「本来のヨーガ」を「本来のヨーガ」のままキチンと現代と整合出来る道を模索し、またそれが可能だということを証明するために、こんな無法者に手を貸してくれるという方。。。

    だけど本当は、そんなメンドくせーこと抜きでも全然かまいません。

    定員というのは考えていなかったのですが、ヨガマットをひろげる広さとしてはあと数人といったところです。

    まあ本当は、ヨーガにマットなんて全く必要ないんだけど。
  • [3] mixiユーザー

    2009年12月05日 19:18

    『実践編』に関しては、会場の床面積的にヨガマットの敷ける限界の人数に達しちゃいました。意外です。申し込んだ方々、ありがとうございます。いいんですか?知りませんよ?


    なので、もしまだ参加を希望するという奇特な方がいらっしゃいましたら、19:00以降(もうちょい延びる可能性大)の座学『理論編』から受け付けます。


    実践編のみの方の料金はたぶん500円前後になると思います。時価です。どんぶり勘定です。みません。「たけーよ」と云われたらもうちょい考えます。


    申し込みは、たっきょの処に直接メッセージか、

    yogihanumanth@gmail.com

    にご連絡ください。


    んでは。
  • [4] mixiユーザー

    2009年12月18日 16:42

    明日来てくださるみなさん、会場にレンタルのヨガマットはありますが有料になりますのと(あ、値段訊くの忘れた!)、枚数が15枚しかない(そのうち1枚はたぶんたっきょが使うw)とのことなので、マットのある方はご持参くださいませ。

    場所がうっかりすると見落として通り過ぎそうな処なので、少し早めに来るのがモアベターよ(古っ!)。

    ではよろしくお願いします。
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