帰国後、都内で活動開始。2002年にForte Records(ドイツ)からのデビューシングル「Have you ever seen the blue comet?」、1stアルバム「Dr.Shingo's Space Odd-yssey」をリリース。Sven Vath、石野卓球、Monika Kruze、Claude Young等から絶大な評価を得、ドイツ、イタリア、アメリカ、ブラジル等様々な国のレーベルからリミックスの依頼が殺到する。
90年代の初めから都内クラブでの活動後、95年に"CLUB LOVELY"をスタートさせる。98年には日本初のパーティー名義のCD「CLUB LOVELY-Happy Classics」(ユニバーサル)をリリース、クラブ系のMIX CDとしては当時記録的なセールスを上げた。2000年にリリースされた「CLUB LOVELY-progress+transcend」(KSR)は日本人DJによる初のプログレッシヴハウスのMIX CDであり、シーンの幕開けを飾る作品として音楽誌からの絶賛を浴びた。2001年には"CLUB LOVELY"を終了させ、大箱系プログレッシヴハウスを追求するカッティング・エッジなパーティー"SUBLIMATION"をLIQUID ROOMにてオーガナイズ。UKの"Renaissance"のDJをレジデントに迎えるなど、東京から世界に向けて発信する新しい試みが話題を呼んだ。2002年にはマイアミWinter Music ConferenceでのPioneer/Bedrockのパーティに出演。同年6月にはBedrock音源をミックスしたCD「Compiled and Mixed by DJ SAWA」(パイオニアLDC)をリリース、日本におけるプログレッシヴハウスシーンのオリジネーターとしての評価を確立した。現在はよりハウス色を強めたパーティー"FUNKY FRUITS"におけるレジデンシーを中心に、プログレッシヴ&ファンキーな「新しいほうのハウスミュージック」をプレイ、世界のグルーヴを知るリアル・パーティー・ピープルからの支持を得ている。