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開催終了(新生)活動案内;2014/03/23

詳細

2014年02月28日 03:08 更新

復興住宅訪問活動

忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から

日時:2014年3月23日(日) 午後2時〜5時

集合場所・時間:垂水東口、いかなごのモニュメント前 午後1時20分 にお越し下さい。

JR・山陽各線垂水駅東口山側すぐ、レバンテ垂水前の広場です。
集合後、路線バスで移動、復興住宅(ベルデ名谷:垂水区)をお訪ねします。

阪神淡路大震災で被災された方を、神戸市内の復興住宅にお訪ねし、震災のことや今お困りのことなどの「お話し伺い」をする傾聴ボランティアです。
1回だけでも、初めてでも、お気軽に、ご一緒下さればうれしいです。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、予めご連絡下されば幸いです。

天候によっては中止・変更させていただくこともあります。
3月22日(土)・23日(日)・29日(土)・30日(日)は、同一場所・時間帯での活動を計画しています。また、夏季以降も同様に数回の活動を考えています。

当ボランティアは、2014年3月、仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえます!
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


 阪神淡路大震災から早くも19年が経ちました。新たな活動主体のもとで、今だからこそ、これまでの被災者に寄り添おうと、神戸市内の復興住宅に改めてお訪ねし、「お話し伺い」〜傾聴ボランティアをさせていただきました。1月には、三宮・東遊園地の一角にともる「希望の灯り」の分灯とともに、お訪ねしました。おかげさまで、多くの皆さまに好意的にむかえていただきました。

 3月は、阪神淡路大震災の被災地・被災者が、忘却されようとした月でした。震災から約2ヶ月後の地下鉄サリン事件から、震災報道はローカル化され、やがてそれも少なくなっていきました。そして16年後の2011年3月11日には東日本大震災が発生し、阪神淡路大震災がいっそう過去のものとされるに至りました。

 単に忘却と無視の彼方に追いやられるだけでなく、先の被災地は「復興」したとのイメージが作り出されていきました。確かにそのようにみえる部分もあるでしょう。そうしたイメージを作り出し、それに寄りかかることで、アイデンティティ・クライシスを回避しようという心理も働いているでしょう。

 こうした仮構の「復興」イメージの一方で、今なお多くの被災者が、時間の経過の中でいっそう深化した情況にあることを忘れてはなりません。

 東日本大震災を機に「息の長い支援」が盛んにいわれるようになりましたが、それをいうなら、まず、これまでの被災地に根ざし、これまでの被災者とともにあることが、今まさに求められているといえるでしょう。

 そこで今季も、昨秋以来訪問活動に取り組んできた、神戸中心部から西側に遠く離れ、深い山間の急斜面上に聳え立つ復興住宅を訪ねることにしました。被災前、長年にわたって築き上げ、慣れ親しんできた地域コミュニティ、生活手段、その他の環境から、空間的にも隔てられ、社会的にも異質な情況にあることを、長きにわたって強いられたものです。

 東日本大震災の被災地・被災者においても、同様の問題が不可避になろうとしている中で、こうした「切り離されて暮らすこと」を通じた役立ちと学びの意義は、さらなるものとなっています。

 1回だけでも、初めてでも、お気軽に、ご一緒下さればうれしいです。

コメント(2)

  • [1] mixiユーザー

    2014年07月06日 00:27

    ・70〜80代女性。東灘区で全壊。近くの学校の避難所に避難したが,夏まで半年以上いた。ポートアイランドの仮設住宅で4年過ごした。みんなが出ていったあと,棟で最後までまで残っていた。仕事があったので,なかなか移れなかった。この復興住宅に入居して15年。ちゃんと元気な人もいれば,身体悪くなる人も,ヘルパー頼んでる人も。周囲の人がしっかりしていれば,色々なことを教えてくれるのだが…。1人だと,自分の考えだけできたから,老後になると不安が…。ここへ来てよかったかと言われると…。ちょっと不便かな。大勢だと近所づきあいも難しい。静かに暮らしたい。怖いと思いながら生活するのはイヤ。変に声を掛けてトラブルになるといけないので,話さないようにしている。若い人は怖い。これも震災が発端や。(被災者が優先入居する復興住宅である以前に)市営住宅に住むことの難しさもある。ここに来て14年してから,しあわせの村で行われている老人大学に行き始めた。週2回で3年以上卒業になる。福祉に関する科目を受講し,それを活かして老人ホームでのボランティアをしている。以前は,被災時まで住んでいたあたりの医者に通っていたが,最近は復興住宅の近くにしている。自分も年を取ったが,医者も高齢で辞めてしまったためだ。だんだん話題が少なくなっている。年なんで…。私たちのボランティアのことが新聞に出ていたので,安心して話せた。ボランティアに話しておけば,何かあったとき伝えられる。東日本大震災で被災した東北の人も大変だろう。若い人は外へ出られるからまだいいが,年を取ってもっと大変になるのは,自分たちと同じだろう。従来神戸市から高齢者に配られていた,喜寿や米寿などのお祝いがなくなってきた。来年以降の人は気の毒。長生きの楽しみがカットされてきた。まだ歩けているが,もうちょっとしたら杖とか要るようになるだろう。できるだけ自分でできたら幸せと思っているが,(この住宅から一歩出ると)坂だから…。頭と身体がついていかない。杖をついては,荷物を持って上がってこれない。宅配・個配もあるが,自分でみて選べない。今度地震が来たら,坂が大変なことを,考えてあげてほしい,教えてあげてほしい。坂が身体にこたえてくる。便利な街中に何十年も暮らしていたから,住んでみるまで考えられなかった。この部屋は,西日がささないのはいいが,風が抜けない。寒さの方がこたえる。寒いときは,朝ゆっくりしている。早く起きても暖房代がかかるだけなので。暑さはまだ我慢できる。このまま老いていくのはイヤ…。震災のあとや仮設住宅にいた頃は,乞う言ったことは考えられなかった。もうすぐ消費税が上がるが,持って帰るのも大変だし,買い込んだらたくさん消費しそうなので,買いだめは考えていない。4月に入ったら花見に行く予定。
  • [2] mixiユーザー

    2014年07月06日 00:28

    ・80代女性。夫(80代)夫婦2人暮らし。須磨区で全壊。築80年の2階建ての家だった。着の身着のままで,近くの学校に避難した。たまたま翌日に予定していた行事のためのお菓子が食料になって喜ばれた。近所の人が供出してくれたストーブで暖を取ったりと,協力してくれて助かった。避難所ではトイレの世話などをさせていただいた。息子が迎えに来てくれ,娘のところに10ヶ月身を寄せて,仮設住宅を申し込んだ。西区の仮設住宅では,自治会の立ち上げなどもした。餅つきをしたときは40kgもつくった。婦人会のつてボランティアもお願いした。小学生も訪問してくれた。同じ仮設住宅に暮らした人たちとともに,その人たちにまた会いたい。おぜんざいの会やふれあい喫茶のようなものもした。比較的小さい仮設住宅だったが,海外からも視察に来た。西区内の6000戸の被災者を訪問した。何度も言ってやっと話しをしてもらったりしたのも,いい想い出。仮設住宅に3年暮らした頃,子どもが家を建て,同居をすすめてくれたが,結局,復興住宅を申し込んで,夫と2人で,ここに入居した。ボランティアをして色々勉強になった,自分にとっての成長期だった。復興住宅に来てからも色々お世話をしてきたが,一昨年体調を崩し,役を退いた。元気だったことのありがたさをしみじみ感じる。ここはよかった。色々な人たちが集まって,想い出ができた。訪問して,色々なことを吸収しできたのも,震災のおかげと感謝している。若い頃からボランティアなどをしてきて,苦しいことや,楽しかったこともあった。色々な想い出もある。この復興住宅の棟では,最初から住んでいる人は1/3以下になった。1人になって話す相手がなくなり,認知症になる人も。ここへ来た初めの2〜3年は,人間関係も難しく,なかなかまとまらず,胃阿てぇんだったと思う。ここで亡くなる人などは,すぐ対応してきた。備え付けてあるAEDの使い方を教えたりした。東日本大震災で被災した,東北の人の気持ちも解る。できることをしてお役に立てれば…。
    「御苦労様でございます。おはなしは、山ほどございますが、…インターネットは止めましたので表記の連絡は出来ません。週末ボランティアさんには、15年間,1度もお越しいただいておりませんが…。」<自身でシート記入の上でお話し伺い。仮設住宅や復興住宅でお世話をしてきたときの想い出の品などをみせていただいた。>

    ・80代女性。灘区で被災。須磨区のワンルームマンションに入ったが,家賃が高かったので,市営住宅に申し込んだ。この復興住宅に入居して15年。ここへはいちばんに入った。初めは閉じこもり勝ちだったが,長い間掛けて,少しずつ出るようになった。毎日買い物に出かけるのは大変で,こけないか心配。とくに天気が悪い日は。少しでも歩かないと,足が悪くなっていくので,リハビリをかねて,1日1回は外出するようにしている。ここでは住民の入れ替わりが多く,旧い人は少ない。地なりの人とは仲良くしていて,何かあってもすぐ来てくれる。親の代から神戸にいる。同じ小学校の友人も,震災後はいっそうバラバラになり,亡くなった人もも多く,同窓会も行きづらい<玄関前の廊下にて。訪問日は,この棟の総会があったため,終了を見計らって,遅めの時間帯に訪問。戻られて程なくしてのお話し伺いに>

    ・80代女性。垂水区で被災。震災後も,一時子どものもとへ身を寄せたが,しばらく住んでいた。この復興住宅に入居して2年。ここは隣近所がいい人でありがたい。以前に転んで圧迫骨折して,やっと治ったところなので,注意している。さっきは買い物に出かけていた。これからまた用事で出かけるところ。<訪問時お留守だったため,自身で記入したシートを回収。その後帰宅されたところにお話し伺い。再度お出かけになるところ,仲良くされている近隣の方とともに,さらにお話し伺い。>

    ・70代男性。須磨区で半壊。被災後苦労したのは水。家が高いところにあったので。この復興住宅に入居して15年。来たときは夫婦2人だったが,ここで妻に先立たれた。以来一人暮らし。今は(介護保険やヘルパーを利用せず)まだ自分でやっている。だいぶ前,近くで孤独死があった。身体悪いところはない。<ドアを開けて応答,玄関でお話し伺い>

    ・30代?女性。子どもは春休み中。特に困っていることはない。<(予告ビラ裏面のシートに)「何も書いてないんですけど…」と言いながら,インターホン越しに応答>

    ・「震災わ受けてませんので申しわけないですがお話することがありません。」<自身でシート記入>

    ・40〜50代女性。「今回はちょっと体調悪いので,いいです。」<インターホン越しに応答>

    ・30〜50代女性。「はい,大丈夫です。みんな元気です。」<インターホン越しに応答>

    ・70〜80代女性。「いいです。」<インターホン越しに応答>
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  • 2014年03月23日 (日) 午後2時〜[1時20分ご集合]
  • 兵庫県 神戸市垂水区
  • 2014年03月23日 (日) 締切
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