mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了(新生)活動案内;2013/08/03

詳細

2013年07月14日 03:55 更新

新生142回復興住宅訪問活動

今、改めて「都市型災害」を神戸に聞こう!

日時:2013年8月3日(土)午後2時〜5時

集合場所、時間:そごう神戸店前サンファーレ広場に、午後1時半にお越し下さい。
(2階山側入口前、ペデストリアンデッキの時計があるところです。阪神三宮すぐ、歩道橋でJR三ノ宮等と接続)
集合後、電車または徒歩で移動、復興住宅(神戸市営筒井住宅:中央区)をお訪ねします。

阪神淡路大震災で被災された方を、神戸市内の復興住宅にお訪ねし、震災のことや今お困りのことなどの「お話し伺い」をする傾聴ボランティアです。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、
予めご連絡下されば幸いです。  
 
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


1月、3月、4月、今だからこそ寄り添おうと、パワープレイ〜ヘビー・ローテーションで、集中的に訪問活動を敢行、おかげさまで、多くの皆さまに好意的にむかえていただきました。

この間14回で、旧グループの1年分に相当する460軒余をお訪ねしました。4月13日には、通算600回目の支援活動となりました。

そこで、猛暑の折ではありますが、今季もお訪ねさせていただくことにしました。

1回だけでも、初めてでも、お気軽に、ご一緒下さればうれしいです。


 阪神淡路大震災から18年の今2013年は、関東大震災から90年でもあります。現代と近代の日本が経験した代表的な「都市型災害」と位置づけることで、被災直後から長きにわたる支援や復興のあり方、その間の社会情勢など、多くを問い直す観点となるでしょう。

 東日本大震災以来「息の長い支援」の必要性とあり方が問われる中、時間的規定に即しての理解と行動が重要であるとともに、空間的規定に則してのそれ、即ち、災害という面からみた都市問題・都市論もまた然りでしょう。

 近代・現代に限っても神戸は、大小さまざまな災害に遭ってきました。その多くは水害で、長く防災政策において重視されてきました。今なお経験者がいるうちで古いところでは、阪神大水害(1938年7月3〜5日)でしょう。戦後の高度成長期においても2度の大きな水害(1961年6月24〜27日、1967年7月9日)に遭っているほか、記憶に新しいところでは、「ゲリラ豪雨」という言葉を広めた都賀川豪雨(2008年7月28日)がありました。長く神戸の地に在る方は、これらを乗り越えてきたのです。

 また、自然災害と同じに扱うことは適切とはいえませんが、戦争も市民に災禍をもたらしました。神戸及び阪神間では、神戸大空襲(1945年6月5日)のほかにも、大小幾たびもの空襲に遭い、今なお生々しい記憶をもつ方が少なくありません。戦争を経験した世代が高齢化する中で、被害者としての側面に収斂され、加害の一端を担った世代の声が小さくなっている状況を看過することはできません。こうしたバイアスが強まる今日、貴重な声に、いっそう耳を傾けなければならないでしょう。

 そうしたことを、心の片隅において、有意義なお話し伺いを実現したいと思います。

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2013年10月09日 01:59

    ・60代女性。東灘区で全壊。ゆっくりながらかなり揺れた。震災からしばらくの間のことはよく覚えていない。避難所に10日いた。会社に寝泊まりしたりしたあと,大阪に家を借りた。この復興住宅に入居して15〜16年。ここに来たばかりの頃,具合が悪くなったことがある。原因不明だが,慣れないところだったからだろうか。HAT神戸方面の商業施設に行こうとして転倒。大けがして,手術した。このほかにもよく転んでケガして,楽しみにしていたところも行くのをやめた。30〜40代の頃にも大ケガをして入院したことがあるので,もうしゃあない。昨年の夏には熱中症になったが,何とか病院に行って,事なきを得た。それ以来,暑いときには,エアコンを使用するようにしている。この復興住宅には,自分より上の世代の高齢者が多く,話しが合わないので,近所づきあいはあまりしていない。今,ちょっと人間不信。震災以降,1人きりになったので…。<訪問時,ヘルパーに買い物をお願いしていた。玄関前廊下でお話し伺い>

    ・70代男性。須磨区で全壊。近くの小学校の避難所に行ったら,ケンカしている被災者を見て「心のケア」が必要と思った。遠い親戚宅にもを寄せたあと,ポートアイランドの仮設住宅へ。入れる仮設住宅はそこしかなかった。暑さ寒さの中1年以上過ごした。振動なども怖かった。この復興住宅に入居して15〜16年。同じ仮設住宅にいた人と一緒に来ることが出来た。もう慣れた,というより,他に行くところがない。ここへ来てから妻を亡くして一人暮らし。外出することも少ない。数年前に隣接地で異臭が発生したとき,ここはともかく,発生源に近い棟はたいへんだった。この住宅の別棟で火災が発生したとき,避難することもなく,特に問題なかった。最近は隣近所の顔ぶれも変わってきて,自分が一番古いぐらいに思われる。あいさつぐらいはするが…。<玄関前の廊下でお話し伺い>

    ・70代男性。中央区で被災。生まれてからずっと神戸のこのエリアに。(震災の時のことや今お困りのことをお伺いしていると)訪問の趣旨を説明したところ,「大東亜戦争のことは聞かんのか?」と。小学生で終戦むかえ,疎開の経験はない。1945(昭和20)年3月の神戸空襲で,そごうのあたりを残して全部なくなったことや,「人間の丸焼け」を見た記憶が今なお鮮明に残っている。それを思えば阪神淡路大震災など,たいしたことはない。他の災害・災難をあわせても及ばない。<玄関前でお話し伺い>

    ・70〜80代女性,4〜5人。「みんな震災でここに来た。」「みんなお金に困っとるわ…。」「わりと話したりはする。」「暑い中たいへんやね。兄ちゃんもやっていく?」<住宅中庭で行われていたカラオケ大会の会場にて>

    ・70代男性。「何のボランティア?」(予告ビラ等を見せて訪問活動の趣旨説明)「お金に困っとる。」<住宅中庭で行われていたカラオケ大会の会場にて>

    ・60代?女性。「何の用ですか?」(訪問の趣旨説明)「私,よろしいですわ。ご苦労様。」<インターホン越しに応答>

    ・70代男性。(訪問の趣旨を説明したところ)「そんなんええわ。」<訪問時留守,近隣でお話し伺い中に出会う>

    ・70代女性。「今ちょっとあれしとるから…。大丈夫,ご苦労様です。」<玄関ドアを開けたまま室内から応答>

    ・40代女性。(震災のことは)「思い出したくない。」(お困りのことは)「ないです。」インターホン越しに応答>

    ・60代?女性。「しんどいので,ちょっと寝かしといてもらえます?」<ドアを開けて応答>

    ・60〜70代女性。「今,ちょっとお客さんで忙しいんです…。」<インターホン越しに応答>

    ・50〜60代男性。「別に今のところ(困ったことは)ないです。」<インターホン越しに応答>

    ・少女。留守番。「今ちょっと家の人がいないので…。」<インターホン越しに応答>

    ・30〜40代男性。「大丈夫です。」<インターホン越しに応答>

    ・60〜70代女性。「いいです。うちは。」<ドアを開けて応答>

    ・70代女性。「よろしいです。」<インターホン越しに応答>

    50代女性。「いいです。」<ドアを開けて応答>
mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2013年08月03日 (土) 午後2時〜[1時半ご集合]
  • 兵庫県 神戸市中央区
  • 2013年08月03日 (土) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人