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開催終了(新生)活動案内;2013/03/30

詳細

2013年03月28日 02:32 更新

新生134回復興住宅訪問活動

3月だから忘れない、3月だから寄り添う 
「3.11」から2年「息の長い支援」は神戸に聞こう!

日時:2013年3月30日(土)午後2時〜5時

集合場所、時間:そごう神戸店前サンファーレ広場に、午後1時半にお越し下さい。
(2階山側入口前、ペデストリアンデッキの時計があるところです。阪神三宮すぐ、歩道橋でJR三ノ宮等と接続)
集合後、電車または徒歩で移動、復興住宅(神戸市営筒井住宅:中央区)をお訪ねします。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、
予めご連絡下されば幸いです。  
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する新たな活動主体「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


3月は東日本大震災から2年になります。

東日本大震災を機に盛んに言われるようになった「息の長い支援」ですが,阪神淡路大震災の被災地・被災者が,18年以上を経過した中で,何より切実に経験していることにほかなりません。でもその前に想起すべきことがあります。

震災後10年,13年を経たあたりから忘却の彼方におかれることが多くなった,阪神淡路大震災の被災地・被災者ですが,こうした忘却の最初の発端は,震災発生の1995年の3月20日に起こった地下鉄サリン事件でした。

それまで昼夜を問わず全国レベルで報道されていた震災が,一気に関西ローカルになり,それもやがて減っていきました。この時期の報道の落差は,関西と関東とで別の国かと思うほどで,それが被災地とそれ以外とでの「温度差」を生み出していきました。

3月に忘れず寄り添うこと自体に,大きな意義があると思います。

大切なことをもうひとつ。「心のケア」についてです。

阪神淡路大震災から,盛んにその必要性が認識されるようになった「心のケア」ですが,爾来十数年,その後に起こった災害や事件への対応を経る中で,それに求められる方法も大きく変化してきました。

震災後間もない頃は,ただ寄り添いさえすればそれだけで「心のケア」になるとか,悲惨な体験をいち早く吐き出させるべきだといったような,稚拙なものや粗暴なものが横行していました。しかしその後,大きな変化を経て今日に至っています。東日本大震災後は,その変化はもはや決定的と言わねばならないでしょう。

もちろん寄り添うことがその出発点であることは言うまでもありません。そこからいかになすべきか,改めて現場から,ともに考えてみましょう。

3月2日・9日・10日・23日・24日に続いて,30日・31日を追加しました。

新聞でも紹介されています! 産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2013年04月02日 19:42

    80代女性,夫(90代)と2人暮らし。灘区で半壊。午後2時頃になって,近くの学校の避難所のグラウンドに車で迎えに来てくれた娘の家へ。娘宅では水が出ず,5階だったので通院など外出は大変だった。仮設住宅は六甲アイランドで,外人が多く,ハイカラな感じがした。震災当時はまだ60代で,まだ今よりがんばれたが,足が悪く,震災の月には手術の予定だったが,震災のため6月に。最近も心臓手術を受けた。数年前,隣接地で異臭が発生したとき,この部屋ではあまり臭わなかったが,そのことよりも当時患っていた甲状腺やそれへの影響が心配だった。週2回デイサービスにいっていて楽しい。水曜日は色々なものを作ったりするのが主で,土曜日はカラオケと,メニューが決まっていて,この日も帰ってきた頃でのお話し伺いに。不審者も時折いて,インターホンを鳴らして逃げるような人も。知らない人なら怖くて入れないが,下で見かけたことがあるのでドアを開けた。<玄関内でお話し伺い。>

    ・80代女性,一人暮らし。中央区で全壊。何とか直して隅っこの方に住めた。水に困ったのを覚えている。すぐ近くで残っていた文化住宅に移ったが,家賃が高かった。この復興住宅に入居して14年目。隣接地で異臭が発生したとき,うちの方にはあまり流れてこず,あまり感じなかった。2年前,近くの部屋で火災があったときはビックリした,戸を開けたらすごいにおいだった。何かあったら困るので,週1回見守りをかねてヘルパーに来てもらっている。体は悪いところはなく,近くに出来たスーパーに買い物に行くときは,重いものを運ぶために,カートを使うが,外出時に杖や押し車の歩行器などは不要。転んで寝たきりにならないよう,3段ほどの階段であっても手すりをもつようにしている。東京の出身で,戦時中は千葉に疎開したことも。神戸にきたのは戦後。全然知らない土地に来たので言葉も聞きづらかったが,やがて何とか慣れた。

    ・20代女性。中央区で半壊。ドンと突き上げてきたのを覚えている。本人・家族ともケガはなかった。在籍していた小学校に避難。一旦もとの家に戻り,仮設住宅には行かず,この復興住宅に入居して10年ぐらい。ずっと地元で暮らしてきた。震災の時は,水がない,ガスが出ないといった状態が続き,近くの人がプロパンガスをもってきてくれたのを思い出す。神戸ではこれがあれば十分便利という,パワーアシストつき自転車で買い物から帰ってきたところにお話し伺い。

    ・70代女性。中央区で一部損壊。自身も負傷せず,周辺共々大した被害はなかった方。もう20年も経つと,怖かったことも忘れた。3階建ての2階にいたが,壁にひびが入っていたり,割れていたりしたようで,雨がしみこみ,家財がダメになってしまった。さらにはバケツを並べなければ行けないほどに。数年前,隣接地で異臭が発生したとき,においはすごかったが,身体に異状はなかった。お出かけの時間近くになってのお話し伺いながら応じてくださった。

    ・80代男性。長田区で全焼。「震災後は親戚の家に世話になり仮設住宅に入り,10年に市営住宅に入居,現在に至る。健康状態は,病院に通院しています。今心配なことはありません。体に気をつけて毎日生活しています。」<自身でシートに記入>

    ・20代男性。須磨区で全壊。避難所などを何カ所か転々としたような気がするが,被災時は小さかったので震災のことはあまり覚えていない。

    ・70代男性。今のところ困ったことはないです。」(震災のことについて尋ねたところ)「これから出かけるところなので…。」

    ・60代男性。仮設住宅はポートアイランドだった。ここは慣れた。<お出かけのところにお話し伺い>

    ・70代女性。「今のところは困ったことはないです。」<インターホン越しに応答>

    ・60代女性。中央区で全壊。「術後でねています。」<自身でシートに記入>

    ・70代?女性。「時間がなくてごめんなさい。」<インターホン越しに応答>

    ・70代?男性。「ちょっと病人がおるから…。」<インターホン越しに応答>

    ・70代男性。「ええわ。気をつけて帰りや。」<インターホン越しに応答>

    ・70〜80代女性。「熱があるので寝ています。」<ドア越しに応答>

    ・70代男性。中央区で全壊。<自身でシートに記入>

    ・60代男性。「結構です。」<ドアを開けかけて応答>
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