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開催終了(新生)活動案内;2013/03/24

詳細

2013年03月21日 01:22 更新

新生133回復興住宅訪問活動

3月だから忘れない、3月だから寄り添う 
「3.11」から2年「息の長い支援」は神戸に聞こう!

日時:2013年3月24日(日)午後2時〜5時

集合場所、時間:そごう神戸店前サンファーレ広場に、午後1時半にお越し下さい。
(2階山側入口前、ペデストリアンデッキの時計があるところです。阪神三宮すぐ、歩道橋でJR三ノ宮等と接続)
集合後、電車または徒歩で移動、復興住宅(神戸市営筒井住宅:中央区)をお訪ねします。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、
予めご連絡下されば幸いです。  
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する新たな活動主体「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


3月は東日本大震災から2年になります。

東日本大震災を機に盛んに言われるようになった「息の長い支援」ですが,阪神淡路大震災の被災地・被災者が,18年以上を経過した中で,何より切実に経験していることにほかなりません。でもその前に想起すべきことがあります。

震災後10年,13年を経たあたりから忘却の彼方におかれることが多くなった,阪神淡路大震災の被災地・被災者ですが,こうした忘却の最初の発端は,震災発生の1995年の3月20日に起こった地下鉄サリン事件でした。

それまで昼夜を問わず全国レベルで報道されていた震災が,一気に関西ローカルになり,それもやがて減っていきました。この時期の報道の落差は,関西と関東とで別の国かと思うほどで,それが被災地とそれ以外とでの「温度差」を生み出していきました。

3月に忘れず寄り添うこと自体に,大きな意義があると思います。

大切なことをもうひとつ。「心のケア」についてです。

阪神淡路大震災から,盛んにその必要性が認識されるようになった「心のケア」ですが,爾来十数年,その後に起こった災害や事件への対応を経る中で,それに求められる方法も大きく変化してきました。

震災後間もない頃は,ただ寄り添いさえすればそれだけで「心のケア」になるとか,悲惨な体験をいち早く吐き出させるべきだといったような,稚拙なものや粗暴なものが横行していました。しかしその後,大きな変化を経て今日に至っています。東日本大震災後は,その変化はもはや決定的と言わねばならないでしょう。

もちろん寄り添うことがその出発点であることは言うまでもありません。そこからいかになすべきか,改めて現場から,ともに考えてみましょう。

3月2日・9日・10日に続いて,23日・24日を追加しました。

新聞でも紹介されています! 産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2013年03月28日 01:58

    ・70代男性。中央区で全壊。「一言。震災のときの市や国の対応の遅さに,少々頭に来ましたが,でも国も市も初めての事で,大変だったろうと思います。今ではこうして生きている事が幸せと,思う事だと思っています。あの時は寒くて寒くて,3日間公園で夫婦で寝ましたが,寒くて寒くて,今では女房も亡くなり,そんな話も出来ません。やはり人間は,男と女2人で1人。まして男1人は大変ですね。あらためて女の強さを感じました。男はダメ。口ばかりで! これから先,後の人生,どう成るか,先はみえませんが,精一杯生きてみます。」<自身で支援シートに記入>

    ・40代女性。中央区で全壊。北区の仮設住宅で2年過ごし,竣工当初からこの復興住宅に入居。異臭が発生したときは,結構変わったにおいがすると思ったが,何となく大丈夫だった。2年前に火災が発生したとき,電気が止まったため,インターホンで逃げるように言われても通じなかったが,仕事で朝早い夫は既に出勤していて不在だった。被災者に対する家賃の減免措置がなくなり,2人の子どもも社会人になった今,世帯収入が増えたため,家賃が上がったのが大変。

    ・60代男性。一人暮らし。中央区で全壊。この復興住宅に入居して14年。避難所には行かず,軽トラックの中で寝泊まりした。避難所になった学校のグラウンドには停められず,停められるところを探して廻った。隣接地から異臭が発生したとき,異状はなかった。高血圧の他,仕事に差し障る持病が。行政の対応については「これだけしてもろたらよしと思わないと…。

    ・50代女性。母(80代)と2人暮らし。中央区で全壊。ポートアイランドの仮設住宅を経てこの復興住宅へ。震災のとき母はまだ元気だったが,今では介護や入通院の付き添いなどに。2人の子どもも独立して近くに住んでいて,自身が大変なときには助けてくれるなどのおかげもあって,今では調子は良くなったという。<玄関先の廊下に出て来られてのお話し伺いに>

    ・70代女性。一人暮らし。中央区で被災。1週間ほど水道やガスが止まったままの被災した家で過ごしたため,避難所に行っても支援物資などはもらえなかった。この復興住宅へ入居して5〜6年。ヘルパーを頼まず,家事は自分でこなす。

    ・男性。「私どもは震災後だいぶ経ってから(この復興住宅に)入ったので…。」<インターホン越しに応答>

    ・70代女性?「うちはいいです。元気です。」<インターホン越しに応答>

    ・70代女性。「いいです。」<ドアを開けて応答>

    ・空室<2年目の火災で黒こげになったままに>
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  • 2013年03月24日 (日) 午後2時〜[1時半ご集合]
  • 兵庫県 神戸市中央区
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1人