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開催終了(新生)活動案内;2013/03/10

詳細

2013年02月21日 19:48 更新

新生131回復興住宅訪問活動

3月だから忘れない、3月だから寄り添う 
「3.11」から2年「息の長い支援」は神戸に聞こう!

日時:2013年3月10日(日)午後2時〜5時

集合場所、時間:そごう神戸店前サンファーレ広場に、午後1時半にお越し下さい。
(2階山側入口前、ペデストリアンデッキの時計があるところです。阪神三宮すぐ、歩道橋でJR三ノ宮等と接続)
集合後、電車または徒歩で移動、復興住宅(神戸市営筒井住宅:中央区)をお訪ねします。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、
予めご連絡下されば幸いです。  
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する新たな活動主体「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


3月は東日本大震災から2年になります。

東日本大震災を機に盛んに言われるようになった「息の長い支援」ですが,阪神淡路大震災の被災地・被災者が,18年以上を経過した中で,何より切実に経験していることにほかなりません。でもその前に想起すべきことがあります。

震災後10年,13年を経たあたりから忘却の彼方におかれることが多くなった,阪神淡路大震災の被災地・被災者ですが,こうした忘却の最初の発端は,震災発生の1995年の3月20日に起こった地下鉄サリン事件でした。

それまで昼夜を問わず全国レベルで報道されていた震災が,一気に関西ローカルになり,それもやがて減っていきました。この時期の報道の落差は,関西と関東とで別の国かと思うほどで,それが被災地とそれ以外とでの「温度差」を生み出していきました。

3月に忘れず寄り添うこと自体に,大きな意義があると思います。

大切なことをもうひとつ。「心のケア」についてです。

阪神淡路大震災から,盛んにその必要性が認識されるようになった「心のケア」ですが,爾来十数年,その後に起こった災害や事件への対応を経る中で,それに求められる方法も大きく変化してきました。

震災後間もない頃は,ただ寄り添いさえすればそれだけで「心のケア」になるとか,悲惨な体験をいち早く吐き出させるべきだといったような,稚拙なものや粗暴なものが横行していました。しかしその後,大きな変化を経て今日に至っています。東日本大震災後は,その変化はもはや決定的と言わねばならないでしょう。

もちろん寄り添うことがその出発点であることは言うまでもありません。そこからいかになすべきか,改めて現場から,ともに考えてみましょう。

3月2日のほか9日・10日にも同様に予定しています。


新聞でも紹介されています! 産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

コメント(1)

  • [1] mixiユーザー

    2013年03月21日 01:15

    ・80代女性。中央区で全壊。地震の時はテレビが頭に当たって負傷。夫は自身も埋まりながら,先に周りの人を助けるように言った。やっとのことで避難所に行ったら,被害が少なかった人が布団を敷くなどして場所取りをしていたため,過ごせる場所がなかった上に,支援物資ももらえないままだった。3月頃は,まだガスが使えず,カセットボンベで調理をしていた。罹災証明などの書類をもって手続にいったらニセモノ扱いされるなどしたため,避難所には最後までいた。ポートアイランドの仮設住宅では,声をかけてあげていた人が孤独死し,それを報じた新聞の切り抜きを大切にもっている。この復興住宅へ入居したばかりの頃は動くのもたいへんなほどだったが,いい医者を紹介してもらったおかげで,最近では自由に動けるように。何種類もの薬を,1日に何度にも分けて飲まねばならず,薬でお腹いっぱいになって,ごはんがあまり入らないほど。早くに父を亡くし,少女時代,敗戦後間もない大阪へ。その頃からの信心が心の支え。震災時の支援はほとんど受けられなかったが,自分自身とともに,組織や指導者が若々しかった当時を懐かしんでいる感じ。隣接地で異臭が発生したした時,その前段階の解体作業の粉塵で喉を痛め,苦情を言っても取り合ってもらえず,喉の薬を飲んでしのいでいたが,その後も味覚や目に異状を覚えた。<訪問が遅い時間になったにもかかわらず,お部屋の前に出て待っていてくださった。>

    ・60代女性。北区の仮設住宅2箇所であわせて4年過ごし,最後になって,隣近所がいなくなるまでいた。この復興住宅に入居して13年。仮設住宅は不便な場所にあったが,当時は単車に乗っていたので,買い物などにはあまり不便しなかった。被災当時はまだ若かったのでがんばれた。長年洋裁の仕事をしてきた。復興住宅だが,家賃が上がってゆくのがたいへんで心配。

    ・80代女性,一人暮らし。近くの別の復興住宅で10年過ごした後,この復興住宅に入居して1年。シルバー枠で入居したので,子どもと一緒には住めない。この日は薬をもらいに行った。ここは薬局が近いので便利。近くの病院へもよく行く。ヘルパーに来てもらったりせず,食事などは自分で作る。外出時は杖を使用。<お部屋の前でお話し伺い>

    ・70代女性。被災時はまだ若かったのでがんばれた。(震災後18年を経ての訪問活動にたいして)東日本大震災もあってもっとたいへんなことだし,いつもまでも甘えていても仕方がない。前を向いて,がんばらなくては。最近は足腰が痛い。

    ・60代?女性。訪問の趣旨を説明したところ,「(震災のことではなく)もっとええ話しかと思ったのに…」<インターホン越しに応答>

    ・「LSAの方が居られるので,現状では何の不自由もありません。」<自身で支援シートに記入>

    ・40代男性。訪問の趣旨を説明したところ,玄関まで出てこられて「ええわええわ」。

    ・女性。「本人が留守なので判らない。」<インターホン越しに応答>

    ・女性。「今,私,体調が悪いので…。」<インターホン越しに応答>

    ・女性。「人が見えてますので…。」<インターホン越しに応答>

    ・男性。「別にいいわ」<インターホン越しに応答>
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