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開催終了(新生)活動案内;2013/03/09

詳細

2013年02月21日 19:47 更新

新生130回復興住宅訪問活動

3月だから忘れない、3月だから寄り添う 
「3.11」から2年「息の長い支援」は神戸に聞こう!

日時:2013年3月9日(土)午後2時〜5時

集合場所、時間:そごう神戸店前サンファーレ広場に、午後1時半にお越し下さい。
(2階山側入口前、ペデストリアンデッキの時計があるところです。阪神三宮すぐ、歩道橋でJR三ノ宮等と接続)
集合後、電車または徒歩で移動、復興住宅(神戸市営筒井住宅:中央区)をお訪ねします。

ご参加の際は、メール、メッセージ(Facebook・Mixi及びTwitter - welove_kobeから)、にて、
予めご連絡下されば幸いです。  
 
神戸・週末ボランティアは、2013年、
サイト&コミュ管理人が主宰する新たな活動主体「神戸・週末ボランティア 新生」のもと、
不定期ながらも毎回ニーズや課題に即したテーマを設定する新たな活動形態で、
阪神淡路大震災の被災者に寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。


3月は東日本大震災から2年になります。

東日本大震災を機に盛んに言われるようになった「息の長い支援」ですが,阪神淡路大震災の被災地・被災者が,18年以上を経過した中で,何より切実に経験していることにほかなりません。でもその前に想起すべきことがあります。

震災後10年,13年を経たあたりから忘却の彼方におかれることが多くなった,阪神淡路大震災の被災地・被災者ですが,こうした忘却の最初の発端は,震災発生の1995年の3月20日に起こった地下鉄サリン事件でした。

それまで昼夜を問わず全国レベルで報道されていた震災が,一気に関西ローカルになり,それもやがて減っていきました。この時期の報道の落差は,関西と関東とで別の国かと思うほどで,それが被災地とそれ以外とでの「温度差」を生み出していきました。

3月に忘れず寄り添うこと自体に,大きな意義があると思います。

大切なことをもうひとつ。「心のケア」についてです。

阪神淡路大震災から,盛んにその必要性が認識されるようになった「心のケア」ですが,爾来十数年,その後に起こった災害や事件への対応を経る中で,それに求められる方法も大きく変化してきました。

震災後間もない頃は,ただ寄り添いさえすればそれだけで「心のケア」になるとか,悲惨な体験をいち早く吐き出させるべきだといったような,稚拙なものや粗暴なものが横行していました。しかしその後,大きな変化を経て今日に至っています。東日本大震災後は,その変化はもはや決定的と言わねばならないでしょう。

もちろん寄り添うことがその出発点であることは言うまでもありません。そこからいかになすべきか,改めて現場から,ともに考えてみましょう。

3月2日のほか9日・10日にも同様に予定しています。

新聞でも紹介されています! 産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

コメント(2)

  • [2] mixiユーザー

    2013年03月19日 05:09

    ・80代男性。中央区で全壊。1階で寝ていた母は亡くなった。自身もタンスの下敷きになり,よく助かったと思う。1週間ほど避難所にいた後,須磨区の親類宅へ身を寄せた。ポートアイランドの仮設住宅で2年過ごした後,この復興住宅へ。最近のイジメは陰湿で意地汚い。軍隊にいたとき,ちょっとしたことですぐビンタを食らったが,そのような陰湿さは感じなかった。長く印刷関係の仕事をしてきた。仕事の仕方も変わっていったが,変化についていかないとダメだ。東日本大震災は,原発事故があった分たいへんだが,前を向いていかないといけないと思う。

    ・70代女性,一人暮らし。中央区で全壊。子どもの時もこの近くで過ごした。被災後避難した病院では,先生がよくしてくれた。ポートアイランドの仮設住宅を経て,この復興住宅へ入居して14〜5年。身内と交流があり,隣接地で異臭が発生したときも,親類宅にいさせてもらったおかげで,身体に異常はなかった。訪問時は歯を1本抜いてきたばかりということで,話しにくそう。何本か残ったはを支えにして入れ歯をしており,そのおかげでごはんを美味しくいただける。この復興住宅は子どももいないので淋しい。

    ・80代女性。中央区で被災。水は1週間〜10日で出るようになったが,ガスの復旧は3月ぐらいかかった。調理はカセットボンベなどでできたが,寒さで凍えて,風邪を引いてしまった。この復興住宅に入居して2ヶ月の時に,夫が脳梗塞で倒れ,一時は寝たきりだったのが,介護とリハビリのおかげで,快復してきた。息子(50代)を亡くして以来,高いところにあるものをとったり電球を交換したりするのがたいへんに。

    ・40代女性。中央区で被災。被災時は賃貸住宅にいて,頭を打って,冷蔵庫の下敷きになった。子どものミルクの水などを確保しようと,一時,身内が入院している病院に身を寄せたが,近くの避難所に移った。北区の仮設住宅を経てこの復興住宅へ。隣接地から異臭が上がった頃,家に入れば大丈夫だった。身体に異常はない。

    ・60代女性。中央区で全壊。母が負傷した。田舎に避難してからこの復興住宅へ。一からのやり直しだった。落ち着いてから,老人ホームで掃除のボランティアなどをしていたこともある。今は足が悪く,引きずって歩くので,支えが必要に。花粉症が辛く,マスクをしている。

    ・少年。両親は不在で留守番中。両親から震災についてあまり聞いたことはない。学校では1月17日が近くなると,少し教わるくらい。

    ・40代女性。震災当時は東京在住で,被災経験はない。隣接地から異臭が上がった頃に入居したが,身体に異常はない。

    ・50代?男性。今は後見人の方にお願いしている。花粉のためマスクをしている,辛そうな感じ。

    ・70代男性。「(震災のことについて尋ねると)そんなことはいい。」

    ・女性。「(予告ビラを)見なかったけど…。」

    ・留守宅<中から犬の鳴き声>(2軒)
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  • 2013年03月09日 (土) 午後2時〜[1時半ご集合]
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