「時間をはずした日の祭り」を呼びかけ、その呼びかけに共感した多くのアーチスト達が、毎年、七月二十五日(時間をはずした日)に、地球の様々な場所で祭りを生み出している。 一九九五年(震災四十九日目)、歌舞伎とクラシックによる震災チャリティーコンサートで、祭りと芸術の人間精神と社会に対する意味に目覚め、9.11の後、二〇〇二年から二〇〇三年にかけて、満月ごとに17回連続、自然のリズムを取り戻すために、「京都、満月祭り」「満月の十三祭り」を企画プロデュースする。仁和寺や上賀茂神社、平安神宮、本門寺などで、喜多郎、UA、BEGIN、梅若六郎など、賛同するアーチストと、祭りの空間を生み出す。その間、日本文化を「見えないものを感じる」という観点から見直す「日本文化の心に触れる会」を主宰。日本文化の担い手の方々とセルリアンタワーの能楽堂で連続して対談する。2004年、富士山を感じる心を取り戻す「FEEL THE FUJI FESTIVAL」を松居慶子、川井郁子、ラブノーツ、山根麻以、鬼太鼓座、ラブノーツなど十一組のアーチストと生み出す。