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開催終了亀岡城など・・・

詳細

2010年11月28日 09:49 更新

今までの旅の流れから、

亀岡〜綾部


大本教関連

梅松苑(京都府綾部市) - 大本発祥の地。大本では「祭祀の中心地」と位置付けている。

天恩郷(京都府亀岡市) - 亀山城跡。大本では「布教の中心地」と位置付けている。



に行きたい・・・ということになっています。
先回、奈良・天理への旅で、天理教本部の凄い氣を感じ、天理教とのご縁の方々と、国常立神繋がり・・を感じます。



参考:

大本教

霊能者出口なお(当時は金光教布教者)に、国祖・国常立大神の神示が降りた。

同じく霊能者である出口王仁三郎と1898年(明治31年)に出会い、大本として独立することになる。

王仁三郎は、出口なおの娘婿となり、後に養子となった。やがて戦前の日本において、有数の巨大教団へと発展した。

出口なおには、厳霊・国常立大神の神示がお筆先(自動筆記)による間接内流によって伝えられた。

出口王仁三郎には当初、主に小松林命、松岡芙蓉仙人及び豊雲野大神などの瑞霊系の神懸りによって、神示が直接内流として伝えられていた。出口なおの昇天後には厳霊の神懸りも加わると共に、主神の神霊も本格的に神懸るようになったらしく、『霊界物語』の口述が開始されることになった。

大正時代、田中守平の霊術団体「太霊道」と激越な批判・反批判の論争を行い、最後は霊能力で対決した(これは、この論争を元としたフィクション作品を事実と混同されている可能性が高い。)[要出典]。また、戦前、政府から二度の弾圧を受け、組織と施設に潰滅的な被害を受けた。

信者数は10万人〜50万人(日本国内)、5000人〜1万人(日本国外)とされる[要出典]。



コメント(4)

  • [1] mixiユーザー

    2010年12月06日 21:26

    毎回行く先々で貴重な体験と歴史の勉強させて頂いてます。

    今回の亀岡 大本教は奈良、天理、石上神宮繋がりで導かれています。

    前回からの皆様と一緒で胸わくわくです。

    よろしくお願いします。


  • [2] mixiユーザー

    2010年12月12日 21:56

    福知山生れの出口なお、最初、金光教での活動でしたが、京都天理教にも行っていたとのこと・・・


    「邪宗門」高橋和巳では、新興宗教の問題点が書かれてましたが・・

    この高橋和巳の母も天理教で・・・





    「邪宗門」あとがきから・・・

    あらゆる宗教ははじめに荒唐無稽である

    女性を祖とする新興宗教を究極的に突きつめていけば、その出自からいってそれは必ず土壌となった国家と矛盾する。

    あらゆる宗教ははじめに新興宗教であった。

    ユダヤ教に対するキリスト教、バラモン教に対する仏教というように。

    親鸞、道元、日蓮の宗教ももちろんその例外ではない。




    あれこれと上手く纏まってないですが、
    明日は宜しくです。


  • [3] mixiユーザー

    2010年12月15日 15:20

    丹波への旅 亀岡城、出雲大神宮、皇太神社など
    テーマ:旅

    天橋立への旅に続いて、丹波への旅でした。


    前回から続き、東京からあかねさん、京都・滋賀からR,Kさん4人。

    それにしても、濃厚な旅が続いています。




    これらのコースは、以前私一人の旅の時は一回で全部回ったのですが、

    十分歴史と神氣を感じるのに、2回に分けて良かったと思います。




    丹波への旅・・・亀岡(亀山)城



    亀岡(亀山)城



    殆どダイナマイトで破壊され、信者が復元させた石垣。



    前回の天橋立への旅に続いて、丹波への旅・・・



    亀岡城(大本教本部)、出雲大神宮、大江山皇太神社などへ、




    観光客は殆ど訪れないであろう?、亀岡城(正しくは旧名の亀山城)、

    天守閣の所は神域とのことで入れない。




    随分まったりとした時間を過ごし、大本教本部で昼食を頂き(定食400円)、

    (ここで感じたこと実に多く有り、後に纏まっていきそうな氣がします。)


    穴太寺(あのうてら)を通り過ぎ、出雲大神宮等へ・・・









    丹波への旅・・・出雲大神宮、皇太神社など




    丹波の風景



    丹波路を行くと、赤い平野が続きます。


    田んぼの稲穂を刈り取った後が妙に赤いこと、同行者の方々と話していたのでしたが・・・


    丹波の語源が以下のように、丹(丹生の丹(あか)い)波とのことで、

    この風景から来た言葉かも知れません。

    (土の成分か、この地方の風土がそうさせるのか、赤くなるようです)



    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E6%B3%A2%E5%9B%BD


    丹波国南部の亀岡盆地は太古は大きな湖であり、風が吹くと美しい丹色の波が立ったところから、

    このあたりを丹のうみ・丹波と呼ぶようになったとされている。












    出雲大神宮に関して


    出雲神話で有名な大国主命が亀岡と嵐山の間にある渓谷を切り開いて水を流し土地を干拓して、

    切り開いた渓谷を妻神「三穂津姫命」の名前にちなみ「保津川・保津峡」と名付けたという伝説も残っており、出雲大神宮(亀岡市千歳町)の祭神となっている。




    事実、湖だったことを示す地層も明らかになっている。真偽は不明だが、5世紀に秦氏が亀岡市域の桂川の治水工事を行ったため、この辺りの桂川は大堰川と呼ばれているという。






    何度か訪れている出雲大神宮ですが今回初めて、上記の上社そして磐座まで行きました。


    小雨の中でしたが、妙に明るく良い氣を感じたのでした。






    ちなみに、



    丹波哲朗のこと


    丹波氏は本名も丹波。


    祖先の丹波康頼氏は医術家で、亀岡の医王谷に住んだ。



    亀岡出身だったのですね・・・



  • [4] mixiユーザー

    2010年12月16日 23:15

    風邪薬で体調整えながら運転、本当にお疲れ様でした。

    私達三人は最後にあかねさんが行きたかった夕暮れの天岩戸神社へ・・・。

    やがて渓谷の崖の途中にひっそりと社を見つけました。

    あかねさんは躊躇なく崖をよじ登って行かれました。私もR子さんも続き無事参拝すませました。


    丹波の山奥、この渓谷に、山の精霊たちに守られ それが神社の元の姿と思いました。
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