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開催終了東京国立博物館で仏像勉強会

詳細

2011年07月04日 07:43 更新

★参加希望者都合により2回(2回目は7月10日9:35・参加者5名予定)に分け、予定日 2日の勉強会は少人数3名のての実施となりました。

予定通りのメニューをこなし、アフターは喫茶ルノアールにて8時過ぎまで、仏教史と仏教美術史の談義を持ちました。(食事・ビール無しでした)

次回10日(日)の勉強会は、はビール付きアフター懇談と成ると思います。宜しければ、どなた様も参集下さい。


●我が国の仏像のスタート地点の 飛鳥仏・白鳳仏に興味を持ち始めました。

東京国立博物館の下記イベントで勉強したく存じます。同好の方ご一緒しませんか、共に仏像談義、情報交換なども致したく思います。


★以下は1回目のスケジュールでした。10日(日)は別途の予定となります。

×? 法隆寺宝物館ガイド(7月)・ 7月2日(土) 15:00〜15:40
当館のボランティアガイドさんたちによる、同展示室の主な作品について簡単な解説が行なわれます。
★当日はガイドツアーはありませんので、別途時刻に私の解説に成ります。



? <資料館-ミュージアムシアター> 7月2日(土)13:50★時刻変更(当日事前予約の状況次第)


TNM&TOPPANミュージアムシアターVR作品
「法隆寺献納宝物 国宝 金銅灌頂幡 飛鳥の天人」


●以上2件+11号室仏像観賞+仏像談義・情報交換に、ご一緒ご希望の方は 事前に
ご一報の上、

 ★10日は当日9時35分 同館本館1Fの 受付案内所前にご参集下さい。



観賞の一助に成ればと存知、事前に此処で仏像の黎明期、飛鳥・白鳳期の小金銅仏の簡単な解説を致しおきます。




(1)我が国仏像の黎明期飛鳥・白鳳期の小金銅仏は何故造られたか?


?先ず最初にわが国に仏像がもたらさせたのが、金色に輝く釈迦金銅仏であったことは周知の通り、これは【運搬に有利だから】で、遠路、百済から運ぶのに都合が良かった。また金銅仏は破損に強いも理由に上げられよう。



?同時期の中国。北魏の作例に在銘像が多い、「為父母造像一躯」とか「密造観世為父母一切衆生所供養」などとある。これは亡き父母、への追福を祈る文で、個人的に像造が多いことに成る、よほどの権力者でなければ財力に限りあるので大きな像は造れず、【経費の点から小像が多くなる】



?中国では古く東晋時代に戦場に赴躯時に、金銅の小観音像を函収め、頭上に頂く例があり、【小像には、護符的、用途があつた】



(2)法隆寺献納宝(四十八体仏)から見る特徴


小金銅仏の代表は法隆寺献納宝である。四十八体仏と云われながら、総数は52点あり、承暦二(1076)年に飛鳥の橘寺から移された仏像軍である。この時すでに法隆寺には、63体の金銅仏が在ったと記録に記されている。これらが混在し伝わり、明治初年にこのうち52体が皇室に献納された。その大半は飛鳥から白鳳時鍍金代の造立と見られるものが占めている。その一連の小金銅仏から幾つかの共通する様式や特徴を見出すことができる。



法隆寺金銅釈迦三尊の本尊如来像に近い如来像もあるが、ここでは大半を占める菩薩形を中心に述べよう。



?止利様式・・・法隆寺金銅釈迦三尊の脇侍に近い菩薩形がある。これらは側面観に律動感が乏しく重厚さが加わる。左右対称を保ち直方体にまとまる。衣文の間に鏨による細く鋭い彫がある。



?宝珠を持つ・・・法隆寺金銅釈迦三尊の脇侍同様に、両手で上下に挟んで胸前に宝珠を持つ、両側にひれ状の天衣を広げ左右対称を保ち、躯体は概ね扁平で

正面観を重視である。また頭部に三角形の頭飾をつけている。



?痩身の菩薩・・・胴や手足が極めて細い特異の体形の菩薩像が2躯ある。158号像は金色燦然たる小像で、装飾的なものは省略されている。韓国徳寿宮美術館の弥勒像に痩身前屈みの姿勢などが似ていて、鍍金の輝きや特異の体形作風から渡来仏とされている。また156号像は、丙寅の銘があり、推古十四(606)年または天智五(666)年の可能性がある。頭部を大きくし胴を湾曲させ細く括り細長伸びた腕を配している。



?(法隆寺に類似像の在る)顎えらの張る角ばった面貌・・・弓なりに長く引きくっきそうな両眉に、上瞼が厚く伏眼がちで、顎のえらの張り角張った面貌の菩薩が6躯ある(163・164・172・186・187・189)また172号像は肩幅が広い直立像で、幾分の左右対称性を残しながらも胸や背の肉付きがよい。



?童子形・・・あどけない童子の容貌をした一群の金銅仏がある。如来・菩薩・菩薩半跏・観音の像がある。頭や手が異常に大きく胴が詰まり、3〜4頭身のプロポーションの特徴の像である。これらの像は面貌も童顔ぽく、小像のため受け入れやすいが、等身大異常の大きさを有していた奇怪であろうと思われる。同様の童子形の仏像は木彫ではあるが、金竜寺の菩薩像、法隆寺の六観音像、法隆寺天蓋の楽器を持つ飛天などに見られる。



?隋の様式…今までの特徴以外に顔丸みをおび、微妙な感情が表現され、肉体も柔軟になり運動感が現れる。宝冠や瓔珞の飾りが煩雑になる。時代が下るにつれて腰のひねりが目立つてくる。更に展開すると新たに初唐の影響を思わせるショゾウがし出現してくる。菩薩は宝髻は冠を超え高くなり、正面頭飾は2段に分離し、衣文の彫は浅くなり、その表現は写実的になり、また手足もいきいきとしている。これらの表現を持つ像観音菩薩もある。これの瓔珞などは薬師寺東院聖観音のそれと趣向を同じくする。



以上のようにこの献納四十八体仏にはそれぞれの時代の流れ、様々な様式を持っていて、一概に古仏と括れないのです。この機会に一躯体ごと良く観て、様式を読み取り、上記資料の何番に当てはまるのかを見極めて下さい。




(3)小金銅仏の鏨による文様細部表現


白鳳時代の小金銅仏には、鋳型製作で終わらず鏨による加飾もなされる。なかでも特徴的は瓢形の特殊鏨で施される2個の点を一組で打つた複蓮点文や連呪文があげられる。複蓮点文は衣文の峰や台座の芯、連便、框の縁、や衣文・胸飾・瓔珞などに多用されている。飛鳥時代には使用されず、白鳳時代に駆使されている。わが国独自ではないが、半島や中国のこの時代の小金銅仏に装飾表現として好まれた。場合によっては如来像の螺髪の粒表現に用いられるもある。この鏨も、中国北魏前期、隋代の金銅仏に使用されたが、わが国でも白鳳の細部装飾に好まれた。




(4)鋳造の技法

金銅仏は、原型→鋳込み→鋳浚い(鋳物の表面を滑ら かにしする)→鏨彫り→鍍金という制作工程を経て完成する。

現在知られている飛鳥・白鳳の金銅仏はよほど大きな特殊の像を除き。蝋型技法により制作されたとみられる。(その方法に中型(中子)を使用した中空像と、最初から蜜蝋だけで作られた無垢像がある。(同館の摩耶夫人像群 など)

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