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開催終了てじょんさんの一周忌会

詳細

2019年01月12日 13:22 更新

大田雅一協力牧師 記念会のご案内

 主の御名を賛美申し上げます。
新年の歩みがスタートしましたが、今年も主の祝福がありますようお祈り致します。
 さて、昨年1月29日に大田雅一協力牧師が主のみもとに召されました(享年59歳)。
葬儀に際しましては、多くの方にご参列賜りましたが、このたび、当教会の主催による記念会を、下記のように執り行うことと致しました。
ご多用中とは存じますが、万事お繰り合わせのうえ、ぜひご出席くださいますようご案内申し上げます。

         記

日時:1月27日(日)午後3時半〜5時
場所:記念会 教会礼拝堂(3時半〜4時半)
   茶話会 教育館  (4時半〜5時)
   
178-0063
 練馬区東大泉6−42−30
 TEL&FAX 03-3921-5570
 大泉バプテスト教会

コメント(8)

  • [1] mixiユーザー

    2019年01月12日 22:29

    案内、ありがとうございます。行きます!
  • [2] mixiユーザー

    2019年01月27日 21:52

    tsao2 こと kappe です。

    行って参りました。故人の人柄か、とても良い会でした。詳しくはまた。

    閉会後のオフ会も有意義でした。おごって下さった方(すみません、お名前が分かりません)、ありがとうございました。この場をお借りして、お礼申し上げます。
  • [3] mixiユーザー

    2019年01月29日 20:24

            大田雅一協力牧師 記念式次第
                             司式  木村 一充(牧師さん)
                             奏楽  石川 宣子

    前  奏    安かれわが心よ(故人愛唱歌)

    招  詞    第一コリント15章42〜43節        司 式 者
    賛  美    431番(いつくしみ深き)        一   同
    祈  祷                         司 式 者
    聖  書    第二コリント4章10〜12節
    特別賛美    「騒ぎ立つ思い静め」           聖 歌 隊
    説  教    「イエスの命に生きる」          木村 一充
    賛  美    602番(まもなくかなたの)       一   同
    故人追想                (調布教会)   文  廷翼
                        (大泉教会)   前川 馨子
    賛  美    292番(安かれわが心よ)        一   同
    頌  栄    672番(ものみなたたえよ)       一   同
    挨  拶                  (妻)    大田久美子
  • [4] mixiユーザー

    2019年01月29日 20:44

    記念式の後、礼拝堂隣の教育会館?でお茶会が開かれました。

    ここでは、縁のある様々な方が、てじょんさんの想い出を語って下さいました。韓国映画関係では、こちらの副管理人の しん さまが、故人の(クリスチャンとしてではない側面の)想い出をたっぷり語って下さり、とても有意義でした。
  • [5] mixiユーザー

    2019年01月30日 08:03

    しん さまのお話で、一つだけ「あれ?」と思ったのは。「植田さんはカトリックに」とおっしゃった点。そうでしたっけ。。。少なくとも、彼女が通おうとしていた神学校は、日本基督教団(日本最大のプロテスタント団体)のものでした。
  • [6] mixiユーザー

    2019年01月30日 23:25

    記念式での、木村牧師さまの説教原稿です。許可を頂いたので転載いたします。

         大田雅一先生 追悼記念会        �競灰螢鵐�4:10f

                               2019-01-27


     大田雅一先生は、昨年の1月29日の夜に、入院先の板橋の病院で息を引き取られ、御国に召されてゆかれました。その日は月曜日でした。その日の午後、蓮根教会で北地区の牧師会に出席し、お互いの教会のことを報告し合う中で大田先生のことに触れて、病状が思わしくないのでぜひ祈ってほしいと皆さまに伝えたところでした。そして、夕刻に自宅に帰ってきた、その日の夜、久美子夫人から知らせを聞き、病院に駆けつけ、まだお体が温かかった大田先生とご家族のみなさまにお会いしました。

     それからあとの数日の歩みは、ここにご参列くださった多くの方とともに過ごした通りであります。前夜式の夜は、雪の降る寒い一日でしたが、およそ300人にのぼる大勢の方が弔問においで下さいました。大田先生の幅広い交友関係と、教師としての生徒たちとの深いかかわり、そのお人柄や人望のようなものがくっきりと映し出される、心に残る葬儀でありました(間)。その葬儀が終わって、1か月あまりたった3月のある日、葬儀社のかたが大田先生の葬儀の振り返り、反省の意味もかねて、教会をたずねてこられました。その時に話して下さったひとつのことを、わたしはこの場で、もう一度ご紹介したいと思います。あの日の前夜式の夜、会堂にはいりきれなかった弔問者の方々は、お隣の教育館でテレビを見ながら参列するかたちになりました。そこには、大田先生の勤め先であった都立戸山高校の生徒さんたちもいらっしゃいました。その生徒さんたちが、たまたま大田先生のことを話し合っているところを、耳にしたというのです。彼らは、ちょうど1か月ほど前におこなわれた2学期の期末テストの答案で、大田先生が採点した生徒たちの国語の答案用紙のあいたスペースに、先生が「クリスマスおめでとう」と全員に書いていたというのです。そうだったよね、と生徒たちはたがいにうなずきあいながら、そんな話をしていた、と葬儀社のかたが教えて下さいました。それをききながら、わたしは胸が熱くなりました。

     大田先生と私がはじめて会話を交わしたのは、2011年の秋、東京バプテスト神学校の伝道学の授業の時でした。その受講生のなかに先生がおられた。大田先生は、いつもパソコンを持ち込んできて、そこに講義の記録を書き込んでおられた。神学校の授業は6時半から8時半までの2時間ですが、途中で5分程度の休憩の時間をもちます。休憩時間になると、毎回必ず全員分のお菓子を持ってきて、それを配って歩かれたのです。わたしは、講義中はモノはたべませんので、キットカットやカントリーマムのような甘いおかしが、カバンのなかにいくつも残っている。それをみた妻から「なぜ、こんなにお菓子があるの?」と不思議がられたものでした。大田先生は、そのような気配りをされるかたでした。

     その出会いから2年たった2013年の秋、神学校の後期授業が始まるにあたり、10月の入学式に出席したときに、わたしは、専攻科生として卒論の準備をされるという先生にお会いしました。そのとき、卒業後の赴任先は決まっていますか、と聞いてみたのです。そしたら、まだどこからもお話はない、と言われる。「それでしたら、私たちの教会の協力牧師としてお手伝いくださいませんか」と話してみました。それが、招聘のきっかけです。昔の写真をみてみますと、その年、私たちの教会は創立50周年ということで、記念集会を開催しましたが、10月の50周年記念礼拝と、11月のジョンチャヌさんのバイオリンコンサートの集会のどちらにも、大田先生が出席されているのです。大田先生はわたしどもの教会で協力牧師として働けるということを、本当に喜んでいらっしゃいました。

     ただ、その年の12月、大腸がんのために病院に入院され、2度にわたって手術をお受けになります。2月の臨時総会で大田先生を協力牧師として招聘するという議案が当教会で承認されたあとの4月にも先生はもう一度、手術をお受けになりました。着任は、新しい2014年度がはじまってしばらくたった6月過ぎのことでありました。

    続きます。
  • [7] mixiユーザー

    2019年01月30日 23:26

    <続きです。>

     こうして、先生とご一緒の教会生活が始まったのですが、わたしが驚かされたのは、先生のフットワークの軽さです。手術を受けたその一年は、学校を休職されて健康回復につとめる期間でした。6月の途中から当教会に礼拝出席されたのですが、その6月の4週に目白ヶ丘教会で行われた内藤幹子先生の協力牧師就任式に、先生は出席されました。9月に八木さんがお亡くなりになったとき、その日は土曜日でしたが、大田先生はさいたま病院にまでかけつけてこられました。11月に妻の母、福森都が亡くなったときは、火葬場までついてこられると言われた。いくつかの家庭集会にも出席なさった。とにかく、精力的にいろいろな場所に足を運ばれました。わたしにはとてもできないことで、大きな驚きでありました。

     毎月の執事会での話し合いでは、時折、大田先生と私の意見が噛み合わないこともありました。その時には、終わったあと前の通りまでお見送りをすると、途中で「先ほどは、木村先生と意見が違って申し訳ありません」と、必ずお詫びの言葉をのべられるのです。もちろん、意見が違っていて一向にかまわないわけですから、「いいんですよ。むしろ、はっきりと、ああ言ってくださって感謝しています」と、そう返すことが常でありました。大田先生は、ああ見えて結構ガンコなところもおありだったようで、自分が正しいと思ったことは、トコトン主張するという面があったと聞きます。ただ、わたしと一緒の4年の間は、そのような部分を封印されていたのでしょうか。激しく、意見を戦わせ、唾を飛ばしながら机をたたいて激論する、というようなことは、ついにありませんでした。総じて、大田先生は自分を低くして教会に仕えてくださった。そのことについて、先生の配慮を感じます。

     最後の説教となった昨年の1月3週の礼拝では、「人形の家」と題してガラテヤ書からみ言葉の説き明かしをされました。ノルウェーの作家、ヘンリック・イプセンの代表作の名前をタイトルとして語られた説教でしたが、残念ながら、わたしはあのとき、説教の間ずっと先生の健康状態が気になって、お話の内容を正確に覚えていないのです。ただ、そのなかで先生は、戯曲の主人公であるノーラが、信頼されていると信じて、それまで暮らしていた主人のもとを、最後は離れ、主人のもとから去ってゆくというストーリを引用しながら、逆にご自身の伴侶であり、人生のパートナーとして自分を支えてくれた久美子夫人に対して、心からの感謝の言葉を精一杯語られていたのだと、そう思わされています。その久美子夫人が2017年の6月にバプテスマを受けられたことは、先生にとって何よりの喜びであったに違いありません。多くの方を礼拝へとお誘い下さり、バザーなどの教会イベントには必ず出席され、ひところお元気な時には聖歌隊の姫路伝道にも同伴して旅行されるなど、大田先生は協力牧師として、ご自身ができうる限りのこと、精一杯の奉仕をわたしたちの教会と主のためにしてくださいました。そのような先生とご一緒できたことを、わたしは心から嬉しく思うと同時に、感謝しております。

     新約聖書、第二コリント書の12章に「わたしはキリストにある一人の人を知っている」という使徒パウロの言葉があります。手紙では「その人は第3の天にまで引きあげられた」と続き、それはパウロ自身のことを表しているのですが、わたしは、この言葉をパウロとちがう文脈で使いたいと思うのです。「わたしは、キリストにあって生きられた一人の人を知っている。その人は確かに天にひき上げられた。」

     今年のお正月に、元日の礼拝をめぐって久美子夫人から印象深いことを聞きました。先生が常盤台教会の教会員となって以来、毎年、新年には北地区の合同礼拝に、二人で欠かすことなく出席し続けてきたというのです。その新年合同礼拝を、昨年は休んでしまったといいます。健康上、仕方ありませんでした。「主人を天におくった今年、私はもう一度その合同新年礼拝に出席しようと思います」、久美子夫人はそういわれます。久美子夫人、お二人で欠かさず出席されたというその礼拝に、叶うならば、これからもぜひ出席し続けて下さい。その礼拝をとおして、大田先生のことを思い起こして頂きたいと願います。

    <さらに続きます。>
  • [8] mixiユーザー

    2019年01月30日 23:27

    <続きです。>


     パウロは本日の聖書箇所で言います。「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体にあらわれるために」。大田先生は、まるで生き急ぐかのように59年の人生を駆け抜けて行かれました。私たちの教会での4年間は、その消えゆく命のともし火がまぶしく輝いた期間であったと思います。まさに、イエスの死をその体にまといながら、渾身の力を振り絞って教会に仕えようとされた。毎日を濃密な時間として過ごされた。そうして、その体でイエス・キリストというお方を指し示されました。先生とご一緒した4年間のことを私はけっして忘れません。死に方が生き方である、とはある神学者の言葉ですが、じつは死は生の大切な、決定的な一部なのではないでしょうか。その人の死のさまが、そのままその方の生のさまを表現しているのです。その意味で、先生の大泉教会での4年間は、生けるキリストを指し示す、まさしく命がけの濃密な時間であったと確信いたします。

     イエスさまは、すべての人を救うために、ご自身の貴い命を十字架の死というかたちで捨てて下さいました。他者、人をいかすために、わたしたちはもっともっと自分に死ななければならないのではないでしょうか。パウロが十字架の使徒であったように、私たちもまた十字架を負う者になろうではありませんか。ここで、十字架とはキリストの栄光をあらわすための重荷という意味です。主のためにその重荷を負うのです。やがて、御国で再会した時に、大田先生と信仰の談義を交わし、大いに盛り上がりたいと思います。「お前にはなお地上で削るべき命がある」という主イエスのご命令を聞きながら、大田先生にならって、おのが命を輝かせて、キリストのわざに励みたいと思うのであります。

                          お祈りいたします。

    <転載、終わりです>
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  • 2019年01月27日 (日) 15時半から17時
  • 東京都 大泉パブテスト教会
  • 2019年01月27日 (日) 締切
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