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開催終了第9回読書会のお知らせ「水辺にて」

詳細

2014年10月06日 13:37 更新

久しぶりに、梨木香歩さんの本で読書会を開きたいと思います。
課題本はエッセイ「水辺にて」です。

参加される方は、一度は通読しておいてください。
平易な文章ですが、植物の名前や鳥の名前、地名などがわからないと読み進めるのが面白くなくなるかもしれません。
ほんの少しですが、隠国の水について調べましたので、コメント欄を参照して頂ければわかることがあるかもしれません。

参考文献は、特に読む必要はありませんが、もっと楽しみたい方はどうぞ読んでください。地図片手に読むと想像が膨らむのではないかと思います。

読んでいて、「あ、ここの描写が好き」とか、「こんなこと書いているけど・・・、自分はこれはこう思ったけど他の人はどう思うんだろう・・」など、
他の方に質問したくなったことが出てきたら、書きとめておいてください。
それをもとに進めたいと思います。
もちろん、前倒しでこちらのコメント欄に書き込んでくださってもかまいません。

参加される方とともに、場を作ってゆきたいと考えています。
よろしくお願いいたします。

水辺にて アマゾン文庫版
これから購入される方は、文庫本でお願いします。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4480427724/ref=mp_s_a_1_1?qid=1409972132&sr=8-1&pi=SY200_QL40

「水辺にて」は3冊目のエッセイで、梨木さんがカヤックに乗り始め、方位磁針を持ち、北海道に旅して、川や湖の水の上で風や水の流れを感じ、地球規模の水の流れ、風の循環を感じ取ろうとしていたころの話です。

当時の講演会でお聞きした、北海道の原生林の話もちらりと出てくるなど、
ナチュラリスト梨木香歩さんならではの自然へのかかわり方や、物語が生まれてくるのがどんな時なのか・・が、生き生きと描かれています。

場所は、前回「f植物園〜」の読書会を開いた、水元公園の涼亭。

水元公園
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index041.html
涼亭
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/facilities041.html

水の流れを身近に感じることのできる、落ち着いた場所です。
隣に食堂がありますので、食事もここでとることができます。

開催日 10月12日(日) 13時〜16時30分。
参加期限 参加者12〜3名となったあたりで締め切らせて頂きます。
費用   500円 

ほかに食事をとれる場所が近くにあまりないので、
涼亭で食事をなさりたい方は、少し早めにいらしてください。
食堂の方ではいつでもお食事できます。
涼亭の座敷、午前の部は12時30分までですので、空いていればその後は入れると思います。

前回は、二次会も白熱したので・・・笑
本当に楽しい読書会となりました。
今回も、二次会については流れで・・行きたい人だけ、ということにしておこうと思います。よろしくお願いいたします。

筑摩書房のウェブサイトで、梨木さんのインタビュー記事が読めます。
カヤックをはじめて、地球規模の自然を感じ取る身体感覚が自然に生まれてきたそうです。
まるで宮沢賢治・・・どうぞ読んでみてください。
http://www.chikumashobo.co.jp/special/water/ 

コメント(54)

  • [15] mixiユーザー

    2014年09月09日 19:17

    >>[12]  19日了解です。

    当日を楽しみにしてます。
  • [16] mixiユーザー

    2014年09月09日 21:48

    みなさま。
    書き込み、参加表明、ありがとうございました。

    みなさんからの意見を伺って、私も改めて、12日にした場合の全日の流れ、
    19日にした場合の全日の流れを考えてみました。

    前もって本を読み、それを持ち寄って話をし、その感想を胸に宿してまた自分でその本を読み返してみる…

    デング熱の流行…の心配もあり…なので、
    今回は特殊な場合と考えて頂いてもよいかと思いますが
    ここはやはり、一日余裕をみて、前言を撤回させて頂いて12日に決めたいと思います。

    19日しか参加できない方、本当に申し訳ありませんが、またの機会に参加して頂ければ嬉しいです。

    いろいろと右往左往、手順の不手際、申し訳ありませんでした。
    これに懲りず、今後ともよろしくお願い申し上げます。

  • [17] mixiユーザー

    2014年09月09日 21:53

    ねこさん 色々とご調整いただいて、どうもありがとうございます。
    12日開催で、了解いたしました!
    当日は参加が難しいですが、トピック上では、できる限り参加させていただこうと思っています。どうぞよろしくお願いします♪
  • [18] mixiユーザー

    2014年09月09日 22:52

    >>[17]
    了解くださってありがとうございます。
    お会いできないのは本当に残念。
    期待させてしまってごめんなさい…
    少しずつここにも書き込んでいこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
    Lioさんも、読むうちに何かありましたらどうぞ質問なりなんなりと…。
    書き言葉だけでも伝わるものがあると思います。
    書き込み参加、楽しみにしてます。
  • [19] mixiユーザー

    2014年09月09日 23:07

    ねこさん、お知らせ&開催、ありがとうございます!久しぶりの開催にトキメキました♬
    参加表明の締切はいつ頃でしょうか?
  • [20] mixiユーザー

    2014年09月10日 02:08

    >>[19]
    おひさしぶりです!!

    参加締め切り。そうですねえ・・
    あまり考えていませんでした。
    10名超えたらちょっと手狭かなあ・・と思います。
    アバウトですが、そのあたりでは?
  • [21] mixiユーザー

    2014年09月10日 02:26

    涼亭は、食堂に併設された施設です。何人かでお食事する場合、早めに部屋に入れるのかどうか・・明日確認してみます。
    貸し切りは13時〜16時30分
    参加締め切りは12,3名まで、ということにしたいと思います。
    よろしくお願いいたします。
  • [23] mixiユーザー

    2014年09月10日 23:42

    >>[22]
    せっかく参加表明してくださったのに、こちらの優柔不断で申し訳ありませんでしたあせあせ(飛び散る汗)
    これに懲りず、これからもよろしくお願い致します。

    実施日の一週間前ぐらいからは、こちらにいろいろと書き込んでいこうと思っています。
    もしお時間あるようでしたら、読みに来て頂ければ嬉しいです。
    もちろん、書き込んで頂ければもっとぴかぴか(新しい)です。
    ありがとうございました。
  • [24] mixiユーザー

    2014年09月11日 23:32

    >>[20]
    ありがとうございます!
    とにかく予定を確認してみます♬
  • [25] mixiユーザー

    2014年09月12日 04:22

    >>[24]
    お待ちしてまするんるん
  • [26] mixiユーザー

    2014年10月06日 13:17

    みなさん楽しんで読んでらっしゃることと思います。
    お節介かとは思いましたが、古座川の一枚岩を調べだしたら面白くなって・・ついつい出てくる植物や鳥を調べてみました。
    フェイスブックのイベント欄に貼ってあります。
    全体公開してありますので、よろしければごらんください。

    カジカガエルの鳴き声がこんな声だとは! です。
    https://www.facebook.com/#!/events/1433797233543065/?ref_dashboard_filter=upcoming
  • [27] mixiユーザー

    2014年10月06日 13:27

    昨日読んでいて、ここをどうしてもご紹介したくなりました。(「水辺にて」「隠国の水2」より)
    参加される方は、いつものように好きな文章をピックアップしておいてください。
    今回は連載エッセイですので、最初から順を追って読んでゆきたいと思います。
    ここが好き、という所へ来たらそれぞれその場所を声に出して読んで頂く・・というふうにすすめたいと思っています。
    よろしくお願いいたします。

    瀞峡
    熊野川の上流、北山川

    山間の上流からスタートしたときは狭かった空が、大きく開けてくる。ゆっくり流れる雲の影が山の方からこちらに移動し、やがてさってゆく。けれどまだ、人工物はほとんど見えない。いつまでもこういう景色が続くわけではないだろうけれど、この雄大さはどうだろう。目を閉じて体と意識の位相を少しずらして、漂っている気配を呼び込む。
    大都市な町や村を貫いて走る国道が国土の大動脈なら杣道は毛細血管。次第に大きな道に収斂してゆく。流れる川も血液。老廃物を吸収ししかるべき手順を経て浄化してゆく、大河は大静脈。山肌にしみ込み湧き出で、森の木々の間を走り抜ける清冽な流れは毛細血管。私の皮膚は呼吸をし、木々の葉は蒸散作用を行い、土も水蒸気をぼやぼやと出し、雲をつくり、雨を呼び、風を呼び、皮膚が細かな水の粒子を受ける。重なり合い影響を受け循環を助ける数限りない諸々の作用、それを感じる生体であることの喜び。


    …
    部分が全体を繋ぐこと。自分の生きている世界を、部分を、注意深く見つめること。自分がやがて還ってゆく世界を慈しむこと。
    …
    循環してゆく森羅万象に、この意識も、還元されてゆくときがいつかくる。頭でわかることと、それが存在全体で納得できることは、大きな違いがある。何も恐れることはないのだ。それは諦めと同時に限りない安らぎになる。解放になる。必ず、そうなる。そういうことが理屈ではなく感得できる瞬間が、晴天から落ちてくる一片の雪びらのように、私を訪れるようになった。(隠国の水2)
  • [28] mixiユーザー

    2014年10月06日 13:40

    もし気に入った描写があれば、どうぞこちらに書き込んでみてください。
    よろしくお願いいたします。
    質問でもかまいません。
  • [29] mixiユーザー

    2014年10月09日 00:05

    >>[25]
    今回も素敵な会になりそうですね。
    …なのに、残念ながら調整できず、今回は見送りたいと思います。
    みなさま、どうぞ楽しいひと時を〜♬
  • [30] mixiユーザー

    2014年10月09日 12:32

    ねこさん&レイさん

    企画ありがとうございます。

    参加表明が遅くなりましたが、参加させて頂きます。

    雰囲気いい公園なので、晴れるといいですね。

  • [31] mixiユーザー

    2014年10月09日 13:05

    あおさん
    今回は不参加なのですね。
    お会いできなくて残念です・・
    次回ぜひ

    純さん
    参加表明ありがとうございます。
    どうぞよろしくお願いいたします。
  • [32] mixiユーザー

    2014年10月11日 02:30

    当日は参加できませんが、コメントから参加させていただきます。


    毎回、読む時の自分のコンディションによって、感じ取る箇所は違うのですが、今回はこの文章が一番、身体に染み込んできました。

    アザラシの娘 3 終わりの方です。

    空を飛ぶための、羽衣。
    海中深く潜るための、毛皮。
    生きるために、単に「生きる」以上の何かを必要とする人々。
    アザラシの娘たち。


    梨木さんの物語たちが、どうやって彼女のところへやってくるのか あるいは彼女が見付け出すのか

    全体的に、誰かに伝えるため、というよりも、梨木さんが自分自身と対話しているかのようで、彼女の芯に近い部分の言葉がそのまま生きていて、物語よりも深く深く入り組んでいるように感じました。
  • [33] mixiユーザー

    2014年10月11日 09:07

    こんにちは。

    前日にすみません…よろしければ明日、参加させてください。

    「発信、受信。〜」の章と最後の「一羽で、ただただじっとしていること」が好きです。

    それから、ねこさんの書き込みされていた、自分が循環の一部であること、の辺りは私も印象的でした。
  • [34] mixiユーザー

    2014年10月11日 11:41

    >>[32]
    書き込みありがとうございます。
    この言葉、そのまま明日の読書会に持って行きます。


  • [35] mixiユーザー

    2014年10月11日 11:43

    >>[33]
    参加表明ありがとうございます。
    明日、会場でお会いできるのを楽しみにしています!
  • [36] mixiユーザー

    2014年10月11日 14:37

    ねこさん、色々調べて下さってありがとうございます!(^_^)
    書き込み遅くなってすいません。。

    自分的に気になった箇所は、下記などです。

    p.167 「水辺の境界線」
    -----------------------------------------
    つまり、こういうことなのだろうか。
    若くて生命力があるうちは、生長し生い茂る若葉が自分のエネルギーに酔いしれてその世界の中だけで生きていこうとし、またそれもでき、すっかり周りの景色を隠してしまうが、秋になり、冬になり、生命力も衰え、葉を落としてしまうと、今まで見えなかった木々の向こう側の景色が、境界の在り処が、はっきりと分かるようになる。
    そして思わずそれに魅入られてしまう。
    -----------------------------------------

    p.192 「「殺気」について」
    -----------------------------------------
    けれどあれから何年も経って、今、少なくともはっきり言えることは、もともと弱くて臆病な人間にこそ、見える景色があり、持てる勇気がある、ということ。最初から勇猛果敢で戦闘的な人間には、勇気を奮い起こす必要などないのだから。
    困難な状況に陥ると今でも、「怯むな」という彼女の声が頭のどこかで響く。

    Stay there!
    Don't stay back!

    エネルギーを削がれるようなことが立て続けに起きると、発言はおろか考え続けることすら無意味に思えることもある。そういうときも、やはりこの声が響いて、例えばインタヴューを受けに、のろのろと立ち上がり、外へ出て行くのだ。
    -----------------------------------------

    また、p213の「町中の家に、山河の気配が流れてくることを楽しんで軸を掛ける。」以降の箇所は、『家守綺譚』につながるかんじが面白かったです。

    明日楽しみです。
    よろしくお願いします〜!( ´ ▽ ` )ノ
  • [37] mixiユーザー

    2014年10月11日 17:20

    >>[36]
    ありがとうございます!
    Facebookのほうへの記事のご紹介もありがとうございました。
    カラクについて…抜群に面白かった☆
    中世の人ってどんな身体能力を持ってたんだろう…などと、思わず本筋から外れてしまいそうなことばかり想像してましたるんるん

    明日よろしくお願いしますクローバー
  • [38] mixiユーザー

    2014年10月12日 02:21

    私もrei999さんと同じところが気になりました。私が持っている単行本だと p.154ですが「つまり、こういうことなのだろうか」以降とp.179の「けれどあれから何年も経って」以降。全く一緒です!

    ほかには、p.9「宇宙船ボイジャーは、未だかつて……孤独の記号だったのだ。」とか、p.156「要するに今が非常時である……あの子の孤独は解消されたのか。」とか。

    メキシコに行った時、短い時間ですが森の中の泉から川へ泳ぎ出て海を目指したことがあります。観光向けの単なるツアーですが、草木が繁る美しい清流を泳ぎ、途中カヤックに乗って海に出る…。泳ぎ出しの川幅は3m足らずで川底に足をぶつけそうなくらい浅くて、見かけはとてものどかな川でしたが、水に入って見上げた木々や空はやたら高く遠く感じられ、草は繁り迫ってきて、自然の深淵に突然放り投げられたような心許なさを強烈に感じたことを思い出しました。川が広くなり深くなるとカヤックに乗ってさらに海を目指したのですが、カヤックから見る景色や水面からは、水の中で感じた感覚とはうって変わって優しく包み込まれるような感覚がありました。

    離れ過ぎても、浸かるほど近づき過ぎても感じる孤独。向こう側ではないけれど、境界線に接している繋がっている安定感安心感…というところでしょうか。
  • [39] mixiユーザー

    2014年10月12日 08:26

    >あおさん
    おお、そうですか!(^_^)
    あ、ボイジャーのあたり、私も気になってましたーw
    メキシコの森の中の川!貴重な経験ですね。身体ごと自然との境界をあいまいにする体験、都市ではなかなかできず…
    そう、その、さらっとしてるけどお互いの存在を認め合う距離感が、梨木さんっぽいですよね。。




  • [41] mixiユーザー

    2014年10月12日 08:44

    書き込みが遅くなり、大変申し訳ございませんあせあせ

    自分の気になる描写について。


    「アザラシの娘 3」で梨木さんが読んでいたペイグ・セイヤーズの本に、
    B&Bの女主人が目を輝かせて食いついてくるところです。


    -------------------------------------

    (文庫本p108〜)


    その夜、読みかけの本を持って、B&Bのコンサバトリーへ入った。
    (中略)

    一人掛けソファに座って、少し暗いフロアライトを手元に引き寄せ、本を読む。
    ―――寒くない?
    と女主人が入ってくる。

    (中略)
    女主人は私が閉じた本の表紙にちらりと目をやり、ぱっと頬を紅潮させる。

    ―――ペイグ!

    彼女の目の輝きに少し戸惑いながら、ええ、そう、とうなずく。

    ―――どうしてこの本を? え? もうケリーへ? ブラスケット島へは行ったの?
    ―――まだこれから。
    ―――じゃあ、どうして?

    ええと、と、私はさらに戸惑い、どこから話したものだろうか、と考えながら……


    -------------------------------------


    人生における偶然 →この本ではペイグというマイナーな本を梨木さんが持っていて、
    女主人も大好きだったこと。

    作家としても本が好きな人との本つながりは嬉しいはずですが、
    旅先でのこういう偶然は本当に素敵だと思います。

    それに、この本が好きなだけではつながらなかったわけで、
    自室ではなくコンサバトリーで読んでいたからこそつながった会話。

    そして、最後のページで女主人が話した「with desperate effot」 のように、
    偶然なできごとや何気ない会話が自分の人生に結構大きな影響を与えていくこと。

    梨木さんのカヤックもしかりだし、この本を読んだ自分も何か影響を受けそうな気がします。
  • [42] mixiユーザー

    2014年10月12日 08:45

    おはようございます。

    ギリギリというか、もう「アウト」の時間ですが・・・。


    P162「水辺の辺境線」 8行目〜


    切り倒されたブナの大木が、水中に引きずり込まれるようにして、倒れている。その幹を撫で、北上中のブナの植生分布のことを思い、こんな北までやってきたんだ、と心の中で話しかける。

    湖面が、鈍色の鏡のようだ。夕陽も届かないぐらいに雲に覆われているので、夕景というイメージではない。全てが本来の色を失って暮れなずむ中、向こう岸の、葉を落としたカンパの林が、その白い幹をぼうっと光らせて、まるで燐光を放つ白骨のよう。細い銀糸のよう雨脚が、山際を帯のように走ってきて、その白骨の群れを更に白く、そして辺りを銀鼠色に霞ませる。

    −驟雨

    と、小さく呟く。

    その雨と、暮色の深きが、まるでオーロラが棚引くように眼前で絡み始める。冥界の帝王でも出てくる先触れのようだ。こんな空間に身をおけるなんて、という思いが頭をかすめる。が、そういう感激も遠いところで鳴る汽笛のようにしか感じられない。すっかり、身も心も持っていかれて、麻痺したようにその場から動けない。

    辺りはいよいよ昏くなり、湖面に映る木々の世界の方がはっきりと見えるほどだ。本当に、水の中の世界の方がよほどリアルに明るく見える。けれどその明るさは何かの反射ではなく、底の方から圧倒的な存在感でやってくるものなのだ。

    どのくらいそうしていただろう。ほら、少し急がないと、と、私の中の分別が囁き、すっかり暗くなった足下に気をつけながら先を進む。ええと、確かこの先でいくつか分かれ道が出τくるはず。それを、ホテルの方へとって、と頭の中で考えている。ほら、分岐点が出てきた。道は・・・・・・暗くてよく分からない。立て板は・・・・・・え?暗くて読めない?慌てて子にした地図を見る。・・・・・・読めない。



    ※異界、あらざる世界と交わることがあるなら、それはこのような場所ではないか?危険でしかしどうしようもなく惹きつけられる・・・。
  • [44] mixiユーザー

    2014年10月12日 12:27

    今の、いま まで迷っていたのですが
    体調がすぐれない為、見送らせていただきます。
    あぁ・・・残念涙

    ねこさん、いい会になること祈ってます。

    私は、P145〜の「川の匂い 森の音3」が好きで、感動しちゃいました。


    fちゃん 純さん また手(パー) 金町男子会したかったです。
  • [45] mixiユーザー

    2014年10月13日 13:14

    ねこさん&みなさん、昨日はありがとうございました!(^_^)
    水辺を吹き渡る風が気持ちよかったですね。

    涼亭お座敷で一次会(うち1hは水辺を散歩しつつ)→水辺で気に入った箇所をそれぞれ朗読→金町のドトールで二次会→土間土間で終電まで三次会。
    語り尽くしましたねえ。。w
    一冊丸ごと丁寧に読み解くやり方も面白かったです。繰り返し現れる幾つかのテーマ、モチーフについて理解が深まりました。
    声に出して読むとまた印象が変わるものですね。
    ねこさんが事前に色々調べておいてくれたおかげで、知らない鳥や風景の写真や鳴き声や情報を見れたのはすごくよかったです。

    やっぱり梨木さんは、感性と理性のバランスが絶妙ですね。。
    読み込むほどに実感。「世界はなんと、フラクタルの万華鏡のようなのだろう!」(#^.^#)

    初参加のよっしーさん(寝袋とテント背負った本物の山帰り!)からは、山や地理的な話をして頂けたのも楽しかったです。

    今回参加されなかった、Lioさん、あおさん、のりさん、また別の機会でいつかご一緒できればと思います。
    サンダルさん、体調大丈夫ですかー??(三次会で電話で話したけどw)またの機会に!

    以下は覚書。

    ・通底するテーマのひとつ、「全体性の恢復」。時間が経つほど(歳をとるほど)、世界は自分と相対するものではなくなり、自分がその一部となっていく(p217「世界の一部として朽ちてゆく」準備のひとつ)流れについて。
    p167、p204、p228 等。

    ・p238「誰かが、何かを教えてくれている。それはいつもまちがいのないことだ」の箇所と、
    p169「森の中で迷って、一番つらいのは、〜 それまで友好的だった周りの景色が、急にそらぞらし、敵対するもののように感じられてくることだ。裏切られ、周囲と自分との間に生じる隔絶感」の箇所は、真逆の状態(精神的態度)を示している。

    ・あり得ない場所に咲いているチューリップ。
    「常若の国1」の最後p68に出てくる少女は、少女時代の梨木さん本人でもあり得る。

    ★読書会で他参加者の指摘を受けて、気になった箇所。(引き続き意味をよく考えてみたい)

    p53
    信号を発したのは「湖面」で、受信さのは「私」だったのか。
    どうも、違うような気がする。おどろおどろしさを発信したのは、「私」の側ではなかったか。それを受信した湖面を見て、私はおののくような思いを抱いたのではないか。そう考え出すと、だんだん、発信も受信も、よく分からなくなる。やがて相互のリフレクションだけがぼんやり浮かび上がってくるような気すらしてくる。

    p191
    相手を、生かしておかない、という瞬間の殺気を、
    〜中略〜
    けれど、それが、その方向性を、少し変えるだけで、もしかしたら…。その圧倒的に「野蛮」な力が、同じく圧倒的な至高へ向かう瞬発力に変容するような…
  • [46] mixiユーザー

    2014年10月13日 19:51

    >>[45]
    まとめ、ありがとうございました。
    Lioさん、あおさん、サンダルさん、コメントを寄せてくださってありがとう。書いてくださった文章は、みなさんの前で読ませて頂きました。
    そして参加してくださったみなさん、本当に長時間ありがとうございました。

    …でも…昨日はすごかったですねぇ〜!
    あんなに長い間話し合った事もなかったし、あんなにブレインストーミング?された事もなかった。
    改めて、梨木さんの感受する世界の広さ、深さに目を見開いてただ驚くばかりでした。

    私は身体論、演劇論、それから心理学的なアプローチをとって朗読作品を作っている人間で、梨木さんの理性的な部分にはあまり普段意識が向かわなかったのですが…

    今回、みなさんと話し合ってみて、
    自然科学的な知識を、想像力を駆使して身体的に感受し、その現象を新しく自分の表現に加えている箇所に、とても惹かれました。

    風の結界
    太陽風
    変動する境界
    末端衝撃波面

    その言葉が、えもいわれぬ美しいシーンを表現する時に使われていて、

    乾いた風にさらさらと日光が溶け込んで、それが全身に降り注ぐのが分かる。これは私のボイジャーの、と、もう一度呟く。
    …the solar wind.
    (風の境界2 の最後のページ 単行本p23)

    ソーラーウインド、太陽風という現象の説明をしつつ、ウィンダミアの湖の上にあらわれる風の結界と、ソーラーウィンドが届かなくなる境界面、末端衝撃波面を重ねて、境界を越えて質の違う空間へ入ってゆく時の表現となる…
    いいですねぇ…

    ソーラーウインドのくだりでは、宮沢賢治の詩の言葉を連想させられました。

    爽やかなくだもののにほひに充ち
    つめたくされた銀製の薄明穹を
    雲がどんどんかけてゐる
    黒曜ひのきやサイプレスの中を
    一疋の馬がゆつくりやつてくる
    …………
    《ああ お月さまが出てゐます》
    ほんたうに鋭い秋の粉や
    玻璃末の雲の稜に磨かれて
    紫磨銀彩に尖って光る六日の月
    橋のらんかんには雨粒がまだいっぱいついてゐる
    なんといふこのなつかしさの湧きあがり
    ……… (風景とオルゴール より)

    宮沢賢治には境界は関係ないのですが…
    自然科学の知識に裏打ちされた詩文の表現が特異である事で知られています。
    参考までに。
  • [47] mixiユーザー

    2014年10月14日 04:52

    ついでにもう少し。
    読み返していて気になり始めたところです。

    もともと「常若の国1」の、強風に煽られて恐怖を感じる自分を言語化する部分。
    ここがとても気に入っているのですが(作家の性を感じます。自分の体験を曖昧にしないですべて言葉で表現してゆこうという)

    強風、というのは、何もひとつの大きなものではなく、鉛筆の細さぐらいの鋭い突風が束になり、それがまた凹凸のある薪の束ぐらいになった集合体が時間差で繰り出される殺人的な速度の「無」だ、だから人の体に当たると自分が「無」化されてゆくような無力感を引き起こされる。結局それが一番こたえるのだ、と考える。波がどんどん高くなり、ボイジャーは翻弄され、いい加減に装着していたスプレーカートの隙間を抜けて、水が溜まり始める。
    その体験の最中に文章が頭の中に自動的に浮かぶ、というのはよくあることだが、こんな時まで呑気に描写しようとするなんて、何て因果な体質なのだろう。死ぬ瞬間まで、頭の中で文章を作っているんだろうか、と自分が哀れになる。なのに一方では、最後の最後のその文章を、何とか残す手立てはないものだろうか、と未練がましく思ったり。考えてみれば今まで死んでいった多くの人に、「最期の最後の文章」があったわけで、逆にそれが読みたいものだ、とこれもまた呑気に思ったり。(常若の国1)

    殺人的な速度の「無」
    自分が「無」化されてゆくような

    「無」という言葉をあちらこちらに見かけます。
    話し合っている時はこれがよくわからなかったのですが、
    「ウォーターランドタフネスについて1」でも、

    水辺は、限りない「無」を感じさせる。
    ウォーターランドは、どこの国のそれであろうと、豊穣でありつつ、静かで穏やかな「死」すら、喚起する。(ウォーターランドタフネスについて1)

    梨木さんの感受性の中に、「水辺」に「無」を感じさせるものがある。
    自分が無力と感じる事が「死」を連想させる・・ということなのでしょうか?

    そして、「海からやってくるもの」での
    海水が逆流してはしってくるのが見える話にうすら寒さを感じた、という話。
    「海の底を考えるのは苦手だ。苦手という事は、そこに何か、私自身の全体として、損なわれているものがあるのだろう。」

    それは、「死」を想起させるものが海底にひそんでいる、ということ・・?

    「海からやってくるもの」の最後に「全体性の回復」という言葉が出てきますが、
    その部分はやはりもう少しみなさんでシェアしあっていきたい部分でもあります。

    引き続き少し話ができれば・・と思います。
    コメントいただければ嬉しいです。





  • [48] mixiユーザー

    2014年10月14日 20:55

    >>[47]
    なるほど、面白いですね。
    その場合の「無」は、「リセットされてしまうかもしれない」ことなのかもしれません。
    水辺は境界であり、あちら側とこちら側をつなぐものなので、そこを越える場合には、一旦「無」になる必要がある、という。すなわち、個体にとっては「死」ということにつながるような。

    現に私たちは、水の中では息すらできないし・・・
    『家守綺譚』の高堂は、その境界を越えて「あちら側」へ行ってしまいましたがw

    本当のところ、梨木さんは、個体としての意識みたいなものは、「ないほうがいい」と思っているようなフシも見られます。個体としての身体も。
    それを失うかもしれないのが、水辺。
    そして、もし失ってしまっても、それは「次の段階」へ進んだということで、忌避する必要もないものなのではないか、というかんじ。
    全体性の回復、を目指す場合、水辺のギリギリでそれが執り行われることを目論めるけれど、ふとしたはずみであちら側に行ったままになってしまう危険性もある、そのことをよしとしてしまいそうな自分もいる、ということを、「常若の国1」で表現しているような気がします。
  • [49] mixiユーザー

    2014年10月15日 00:54

    >>[48]
    ありがとう。
    大きな循環のなかに還元されることを、存在全体で納得する、死を、個体の死ではなく、大きな流れに還って行くプロセスとして捉える、
    という思想は、この本に通底する流れなのだと思います。

    ただ、全体性の恢復という言葉については、ユング心理学の方面から調べてみましたが、やはりそれとは意味合いが異なるように思います。

    梨木さん自身も言葉足らずの部分なのかもしれませんが…そこの展開がよくわからない…
    個体発生は系統発生を繰り返す
    これも私には謎なんです。

    参考までに載せておきます。
    http://starpalatina.sakura.ne.jp/kouza/11.html

  • [50] mixiユーザー

    2014年10月15日 13:00

    >>[49]
    おお、なるほど。。この参考サイトの内容、面白いですね!!
    ではやっぱり、梨木さんがわざわざ「全体性を恢復する」とカギカッコ付で書いたのは、ユング心理学によるこういう前提があったからなんですね。

    となると、やはり、境界である「水辺」にとどまって(その危険性も自覚しつつ)、何度も『「自分が認めたくないもの=影」と対話・対決』し、『自分だけの「究極の人間」像を具現化する』という作業が必要なのだろう、という梨木さんの認識が現れなのでは・・・。

    [48]で私が書いたよりは、何度もその対決の作業を繰り返した上で「帰ってくる」ことに対する決意を表明しているというかんじでしょうか。
  • [51] mixiユーザー

    2014年10月15日 22:12

    >>[50]
    読んでくださってありがとうございました。
    ユング心理学、よく児童文学で扱われてますよね。
    シャドウの理論はゲド戦記そのもの。
    レイさんが書いてくださった前半分は、ユング心理学での「全体性の恢復」ですよね。

    私、最初は読めてなくて、この部分はユング心理学そのもの?と思ってたんですが…、
    読み込んで行くうちに、よくわからなくなりました。

    「全体性の恢復」
    という言葉自体は、ユング心理学の用語を利用している、という事なのだと思います。

    ただ、「海からやってくるもの」のラストに、

    「全体性の恢復」ということの、真の意味

    という文章が出てきます。
    鍵カッコ内が、心理学用語だと仮定すれば、
    その言葉の真の意味はもっと大きくて…

    つまり、梨木さんが
    海から上がってくるものに奇妙な薄ら寒さを感じた、という、
    生物の、地球規模の歴史の一部をまざまざと目の当たりにしてしまう、足元が揺らぐような感覚を、どうにか言語化したいんじゃないかな…

    なんて、思うようになりました。

    もちろん、影-無意識領域、と対決して、気づきを得て戻ってくる、という手法を繰り返しでいるのだと思います。
    でも、その内容に、個人的な出来事、夢だけではなく、地球規模の歴史的出来事まで加わってくる、
    ということなのかなあ…

    集合無意識、という概念がユング心理学にはあります。ユングが見た幻影のなかで、民族の蓄えてきた歴史から見えてくるものがあったそうです。…記憶がおぼろげですが、昔、本で読んだ覚えがあります。

    うまく説明できませんが…
    資料が見つかれば、また貼っておきます。
    他のかたも、もし何かあれば、どうぞ書き込んでください。

  • [52] mixiユーザー

    2014年10月15日 22:19

    フロイトの無意識とユングの集合無意識を対比させてあります。
    わかりやすく書いてあります。
    http://s.webry.info/sp/charm.at.webry.info/200504/article_8.html
  • [53] mixiユーザー

    2014年10月15日 22:26

    集合的無意識、という名前でした。
    的が抜けてました。
    河合隼雄は、普遍的無意識と呼んだそうです。
    ユングが見た予知夢(幻影だと思ったんだけど…)が、書いてあります。
    こっちがわかりやすい。
    参考までに。
    http://shinkyaku.net/site/Ikusa/51.htm
  • [54] mixiユーザー

    2014年10月17日 14:07

    読書会の前に読みきれなかった、参考文献の「アラスカ 光と風」
    氷河が後退して、氷河以前の森の姿が現れた、という写真を見つけました。
    「地球の物語を教えてくれる風景だった。」

    だそうです。
    カヤックに乗り始めたのも、星野道夫さんの文章を読んでから…
    オススメです。

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