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開催終了2009年7月6日−12日の情報

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2009年07月09日 02:02 更新

2009年7月6日−12日の情報

コメント(10)

  • [1] mixiユーザー

    2009年07月09日 02:05

    http://www2.city.sapporo.jp/cgi-bin/kitaku/news/news.pl?id=00109&fld=horokita&os=

    札幌市

    イランと日本の文化交流
    幌北まちづくりセンターで留学生家族と地域の交流事業を実施
    平成19年(2007年)12月2日 [幌北地区]

    12月2日(日)午前10時から、幌北会館(北区北17条西5丁目)で、今年度2回目となる留学生家族と地域の交流事業「幌北と海外をつなぐひろば」が行われた。これは、幌北地区が留学生などの外国人が多く暮らす地域であるという特性を活かし、「幌北流のまちづくり」を進めていくための第一歩として行われたもので、北海道大学の学生と町内会役員などが中心に組織する「学生と地域でまちづくりを考える会」などが主催。11月2日(金)に地域住民と留学生家族の交流会が行われたのに続き、開催されたもの。
    この日(2日)は、同地区に住む留学生家族や地域の住民約50人が参加。「イランの生活に学ぶ」をテーマに、北海道大学工学研究科の留学生ファタヒ・カヴェさんとその妻のモワヘド・ファテメ・ソマイエさんから、イランと日本の生活様式の違いや、イランの歴史、気候風土などについての講演が行われた。モワヘドさんから、イランにも雪が降ることや「チャランポラン」や「パジャマ」という言葉の語源はペルシャ語で、イランでも日本と同じ意味で使われていることなどが紹介されると、会場からは驚きの声があがっていた。そのほか、参加者たちからはイランでの住宅事情や、日本とイランの物価の違いなどについて質問があり、イランでは大きな家が多いということや、石油がとても安価であるという話には、日本人の参加者から「うらやましい」といった声が出ていた。
    この日の講演は約1時間半で終了。参加した地域住民は「名前と場所しか知らなかったイランという国のことが良く分りました。また、こういった機会があればぜひ参加したいです」と話していた。その後、講演会に参加した留学生家族たちは、幌北中央保育園(北区北20条西3丁目)で行われていた幌北第7町内会のもちつき大会に飛び入り参加し、もちつきを体験したり、つきたてのもちを食べたりしながら地域での交流を楽しんでいた。

    問い合わせ
    幌北まちづくりセンター
    電話:011-726-6345
  • [2] mixiユーザー

    2009年07月09日 02:07

    http://www.city.sapporo.jp/kitaku/machi/center/pdf/horokita-horahora2.pdf
    http://www.city.sapporo.jp/kitaku/machi/info/pdf/north15/042.pdf

    札幌市の行事など 2008年
  • [3] mixiユーザー

    2009年07月09日 02:25

    http://webmagazine.gentosha.co.jp/memoryquest/vol158_memoryquest.html#003

    (偶然見つけたページ:おもしろい)

    「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
     あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
     一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
    ファイル 003:イラン人のハディさん家族
    [探して欲しい記憶の時間]1990年3月
    [国名]イラン
    [都市名]不明
    [探して欲しい記憶の人名、物]ハディさん家族
    [探して欲しい記憶の詳細] 
     当時、北海道大学の学生だった私のアパートの隣に留学できていたイラン人の家族を探してほしい。
     北海道大学の理学部か農学部か工学部に留学していたお父さんのハディさんと、奥さんのシャムシー、当時小学1年に入って言葉がわからなくてたいへんだった長男のサディック、生まれたばかりの妹赤ちゃんがいた。
     たまに隣に遊びに行ってイランの言葉を教えてもらったが、もうぜんぜん言葉は覚えてない。サディックは最初小学校になじめず、担任の先生宛に手紙を代筆したりした。一緒に初詣にも行った。
     その後札幌市内で引越しし、その後音信不通。
     イランに帰国したものと思われる。
     またあの親子に会いたいなあ。

    高野秀行より
     1990年といえば、日本中にイランの人たちがあふれていた頃のことですね。
     もっとも「ハディさん」は大学の留学生だそうですから、出稼ぎとは全然ちがいます。すでに家庭を持っていたということからも、すでに母国の大学を出ていたのではないでしょうか。
     疑問点が3つあります。
     1つはハディさんが家族連れで来日していたこと。ふつうの留学生ではあまりないケースのように思うのですが、そうでもないんでしょうか。
     あるいは、ふつうの学部生ではなく、大学院の修士か博士課程だったのでしょうか。
     もう1つは、ハディさんが途中で「札幌市内に引越し」とあること。北大は札幌市内にキャンパスがあるのでは? 当然学生の方々も市内に住んでいるものと思っていたのですが、そうでもないみたいですね。具体的に何市ですか。
     それからハディさん一家の素性。出身地はお聞きになりました? やはり首都のテヘランでしょうか。それから彼らがクルド人だとか聞きませんでした? 仕事や留学で海外に出るイラン人の半数以上はマイノリティのクルド人で、当時日本中にいたイラン国籍の人たちも例外でないそうです。
     ハディさん一家の写真、もしあればお送りください。その他、サディク君が描いた絵でもなんでもいいです。
     ハディさん一家が日本の生活に馴染んで、ハディさんが学業をちゃんと終えて帰国していればいいですね。
     あるいは、意外に日本でビジネスで成功していたりして……。
  • [4] mixiユーザー

    2009年07月09日 02:29

    (副管理人:北海道もしくは札幌というトピックスが必要かも)
  • [5] mixiユーザー

    2009年07月09日 02:45

    http://blog.sonodago.com/?eid=951225

    (副管理人:これもたまたま発見しただけ)


    作家園田豪の筆の向くまま
    2009.05.05 Tuesday
    「イラン人代表団」とは随分差別的表現ではないか!
    北朝鮮による長距離弾道ミサイルの発射の視察などを目的としてイランの衛星開発企業であるSHIG社の幹部ら15人が北朝鮮に滞在しているとのことだ。
    これを伝える3月29日の産経新聞の見出しは「北にイラン人代表団」というものだ。なんとなく「イラン人」を馬鹿にしたような、差別したような、見下したような雰囲気の表現だ。
    イランの企業名も分かっているのだから、「イランの衛星開発企業の代表が北朝鮮を訪問中」とでも書けばよいものを。
    「米国代表団が訪日した」、「ロシアの代表団が北海道を訪問した」なら何ともないが、これらを、「アメリカ人代表団が訪日した」、「ロシア人代表団が北海道を訪問した」と書くとニュアンスが違うことに気付くはずだ。「〜人代表団」という表現に何やら含むところがあるのが表れているのだ。いやな表現である。
    このような表現をする産経新聞というもののレベルが低いことが分かるのだ。新聞社の編集というところの日本語能力が落ちたとみるべきなのだろう。まことに恥ずかしいことである。
  • [6] mixiユーザー

    2009年07月09日 03:38

    http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/090708/stm0907082026015-n1.htm

    産経新聞ウエブ記事

    覚取法違反などでイラン人3人を逮捕
    2009.7.8 20:25
     埼玉県警組織犯罪総合対策本部と岩槻署などは8日、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)容疑などで、イラン国籍で住所不定、無職、自称メヘディ・アリハニファル被告(30)=同法違反などの罪で起訴=らイラン人3人を現行犯逮捕したと発表した。
     同本部によると、アリハニファル被告らは5月26日、共謀して販売目的で春日部市米島のアパートで、覚醒(かくせい)剤約51グラムなどを所持していたとして逮捕、起訴された。
     組対本部によると、アリハニファル被告らは「覚醒剤は自分のものではなく、組織のもの。ボスが仕入れてきた」などと否認しているという。

    家族が強制退去のイラン人女性、短大卒業に「感謝」 群馬
    2009.3.15 02:18
     不法残留で両親ら家族が国外への強制退去処分となる中、保育士を目指し在留特別許可を取得して日本に残っていたイラン人のアミネ・マリアムさん(20)が14日、育英短期大学(高崎市)の卒業式に出席。「卒業できたことをうれしく思っている。支えてくれたすべての人に感謝したい」と喜びを語った。
     マリアムさん一家は平成12年、強制退去処分を受け、取り消しを求めて提訴したが18年、最高裁で敗訴が確定。マリアムさんは進学のため、在留特別許可を取得して同大に通学。今月12日には、定住者(在留期間1年)の在留資格を取得した。
     マリアムさんは「親が近くにいなくて大変だったけど、サークル活動や、友達ができて楽しかった」と2年間の学生生活を振り返り、「愛情を注いでいける保育士になりたい」と4月から就職する保育園での新生活に期待を膨らませた。
     また、不法入国のため、両親の強制退去処分が決まり、1人在留が認められた埼玉県蕨市のフィリピン人中学生、カルデロン・のり子さんに、「私より小さいので精神的にもつらいと思う。頑張ってほしい」とエールを送った。
  • [7] mixiユーザー

    2009年07月09日 03:42

    http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20081024/16290.html

    北日本新聞社ウエブ記事

    日ロで密入国手引きか 県警逮捕のイラン人、国内連絡先メモ所持

    2008年10月24日 07:25


     密入国した直後に県警に入管難民法違反(不法在留)容疑で逮捕されたイラン人の男が、日本で使われている携帯電話の番号を記したメモを所持していたことが二十三日、分かった。男は、ロシアからの北洋材貨物船に紛れ込んでいたことも判明。調べに対し「出稼ぎに来た」と供述しているという。県警は、電話番号のメモを、ロシアで出国を手引きし日本で密入国者の就業を世話する、国際的なあっせん組織の存在を裏付ける有力な証拠とみて捜査している。

     逮捕されたのはイラン国籍、住所・職業不詳、ハンプール・サルマーネ容疑者(25)。県警によると、同容疑者は十二日、ロシア極東のナホトカ港で、富山新港に向かうカンボジア船籍の貨物船「アルグス号」(二、七四〇トン)に侵入し、甲板に積まれた北洋材の陰に隠れた。十四日朝に射水市堀江千石(新湊)の富山新港ふ頭に接岸後、船を降りた。税関職員が同容疑者を発見、射水署員が取り押さえた。船員は、密入国への関与を否定しているという。

     捜査関係者によると、同容疑者が所持していたパスポートは本物で、今年に入りロシアに入国した記録があった。ナホトカ港には北洋材を輸出する多くの貨物船が集まり、日本、中国、韓国などに向けて出港する。県警は、「アルグス号」が日本の港に向かうことを知る何者かがロシア国内で手引きし、日本にいる仲間の連絡先を同容疑者に教えるなどの方法で、密入国をあっせんした組織があるとみている。

     日本への密入国は、これまで不法就労目的の中国人や韓国人が多かったが、近年は中国の経済発展に伴い国内の就業先が増えたことなどから、中国人の密入国が激減。一方、ロシアを経由し、日本海沿岸の港に密入国するイラン人が目立つようになったという。六月には、北海道の稚内港から密入国したイラン人の男二人が道警に逮捕されている。

     捜査関係者によると、イランなど中東からの密入国者は、日本国内で覚せい剤や銃器の密売に関与することが多いという。富山新港から密入国し愛知県内で覚せい剤を密売していたイラン人の男が愛知県警に逮捕されたケースもある。

     県警は、ハンプール容疑者から密入国の詳しい目的や、携帯電話の番号の入手先を聴くなどし、事件の全容解明を急いでいる。
  • [8] mixiユーザー

    2009年07月09日 03:49

    http://www.aurora-net.or.jp/user/tamura/sakha2-7.htm

    THE DARKSIDE OF SAKHALIN というブログ

    (副管理人:ブログ自体の日付未確認。上の産経新聞の記事を裏付けるような情報)



     ★日本とのパイプ

     「今出ていった連中が何者かわかりますか」
     ハバロフスクの消息筋とレストランで会食していたとき、そっと耳打ちされた。

     「ロシア人と日本人のようですね。どうもガラが悪そうですが」
     「ロシア人は、地元のマフィアのボスです。そして日本人はヤクザですよ」

     話には聞いていたが、闇の世界の日ロ交流は、水面下で静かに進んでいた。サハリンでも、日本の暴力団関係者を少なからず見かけたが、日本の公安当局、外交筋もその動向には注目していた。少なくともサハリンは、暴力団が単なる旅行に訪れるような観光地でないことは確かだ。

     ロシア側公安関係者が警戒しているのは、覚醒剤や麻薬の密輸、さらにロシア女性をだまして日本へ送り込み、売春させるようなケースなどだった。こういう事件の闇ルートが摘発されたケースはないが、ありえないとも言えない。

     さらにマフィアと暴力団の連携に限らず、日ロ双方にまたがる犯罪の疑惑は、あちこちにその断面をかいま見せている。

     (次につづく)
  • [9] mixiユーザー

    2009年07月09日 03:49

    (前の続き)

    例えば、94年3月に浮上したイラン人の密入国疑惑にも、日本側協力者の存在が注目された。

     コルサコフから日本へ渡ろうとして寸前に逮捕されたイラン人グループは、3500ドルもの送金を東京の銀行から振り込まれていた。送金者はイラン人で、「日本側に密入国を支援する組織があることは確実だ」と、サハリン州の連邦防諜局(旧KGB)筋は強調。日本の警察との捜査協力に強い関心を示していた。

     防諜局は、十月革命後に設立されたチェーカー(反革命・サボタージュ取り締まり全ロシア非常委員会)、国家政治保安部(GPU)、内務人民委員部(NKVD)に続く国家保安委員会(KGB)の流れをくむ。

     内務省が、一般的な犯罪を取り締まる治安組織だったのに対して、KGBは国境警備、対外情報活動、国内保安・防諜、非合法工作などを担当し、アメリカで言えばFBIやCIA、さらに沿岸警備隊などの業務を一手に引き受けたような組織だった。なかでも第一総局のS局はKGB議長の直轄部局で、「濡れた仕事」と呼ばれる要人暗殺など非合法工作をしていたとされる。

     ソ連崩壊後、KGBの第一総局(対外諜報総局)は対外情報局(SVR)として分離独立し、大統領府直属となった。その初代長官は後にロシア首相となったエフゲーニ・プリマコフ氏だ。KGBの他の業務は、保安省(FMB)を経て連邦防諜局(FSK)に改称され、さらに私がサハリンを離れてまもない95年4月、連邦保安局(FSB)に再編された。

     現在は、対外情報局(SVR)、連邦保安局(FSB)、連邦国境警備局(FPS)、連邦警護局(FSO)、連邦通信情報局(FAPSI)、特殊施設局(UOO)に分かれているというが、最近はロシアの政策が目まぐるしく代わるうえに、こちらの勉強不足もあるので、実状はさらに変わっているかもしれない。

     当時、防諜局は、いわゆるスパイにも目を光らせていたが、国境をまたぐ犯罪の続発に国家的危機感を持っていた。特に道警との捜査協力にご執心だったのは、サハリンを経由してイラン人が北海道へ密入国していた問題や、日本の暴力団の絡む密輸などに注目していたからだ。

     イラン人の密入国は94年、サハリンへ赴任してまもなく発覚した事件だ。

     イラン人4人がパスポートを偽造し、コルサコフから北海道へ密入国しようとして、ユジノサハリンスク市防諜局に逮捕された。4人は、サハリン州内の銀行に外貨口座を設けており、東京都内の銀行から3500ドルの送金を受けていた。密入国の目的などは明らかにされなかったが、防諜局によると送金者はイラン人で、「単なる出稼ぎ者ではなく、テロリストとして訓練を受けていた疑いもある」と、明言していた。

     密入国事件の摘発は、その後も続き、ホルムスク(真岡)でもイラン人2人が日本への密入国を図って逮捕されたほか、近年極東各地でこうしたイラン人の摘発が進んでいることも明らかになっていた。

     「アジア太平洋で犯罪は国際化しており、自国のマフィアだけ見ていてもだめだ」
     こうした事態を踏まえて、当時のステパシン連邦防諜局長官(後のロシア首相)はサハリンで会見し、そう言い切った。ただ、道警は防諜局よりも、むしろ警察としての性格が強い州内務局とコンタクトを取る道を選んだ。道警側からミッションが派遣され、ユジノで懇談の機会を設けた。内容については明らかにされていないが、国境をまたぐ犯罪について意見交換を図ったようだ。

     また、95年には海上保安庁も関心を示し、日ロ間の水産物をめぐる密輸や密漁問題の実状を調査するため、サハリンを訪れている。

     しかし、国際犯罪の芽を絶つことは容易ではない。こうした積み重ねがいつの日か実ることを期待したいものの、犯罪は常に巧妙化の一途をたどっている。防諜局の言い分ではないが、日ロ間の本格的な捜査協力が必要な時代を迎えているのではないだろうか。
  • [10] mixiユーザー

    2009年07月09日 05:23

    http://moji.gr.jp/iran/about.html
    http://moji.gr.jp/iran/

    「イランへの扉」(イラン関係の総合情報サイトの1つ)

    目的と内容

    「イランへの扉」は,イランの文化・歴史・言語などの情報への窓口になるよう作られた非営利サイトです。2003年1月に公開しました。政治的・宗教的背景はありません。
    主なコンテンツはリンク集と書籍リストです。書籍は,現在新刊書店で入手できるものを中心に載せています。
    イベントの情報はトップページに載せます。
    リンク集の中身が増えてきて,管理人にすら把握できなくなって来ました(笑)。サイトマップ もご活用ください。
    サイト名について

    サイト開設以来「ペルシア・イラン情報」の名称を使って来ましたが,一周年を節目として2004年1月7日,「イランへの扉」に改称しました。
    ペルシア語名称について

    機関・団体名などはなるべく日本語に訳すようにしました。その際,ペルシア語名と英語名(もしあれば)を参照しましたが,誤りがあるかもしれません。誤っていなくても,日本のイラン研究者の間で定着している日本語名とは異なる場合がありそうです。本サイトでの日本語名を信用しないでください。
    人名・地名などの固有名詞を仮名表記する際,ペルシア文字綴りとラテン文字綴り(もしあれば)から発音を推定したものがありますが,誤りがあるかもしれません。(現にいくつかの間違いを専門家の方にご指摘いただき,修正しました)
    固有名詞を仮名表記する際,[1] 長母音は長音符「ー」を用いる(イラン,テヘランは慣用に従う),[2] 「ヴァ」「スィー」などの綴りを採用,[3] イスラーム用語のうち,日本人に馴染みのあるものは正則アラビア語風の表記を採用,などの方針を設けました。しかし,細かい点については方針自体が定まっていなかったり,一貫していなかったり,誤っていたりします。近い将来いつか,全面的に見直したいと思います。
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    このサイトの管理者は virastar です。連絡は下記宛に直接メールをください。
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