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開催終了いのちの窓

詳細

2011年03月10日 12:43 更新

いのちの窓より〜河井寛次郎

みにくいもの見えないめくら
美しいものしか見えない眼

美しいものしかない
みにくいものはまよひ

美はすべての人を愛している
美はすべての人に愛されたがっている
美はすべての人のものになりたがっている

助からないと思っても助かっている

なにもかも此の一つにかける
生き甲斐

何という今だ
今こそ永遠

自分は過去を無限の過去を生きてきた
自分は未来を無限の未来を見るものだ

時に居ない人 処に居ない人
時と処に居ない人

見えないもの 見える眼
聞こえないもの 聞ける耳
知らないもの 知って居るからだ

持たないものはないー探すと出てくる
知らないものはないー知ったものが居る
出来ないものはないー出来るものが居るーからだ

道を歩かない人
歩いたあとが道になる人

はてしない土地
新しい世界
ーからだ

此世は自分を探しに来たところ
此世自分をみにきたところ

京都に行った時、河井寛次郎館に行った
調べて行ったのか、偶然通りがかったのか今は定かではない。

寛次郎の住まいがそのまま記念館として残されている。
彼の生活感、生き方がそのまま伝わってきて、なんだか胸が熱くなった。
シンプルで無駄のない簡素なそれでいて、明るく風通しのよい日本家屋。
彼の作品がそこここに展示されている。
仕事場もそのまま残されている。

民芸。生活の中の美。これほど身近な美はない。

暮らしが仕事
仕事が暮らし

美を追わない仕事
仕事の後から追ってくる美

と彼が言っているように、まさに作陶することは、彼の生活でもあった。
美とは眼で見るものではなく、心で感じるものなのだと思う。
それゆえ、彼は無位無冠の人となったのではないだろうか?


自解付き

新しい自分が見たいのだー仕事する

昨日の自分には皆用がない。繰り返しなんかには用がない。いくら繰り返しをやって居ると思ってもこの繰り返しの中にいつも繰り返さない自分を見ようとして見るのだ。どんなつまらない仕事を強いられていたとしても、次々により新しい
自分を見ようとして引きずられているのだ。これ以外に人を動かす動力があるであろうか。

どこかに自分が居るのだー出て歩く

人は目的を持って出かける事がある。持たないでも出かける事もある。ただしそんな事は問題ではない。ぼんやりしていようが、はっきりしていようが、心底には何処に自分が居るかを見たいのだ。無数の自分が見たいのだ。−そうした以外に我々は歩かない。

もの買って来る
自分買って来る

若しか自分以外のものを買ってきた人があったなら、自分は其の人を見たい。人はいうであろう。嫌だったけれど仕方なかったから買ったのだ。こんなものは自分のものでも何でもないのだと。然し其の人は仕方がないという自分以外の何を買ってきたのであろう。



河井寛次郎記念館
http://hcn.plala.or.jp/fc211/sagi/index.htm

河井寛次郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%BA%95%E5%AF%9B%E6%AC%A1%E9%83%8E

日本民藝館
http://www.mingeikan.or.jp/home.html

ご参考まで。

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