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開催終了SF乱学講座 祖母の温もり<平和百人一首> 2016年9月の予定

詳細

2016年08月16日 21:03 更新

SF乱学講座2016年9月の予定

タイトル:祖母の温もり<平和百人一首>

講師:大竹桂子氏(吉祥寺村立雑学大学副学長)

開催日時:2016年9月4日 日曜日 午後6時15分〜8時15分
参加費 :千円
会場  :杉並区高井戸地域区民センター
地図↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35%2F40%2F49.354&lon=139%2F37%2F11.256&layer=1&sc=2&ac=13115&mode=map&size=s&pointer=on&column=close

以上
*************************************************************************************
会場は、京王井の頭線高井戸駅のプラットホームから見えています。特大の煙突が目印です。
駅の改札口をでてすぐの歩道橋で、環状8号道路をわたって下さい。
そこから、井の頭線沿いの横道を少し入ると、建物の入り口がありますので、そこから入って奥のエレベーターで三階まで昇って下さい。

いつも近くで二次会をやっています。だいたい10時くらいまでです。

SF乱学講座はどなたでも参加できる公開講座です。

事前の申込は必要ありません。開催日に会場へ直接お越し下さい。

コメント(8)

  • [1] mixiユーザー

    2016年08月16日 22:08

    百の歌・千の想い―甦る平和百人一首− - ホーム(1)

    2008/05/02 - このカルタの由来は、今から60年前の昭和23年に新憲法発布の記念事業として企画された世界の平和を祈念すると言う意味での平和百人一首の募集にさかのぼります。その時に募集されたのは百首でした。読売新聞とか朝日新聞にその ...
    ‎大竹桂子私の略歴 · ‎2.星野せい手作りカルタ 平和百人一首

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーーー
    https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96
  • [2] mixiユーザー

    2016年08月16日 22:10

          平和百人一首        

    いやつぎて湧きくる朝の雲白く 光らむとして秋の富士澄む

                             静岡県田方郡韮山村 窪井 朝陽

     古今、不二山は多くの人に歌はれてきた、名歌秀歌もまた多い、その中で山部赤人の歌に及ぶものはない。
     私は昭和20年8月15日以来思うことあつて不二山ばかり歌いつづけてきた。神の住む不二山か、平和の象徴としての不二山か、此の山を歌うにどんな歌い方をしたらいいかを考えて見た。吾もなく不二もなくただ見る対するだけでは心に銘じ難い。不二を歌うにも、歌に情とか力とか意志がほしい。不二山の形態だけに詠嘆していては美しくもない。
     このすばらしい山に向つて毀誉褒貶を意とせず、全力を叩きつけて来た。そこには大きな苦悩があつた。拙い自己の苦悩を表すに、不二山を借りものにすることは出来ない。
     たゆまざる熱情と叡智とによつて、神富士とか、白妙の富士という古い観念から脱皮することが出来よう。
     そこには、新しき日本の象徴としての富士山がそびえる。
                                             (朝陽) 
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーーー
    http://blog.goo.ne.jp/takuetsu1958/e/b7da3390b6b1b1224acf0baaf05b44c6
  • [3] mixiユーザー

    2016年08月16日 22:16

    富士山の文学 −万葉から昭和まで文学にあらわれた富士山−
    古典文学
     奈良時代に作られた20巻・4500余首からなる日本最古の歌集「万葉集」には、富士山を詠んだものが、一説によると11首あるといいます。有名なのは山部赤人の次の一首でしょう。 富士山の文学


    [田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ 不尽の高嶺に雪は降りける]
    (巻三)
     これは純粋な叙景歌ですが、噴煙にこと寄せて女性への思いを詠む相聞の歌では次のような例があります。

    [吾妹子に逢うよしをなみ駿河なる 不尽の高嶺の燃えつつかあらむ]
    (巻十一)
    [さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは 富士の高嶺の鳴る沢のこと]
    (巻十四)
     「古今集」905年「新古今集」1205年などの勅撰和歌集にも富士の歌は多くあります。

       【略】

    [かたつぶりそろそろ登れ富士の山](一茶)

       ★SF的か

       【略)

     最後に、富士山測候所の勤務の経験と、熱いヒューマニズムで富士山を書きつづけた新田次郎を忘れることは出来ません。「富士山頂」「芙蓉の人」「着氷」「富士に死す」など人間、歴史、自然が一体となった世界は、多く読者をひきつけて放しません。
     また、明治の文豪幸田露伴の次女幸田文が、大沢崩れをはじめて全国の山河の崩壊地を訪ねた一種のルポルタージュ文学「崩れ」も注目に値します
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    http://www.cbr.mlit.go.jp/fujisabo/fuji_info/mamechisiki/d02/
  • [4] mixiユーザー

    2016年08月16日 22:25

    平成百人一首から離れるが、富士がらみということで、しかも


    静岡新聞 時評(2006年11月21日)

    小説で読む富士山噴火

      火山防災の生きた教科書

    小山真人(静岡大学教育学部教授)

     私は子どもの頃,SF小説が大好きで,作家を志したこともあった.ところが,小説の中によく登場するカッコいい科学者に憧れて大学の理学部に入ったところ,ついついその方面に流されて本当に科学者になってしまい,肝心の小説を書く機会を得られないまま,この歳になってしまった.
     しかし,ある日私は,未曾有の巨大噴火に襲われる日本社会を,思いがけず書店で目撃することになった.9月20日の本コラムでも触れた小説「死都日本」(石黒耀著,講談社刊,2002年)である.現代火山学の成果をよく勉強されて書かれたその精緻な記述は,まるで見てきたような迫力をもって私たち火山学者をうならせ,二度にわたるシンポジウムの開催や,学術雑誌の特集号刊行のきっかけともなった.
     その後4年を経て,石黒氏は私たち火山学者の前に再び姿を現した.しかも今度は富士山噴火という第一級のテーマに挑んだ作品「昼は雲の柱」(講談社,2006年11月末刊行予定)を携えて,である.この小説の中では富士山のハザードマップや,それにもとづく避難計画のことがリアルに取り上げられている.
     現実の富士山ハザードマップ作成計画は,内閣府・国土交通省・総務省消防庁の3者が主導する形で2001年7月にスタートし,3年間にわたる調査・検討の結果,2004年6月にハザードマップの試作版が公表された.富士山麓の各市町村は,この試作版をもとにした住民配布用のマップを作成し,今年夏までに各家庭への配布を終えている.
     ハザードマップは,あくまで噴火の影響範囲を予測した結果であり,それにもとづいた避難計画や防災対策は別途立てる必要がある.マップの完成後,国の主導によって富士山火山広域防災対策検討会が設けられ,そこでの詳細な検討の結果,今年2月に中央防災会議から富士山の総合防災対策ガイドラインとも言うべき「富士山火山広域防災対策基本方針」が示された.富士山麓の自治体の火山防災計画は,この基本方針に沿う形で作成あるいは修正することが求められている.
     この基本方針は,噴火の際の具体的な避難手順についても,避難者の立場と火山の状況別に細かく示している.小説「昼は雲の柱」の中では富士山の噴火が次々と進行していくが,その中に描かれている国や自治体の避難対策は,この「富士山火山広域防災対策基本方針」に準拠したものとなっている.このため,本書は防災副読本としても活用できるであろう.ぜひ,ご一読をお勧めする.

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーーー
    http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/opinion/jihyo26.html

  • [5] mixiユーザー

    2016年08月16日 22:27

    さらに、富士山がらみで想い出したのが

    永遠に謎の残るマンガ - 「ドラゴンヘッド」とは結局なんだったのか?...

    http://fu-sansan.com/dragon-head/



  • [6] mixiユーザー

    2016年08月17日 05:50

    そもそも

    百人一首(ひゃくにん いっしゅ、ひゃくにんしゅ[1])とは、100人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んでつくった秀歌撰(詞華集)。

    中でも、藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首(おぐら ひゃくにん いっしゅ)は歌がるたとして広く用いられ、通常、百人一首といえば小倉百人一首を指すまでになった。本記事では、この小倉百人一首について解説する。



    目次 [非表示]
    1 概要
    2 『百人一首』の歌と歌人たち
    3 用途 3.1 教材
    3.2 かるた
    3.2.1 散らし取り(お散らし)
    3.2.2 逆さまかるた
    3.2.3 源平合戦
    3.2.4 リレーかるた
    3.2.5 競技かるた
    3.2.6 坊主めくり
    3.2.7 青冠


    4 異種百人一首
    5 小倉百人一首関連作品
    5.1 音楽
    5.2 小説
    5.3 漫画
    5.4 落語
    5.5 ゲーム
    5.6 テレビ番組
    5.7 テレビドラマ
    5.8 検定

    6 脚注
    7 関連項目
    8 外部リンク


    概要[編集]





    小倉色紙(蝉丸)
    小倉百人一首は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・藤原定家が選んだ秀歌撰である。その原型は、鎌倉幕府の御家人で歌人でもある宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の求めに応じて、定家が作成した色紙である。蓮生は、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)に建築した別荘・小倉山荘の襖の装飾のため、定家に色紙の作成を依頼した。定家は、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院まで、100人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び、年代順に色紙にしたためた。小倉百人一首が成立した年代は確定されていないが、13世紀の前半と推定される[2]。成立当時には、この百人一首に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」「小倉色紙」などと呼ばれた。後に、定家が小倉山で編纂したという由来から、「小倉百人一首」という通称が定着した。

    室町時代後期に連歌師の宗祇が著した『百人一首抄』(宗祇抄)によって研究・紹介されると、小倉百人一首は歌道の入門編として一般にも知られるようになった。江戸時代に入り、木版画の技術が普及すると、絵入りの歌がるたの形態で広く庶民に広まり、人々が楽しめる遊戯としても普及した。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96
  • [7] mixiユーザー

    2016年08月17日 21:08

    2016年07月28日(木) 16時18分43秒

    介護百人一首が教えてくれること。ボケにボケ返したら関係は良好 障害は関係にある
    テーマ:【介護百人一首】NHK Eテレ

    image

    昨日ごらん頂いた皆様ありがとうございました〜。(感謝のきもち)

    付け入るようで何ですが〜、今夜もNHK「介護百人一首」Eテレで放送します。

    image
    小山明子さんは、糖尿病も抱えていた大島渚さんの介護の中で、

    カロリー計算して料理を完璧にこなそうとしたあまり(理由は他にも重なるでしょうが)

    介護うつになった経験を話してくれました。

    入院を繰り返すほどの重いうつが数年続いたそうです。

    でも、そこから完治して(完治は稀だそうです)今はもう「やることはやりきった」と潔くお話しされました。

    番組中、本当に夫のために尽くした明子さんのお話を聞きながら、わたしは思わず、

    「大島渚さんも、今このスタジオに来て聞いてくれているのでは〜!?」と話しました。





    「エレベーター乗り込み母が自己紹介乗り合い人に笑みがこぼれる」

    昨夜、放送した介護短歌の一つです。

    放送を見てくれたKさんが、この短歌が印象的だったとメールをくれました。

    わたしもこの短歌が好きだったので嬉しく思いました。

    実は打ち合わせの中で、小山明子さんもこの短歌が好きだとおっしゃっていたのですよ。

    (どの短歌に心を動かされるかで、その人の琴線がわかります。バレると言ってもよいかもしれません。)



    詞書きによると、

    車椅子に乗っている認知症の母が、

    病院のエレベーターで乗り合った人たちに向かって、出身地と名前を大声で言ったそうです。

    作者の原さんは慌てて「まだ診察室じゃないよ」と言ったそうですが、そのときエレベーターの中にいた人が、

    「わたしも同郷です」と声をかけ、

    一瞬にしてみんなから笑いがこぼれ、場が和やかになったということでした。

    そういえばこの作者は大阪ですが、

    おばあちゃんのボケに、

    乗ってくれる人がいたら、関係は病んではいないということになりますね。

    むしろ良好になる。和やかに、笑いさえ生まれるというすばらしい逸話でした。



    本来、介護の現場には、そうした人やさしさ、思いやり、じ〜んと来るあたたかさが溢れているんですよね。

    もちろん大変なことを数えだしたら切りがありませんが、受け止める角度によってずいぶん穏やかなものになるということです。


    理学療法士で介護者のカリスマの三好春樹さんは、

    「関係障害論」という説を唱えています。

    認知症の人に、障害があるわけではないんだ。

    認知症の人の行動は、確かにかつてとは異なるけれど、それは意思表示の表れなんだ。それを理解し、受け入れる人がいたら、認知症でも平穏な生活ができるんだという考えです。

    ものを投げつけたり、暴れる行動、その裏に隠された要望を読み解く力が問われているということなんですね。


    フランスの認知症に対する方法で、「ユマニチュード」というのがありますね。

    これも同じです。

    根柢にあるのは、病人や障がい者と決めつけるのではなく

    「ヒューマンのように扱う」ことから、ということです。





    エレベーターの短歌の感想を送ってくれたKさんは、

    「こういう優しさがあれば昨日のような事件は起きないだろうに」と書いてくれました。



    わたしも本当にそうだろうと思いました。



    問題は関係性にあるのではないか。

       【略】



    黒柳徹子さんだって、小学校中退だし、

    この間、水森亜土さんは左利きを無理やり治されたあまり吃音がでて、それを克服するために歌を歌い、ついでに絵描きになった(左利きだから両手で描ける)という話をテレビでみましたよ。サワコの朝で。



    早い話、みんなちょっとずつ障がい者だし、みんなそれをどうにか受け入れ、

    なるべくプラスに転化して、前に進んでいるのです。





    ボケられたら、ボケ返す。

    あるいはボケに合わせてのってみる。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    http://ameblo.jp/ayumimaru1155/theme-10000629634.html
  • [8] mixiユーザー

    2016年08月22日 20:34


    大宮信光の日記

    「万葉集、古今和歌集、新古今和歌集を具体例を挙げて比較せよ。」>に、まっとうに応える人もいるんだな。編集する2016年08月20日17:02
mixiユーザー
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  • 2016年09月04日 (日) 18:15-20:15
  • 東京都 杉並区高井戸地域区民センター
  • 2016年09月04日 (日) 締切
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