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開催終了SF乱学講座 「光源氏が愛した女性たち」 2016年7月の予定

詳細

2016年06月20日 01:15 更新

SF乱学講座2016年7月の予定

タイトル:光源氏が愛した女性たち

講師:講師 藤井悦子氏(源氏物語りを楽しむ会 主宰)

開催日時:2016年7月3日 日曜日 午後6時15分〜8時15分
参加費 :千円
会場  :高井戸地域区民センター
地図↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35%2F40%2F49.354&lon=139%2F37%2F11.256&layer=1&sc=2&ac=13115&mode=map&size=s&pointer=on&column=close

以上
*************************************************************************************
会場は、京王井の頭線高井戸駅のプラットホームから見えています。特大の煙突が目印です。
駅の改札口をでてすぐの歩道橋で、環状8号道路をわたって下さい。
そこから、井の頭線沿いの横道を少し入ると、建物の入り口がありますので、そこから入って奥のエレベーターで三階まで昇って下さい。

いつも近くで二次会をやっています。だいたい10時くらいまでです。

SF乱学講座はどなたでも参加できる公開講座です。

事前の申込は必要ありません。開催日に会場へ直接お越し下さい。

コメント(7)

  • [1] mixiユーザー

    2016年06月20日 07:41

     参加します。
  • [2] mixiユーザー

    2016年06月20日 19:50

    いいですねぇ!

    それにしても、<〈情報〉としての浮舟――欲望の沸騰点>で蒸発した欲望は、どうSFに液化・凝固されえるか、気になるところです。



    源氏物語=性の迷宮へ



    ゲンジモノガタリセイノメイキュウヘ

    著:神田龍身



    源氏物語=性の迷宮へ 表紙画像


    書籍シリーズの既刊一覧



    発売日 : 2001年07月10日
    定価 : 本体1,500円(税別)

    絢爛たる光源氏の物語を終えた後に、なぜ「続篇」宇治十帖が必要とされたのか。「性」の物語として読むとき、物語の隠された欲望が明らかになる。人間愛・死体愛・マゾヒズム――。「宇治」を持つことにより、「源氏」は異形の物語へと変貌する。古典文学の金字塔をラディカルに読み変える、「源氏物語」のポストモダン。

    序章 薫/匂宮――差異への欲望
    第1章 光源氏の物語から宇治十帖へ
    第2章 薫と大君――不能的愛の快楽
    第3章 さかしまの主人公――浮舟登場
    第4章 光源氏時代への挽歌――匂宮三帖論
    第5章 社会の欲望媒介装置=浮舟――交換される欲望
    第6章 〈情報〉としての浮舟――欲望の沸騰点
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーーー
    http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062582179
  • [3] mixiユーザー

    2016年06月21日 09:23

    執筆動機[編集]

    なぜ、紫式部はこれほどの長編を書き上げるに至ったのかという点についても、直接明らかにした資料は存在せず、古くからさまざまに論じられている。古注には、
    村上天皇の皇女選子内親王から新しい物語を所望されて書き始めたとする『無名草子』に記されている説
    藤原氏により左遷された源高明の鎮魂のために藤原氏一族である紫式部に書かせたという『河海抄』に記されている説

    などがある。近代以降にも、
    作家としての文才や創作意欲を満たすため
    寡婦としての寂しさや無聊を慰めるため
    式部の父がその文才で官位を得たように式部が女房になるため

    といったさまざまな説が唱えられている[46]。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E

    なんすねぇ。
  • [4] mixiユーザー

    2016年06月23日 22:26

    『源氏物語』は、紫式部の自己幻想だが、彼女自身が共同幻想でありそうだ。
    『源氏物語』は、対幻想だが、朝廷という共同幻想の場で繰り広げられる。



    ーーー以下転載ーーーーーーーーーーーーーーーー
    共同幻想(きょうどうげんそう)とは、複数の人間で共有される幻想である。

    日本の思想家である吉本隆明が用い、有名になった言葉である。吉本は、自分の共同幻想とは、マルクスの用語である上部構造と同じ意味であり、ただ手垢がついているから使いたくなかったと述べている。



    目次 [非表示]
    1 3つの幻想領域
    2 幻想論と疎外論
    3 上部構造(共同幻想)と下部構造(経済体制)の相対的自立性
    4 共同幻想と自己幻想の逆立
    5 基本文献
    6 参考文献
    7 関連項目

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%B9%BB%E6%83%B3
  • [5] mixiユーザー

    2016年06月23日 22:30

    『源氏物語』におけるアニマとアニムスとは、どうなっているのだろうか。




    アニマとアニムス Anima,Animus
    ーーー以下以上転載ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



    The State Hermitage Museum in St. Petersburg


    男性の中の女性像。(アニマ Anima)

    女性の中の男性像。(アニムス Animus)

    男性における女らしさ、女性における男らしさである。


    アニマとは本来ラテン語で〈魂〉を意味する語。スイスの精神医学者ユングが分析心理学の用語として用い,現在ではその意味で使用されることが多い。

    ユングは夢分析の際に,男性の夢に特徴的な女性像が多く出現することに注目して,そのような女性像の元型が,男性たちの共通のイメージ(普遍的無意識)に存在すると仮定し,それをアニマと名づけた。

    女性の場合は夢に男性像が現れ,その元型がアニムス (アニマの男性形) である。

    男性も女性も外的には社会に承認されるために、いわゆる男らしいとか女らしいという仮面(ペルソナ)をつけているが,内的にはその逆のアニマ (アニムス) のはたらきによって心のバランスを保っている。

    男性は大人になるにつれて、自分の中のアニマを排除しようとし、女性は反対にアニムスを排除することによって女らしくなろうとする。

    しかし人間は男女共に中年期になるとアニマとアニムスの統合が進み、アニマとアニムスの両方を受け入れるようになると考えられている。

     

    アニマ (アニムス) は共に肯定的,否定的なはたらきをもっている。しかしそれを可能な限り意識化して人格の統合をはかることが,個人の自己実現の過程であるとユングは主張している。

    その過程は創造的である一方、破壊の可能性も秘めている。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    http://www.d4.dion.ne.jp/~yanag/anima.htm
  • [6] mixiユーザー

    2016年06月23日 22:38

    2016年06月16日

    河合隼雄『源氏物語と日本人 紫マンダラ』が岩波現代文庫より発刊となりました


    このたび、岩波現代文庫から〈物語と日本人の心〉コレクション�機,離轡蝓璽困�発刊されることになりました。



    第一弾として発刊されるのは『源氏物語と日本人 紫マンダラ』です。



    源氏物語と日本人





    源氏物語とは、思えばすごい物語です。

    はるか昔に書かれた物語であるにもかかわらず、今でもほとんどの日本人がその名を知り、

    多くの人によって読み継がれています。



    しかしそうはいっても、源氏物語をちゃんと読んだことがない、という方も多いのではないでしょうか。

    実は、河合隼雄も長い間読んだことがなかったようです。



    「若いときに、人並みに挑戦ーと言っても現代語訳であるがーを試みたが、「須磨」に至るまでに挫折した。

    青年期にはロマンチックな恋愛に憧れていたので、それと全く異なる男女関係のあり方が理解できなかったのである。

    それは端的に言って、「馬鹿くさい」と感じられたほどであった。

    次から次へと女性と関係をもつ光源氏のあり方には腹立ちさえ覚えたのである。」(「はじめに」より)



    こんな文章を読むと、あーわかるわかる、河合隼雄って、本当に「ふつう」なんだなーと思わされて思わず安心してしまいます。

    概して河合隼雄は、専門知識のないところで、感覚を使って読んでいくのが得意なようで、

    源氏物語についても、これまでになされていなかった独自の読みを展開することになります。



    それが副題にもある「紫マンダラ」という視点なのですが、

    つまり、光源氏は中心にいるけれども実は影が薄いではないか、

    この男性は、いわゆる主人公などではなく、多様な女性たちを描き出すために存在するのではないか、というものです。



    光源氏は中心にいるようであって実は空虚な存在です。

    それはまさに「光」であって、さまざまな女性を照らし出す役割をとります。

    だからこそ、源氏物語では様々な女性の生き方が主役となって人々の心に残っていくというわけです。

    確かに源氏物語って、光源氏かっこいいわーという感想はあまり聞かれず、どの女性が好きだ、嫌いだ、と

    私たちは女性たちの方に心を動かされているようです。



    このような物語構造を河合隼雄は「紫マンダラ」と名づけたわけです。



    本書はそのような意味で学術的でもあり、心理学的な視点から物語を読むことのおもしろさが堪能できる、

    つまり、「ふつう」の視点から読んでもおもしろい作品といえるのではないかと思います。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    http://www.kawaihayao.jp/ja/information/publication/information/publication-1218.html

    が参考になりそうだな。
  • [7] mixiユーザー

    2016年07月13日 14:19

    円城塔「<ゲンジ物語>の作者、<マツダイラ・サダノブ>」

    2015-12-18 (金)

    自動生成的にプログラムされた、自分が虚構内存在であることを了解しているばかりか、読者に読まれる虚構文そのものであることを自認している作品になっている。
    パラフィクションの可能性がどこまで広がりをもつものなのか。
    そもそもメタフィクションほどの明確な定義を未だに持たされていないのを見ると、まったくの未知数の概念でいる。
    この作品は源氏物語における雲隠という光源氏の死去を著した巻、内容が散逸したとも、そもそも内容の存在しない題だけの巻とも言われているが、文章は存在せずとも、その成立以前にプログラムが組み込まれており、無内容にみえても実際に内包しているデータは0バイトではないのだという「行間」を描こうとしたかのような面白みをはらんでいる。
    村上龍とか自分の本一冊のために専用アプリつくれちゃうくらいの力と金のある人が自動生成要素をある程度もった文章を作ったら面白いのにね。
    歌うクジラで坂本龍一のBGMがかかるのもわるくなかったけど、それだったら別にサウンドノベルがずっとまえからあるからね。
    そうでないかぎりパラフィクションは「行間を読ませる」という行為の広がりを大きくしようとする試みの域を超えられないんじゃないだろうか。
    そういう意味では源氏物語の雲隠はすでにその極地に達している。 関連記事◦ 長野まゆみ「冥途あり」
    ◦ 上田岳弘「私の恋人」
    ◦ 辻邦生「安土往還記」
    ◦ 高橋弘希「朝顔の日」
    ◦ 古川日出男「女たち三百人の裏切りの書」
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
    http://ekubomoabata.blog.fc2.com/blog-entry-620.html
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