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開催終了4月27日(水)第119回 寺子屋

詳細

2011年04月25日 08:09 更新

4月27日(水)19:00 - 21:00  第119回 寺子屋

寺子屋 IN 福岡の内容は下記コミュで見れますよ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5233738

1)考える時間
2)学ぶ時間(仲間の意見から学ぶ)
  OUT PUT、IN PUT シェアー
3)存在意義、行き先を確認する時間
4)癒しの時間(クリーニング、感謝、深呼吸)

活人とは?: 活き活きと輝き 格好よく生きる(たまには格好悪いのもOK) 
人から必要とされる存在 人の役に立つ存在 誰かさんに喜んでもらう存在
頼られる人 認められる人 尊敬される人 感謝される人 感謝出来る人
人から愛される 大切な人を愛せる
心の平安  楽しく生きる 

何が自分にとって一番大切なものか?知っている。
全ての価値観が研ぎ澄まされる。中心軸がはっきりする。
ぼやけているものを、毎週クリアーにする。
毎日毎秒していることは、全てその一番大切なことに繋がることだと
意識出来て生きている。
日々の1歩の足跡には、ちゃんと意味がある生き方。

そんな生き方を目指します。

<復習>

20日の言葉・・・

まず自分と共に生きることを学ぶこと。
そうすれば、他人と一緒に生きられるようになるだろう。

**********************

自分が楽しむこと
自分が嫌がること

知っている様で、明確でない。

自分のことをもう少し良く理解し
自分がどんな人生を送りたいのか?
もう少し知ろう。
自分とコミュニケーションを取ってみよう。
他人ともコミュニケーションを取ろう。
コミュニケーションとはなんぞや?
同じを見つける

語源:
英語:communication = ラテン語:communis ( common, public, 共通の) communio(交わり, comm共に unio一致)+ munitare(舗装する, 通行可能にする)

参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

相手と自分の ”同じ” を見つける作業。
我々は ”違う” を見つける作業ばかりして
”違う” により、自分を正当化し、相手を批判・中傷する。

”同じ” を見つけあって、共感すると
いいコミュニケーションが取れる。

オムライス好き?
うん好き 俺も。。。

ミスチル好き?
うん大好き
私も・・・

将来は、南の島で暮らしたいなぁ
私も・・・

”違う” を見つける作業が発展すると
なんで・・・ あるいは どうして・・・から始まる疑問詞になる。
なんで、あなたはいつもそうなの?
どうしてそんなことが分からないの?

この形のコミュニケーションは、人間はよくやってしまう。
その結果、怒りや悲しみ、憎しみなどの感情に変わる。

自分と共に生きる。

そうしたら、
他人のことも
ほんの少し
分かってくるはず。

自分がどんなことを日々感じて生きているのか?
客観的に観れる能力。

自分がどんな人生目的、人生理念で生きるのか?
人のことをとやかく批判するより先ず、自分のことを先に考える。

自分を理解し
他人を理解し

そして、共に時間を過ごす。
相手が喜ぶこと、嫌がること
全ての欲求を理解し
そして、判断・選択する。

生存
愛と所属
力
自由
楽しみ

上記5つの基本欲求を理解し
共に成長し、相互依存しながら生きる(共生)
仏教では ともいき と言うが
ともに いきる ことの素晴らしさを 最大限楽しむことが
生きる意味となる。

自分ときちんと向き合って生きることは簡単ではないが
他人と共に生きるのは、もっと難しい。

全てのコミュニケーションには
動機がある。

例)
危険が近くにあることを相手に伝える。
餌があることを伝える。
喜びを伝える。
仲間からはぐれない様に注意をする。

人間の場合は、言葉がある。
言葉の裏には、本意も隠れている。
自分でない、もう一人の自分がいる。

動機や意図が自分でもはっきりしない場合もある。
コミュニケーションをとるといきに気を付けなければならないことがある。
相手に動機や意図本意が言葉とは別に伝わることがある。
愛があるものと 愛が含まれていないものがある。
慈しみが含まれたり、恨みや妬みが含まれることもる
自分を正当化する動機もある

聴く(言葉を受ける)側にも、コミュニケーションの受け方というものがある。
傾聴する。
いい加減に聞く
相手の気持ちを良く理解しようとして聴く

聞くにも3つある

聞く(Hearing)
聴く(Listening) 心の耳で14回聞く
訊く(Asking)

コミュニケーションと一言で言っても 奥が深い
きちんと コミュニケーションをしている様で
していないと 関係が崩れる。

コミュニケーションの積み重ねが人間関係を創る。
とすれば
いい人間関係は、いいコミュニケーションから成り立つ と言える。

コミュニケーションの定義は多種多様であるが、広義には、記号などの何らかの因子の移動を伴う、ある分けられる事象間の相互作用の過程を意味している。
コミュニケーションを発信と応答という観点から見た場合、ある個体のアクションに応じて別の個体にリアクションが生じた場合、両者の間にコミュニケーションが成立していることになる[2]。コミュニケーション行動の機能は、たんに情報の伝達にとどまらず、情動的な共感、さらには相手の行動の制御をも幅広く含んでいる[3]。
コミュニケーションの成立は、そのための適切な発信行動が取られたというだけではなく、受け手が適切なシグナル・媒体に注意を向け情報を受信した上で、さらに的確な理解をしているかどうか、という点にもかかっている。記号の解釈にあたっては、相補的関係にあるコンテクスト(非言語的な文脈)とコード(言語的な約束)とが参照される[4]。定められたコードを参照するだけでは、メッセージが解読できないとき(たとえば子供のコミュニケーション)、コンテクストが参照され、受信者による推定が加わる事になる[5]。
コミュニケーションによって、受け取られる、または伝えられる 情報の種類は、感情、意思、思考、知識など、様々である。受け取るまたは伝える ための媒体としては、言葉、表情、ジェスチャー、鳴き声、分泌物質(フェロモン等)などが用いられている。動物の媒体[6]と人間の媒体を比較すると、人間の媒体には(身体の動作、表情、フェロモンなどの動物と共通の媒体に加えて)言語がある、という点が異なっている。
コミュニケーションは、その相互作用の結果として、ある種の等質性や共通性をもたらすことも少なくない。[7]人間の場合は特に、他者に対して自分の心の状態を伝えることで働きかけるだけでなく、他者から受け取った情報により、相手の心の状態を読み取ったり共感したりすることも含まれる(他者理解)[8]。
語源 [編集]
英語:communication = ラテン語:communis ( common, public, 共通の) communio(交わり, comm共に unio一致)+ munitare(舗装する, 通行可能にする)
人間関係とコミュニケーション [編集]

イヌやネコも、イヌやネコなりにコミュニケーションをしているが、しかし人間みたいに、こまやかな関係をつくることはできない。「刎頚の交わり」という言葉があるが、これは首を切られても悔いが無いような親しい友人関係のことである。このような言葉があるほどに、人間は親密になることも可能である。なぜ、このようなことが可能なのか。 それは、ひとつには人間が「ことば」を使えるからであり[9]、お互いに「わかる」ことができ、共感(empathy)を持つこと、共感することができるからである[10]。
ひとりの人間の内部に発生している状態ときわめてよく似た状態がもうひとりの人間の内部に生ずる過程、それが共感である。例えば、誰かが「痛い」と言う。その「痛い」という言葉を聞いた時、聞いた人の内部ではひとつの過程が発生する。「痛い」という言葉によって表現されたからだの状態に似た状態を、聞き手はみずからの体験に即して想像する。聞き手はべつだんその部分に痛みを感じるわけではないが、「痛い」という言葉によって表現しようとしている身体の状態がどのような性質であるかを知っているのである[11]。また、共感はしばしば、生理的な次元でも起きる。例えば、母親と子供といったこまやかな関係においては、痛みはたんに想像上経験されるだけでなく、実際の生理的な痛みとして体験されることもある。子どもが「痛い」と言うたびに、母親もその部分が本当に痛くなったりするのである[12]。人は映画を見ている時など、登場人物が危機的な場面に陥るとハラハラしたり、胸がドキドキしたり(つまり心拍数が上がったり)、手に汗をにぎったりする。人間は、映画のなかの登場人物に自分自身を置き換えると言える。人間は「相手の身になる」能力を持っているのである[13]。[14]
ところで、ことばを用いた共感についてであるが、これは日常的に行われている平凡なことであるが、よくよく考察すると奇妙なものなのである。例えば、小説を読んでいるときの人間の心のうごきを分析してみると、前述のごとく、読者は作品のなかの登場人物の「身になって」物語を追う。これは平凡な現象である。だがしかし、よくよく分析すると、この物語とは何かというと、紙の上に点々と黒くしみついているインクのシミのあつまりにすぎぬ。人間はそれを文字という名で呼ぶが、物質的に言えば(実在という観点からは)、ただの紙とインクを見つめているだけなのである。例えば、仮に文字を知らない宇宙生物でもいて人間のやっていることを見たら、人間を珍奇な生物と思う可能性はある。なにしろ、紙の上のインクのシミを見て、ニヤニヤしたり、メソメソしているのだから[15]。つまり人間というのは、実在世界的世界の速記法として、記号の世界を泳ぐ能力を持っているのである。[16]
人間は記号によってうごく。そして人間同士は、記号を用いて互いに共感しあうことができる。共感の過程をコミュニケーションと呼ぶ[17]。
共感がつみかさねられてゆけばゆくほど、人間関係は深くなってゆく。人間関係はコミュニケーションの累積だと言ってさしつかえない。また、お互いに記号を交換しあうことなしに成立する人間関係というのは、ほとんど想定できない。何度も往復する手紙、繰り返されるデート、おしゃべり、会議など、恋愛関係であれ、友人関係であれ、取引関係であれ、およそ人間関係というのは記号、言葉の交換を通じて成立しており、「ことばをかける」ということは人間関係の基本的な条件である[18]。
非言語コミュニケーション(NVC) [編集]

アイコンタクトによりコミュニケーションする二人の人物(カラバッジオ 画 「フォーチュンテラー」)
人間はコミュニケーションを行う時、言葉を使い互いの感情や意思を伝えあってもいるが、「目は口ほどにものをいう」といった諺にも示されているように、言葉よりも、顔の表情、視線、身振りなどが、より重要な役割をになっていることがある。
日常的に人間は複数の非言語的手がかりを使いメッセージを伝達しあっている。これを非言語的コミュニケーション(nonverbal communication: NVC)という[19]。この非言語的なコミュニケーションは、意識して用いていることもあれば、無意識的に用いていることもある[20]。
顔の表情、顔色、視線、身振り、手振り、体の姿勢、相手との物理的な距離の置き方などによって、人間は非言語的コミュニケーションを行っている[21]。
コミュニケーションの難しさ [編集]
人間は、いくらことばをたくさん使っても、理解しあうことが難しい。対話は、人間の内部で起きているからである[22]。
ひとりの人間の内部には"もうひとりの自分"がいる。それは別の表現でいえば、"とりこまれた他人"ということでもある。ふたりの人間のあいだで進行しているようにみえるコミュニケーションは、実は、ひとりの人間の内部でのコミュニケーションでもある。ある学者は、この人間内部のコミュニケーションを「個体内コミュニケーション Intrapersonal communication」と呼んで、「対人的コミュニケーション Interpersonal communication」と区別した[23]。
個体内コミュニケーションがうまくいっていない例をひとつ挙げると、ワンマン的な社会関係、社会学者が言うところの「権威主義」的な社会では、ワンマンは"もうひとりの自分"を持っていないので「理解」能力のない人と呼ばれる。多数の人は、"もうひとりの自分"におしひしがれてしまっている。わからずやの方には、なんらかの自己満足があるものの、ハイハイと言っている側の人間には何の喜びもない[24]。
「人間関係」も参照
経営のコミュニケーション [編集]

経営のコミュニケーションは「人、物、金、情報」といった経営資源の一つとして位置づけられる。その中心にマーケティング・コミュニケーションがある。従来マーケティングミックスの4Pの一つ、「プロモーション」に代わって、最近マーケティングミックスの4Cの一つとして「コミュニケーション」が注目されている。共生マーケティングは企業の社会的責任や顧客満足を重要視したもので、そのフレームワークに7Cs COMPASS MODELがあり、4C(Commodity(商品)、Cost(コスト)、Communication(コミュニケーション)、Channel(流通経路)の中のコミュニケーションをその中心に据えている。また、統合マーケティングコミュニケーション(IMC)も、マーケティングの中のコミュニケーションとして位置付けられている。  
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
動物のコミュニケーション [編集]

詳細は「動物のコミュニケーション」を参照
動物のコミュニケーションとはある個体の行動で、現在あるいは将来に他の個体の行動に影響を及ぼす物と定義されている。動物のコミュニケーションは種に共通しているが固定的ではなく、発信者の置かれた状況によって柔軟に変化する。またコミュニケーション信号のやりとりは同種間だけでなく異種間でも行われる。
コミュニケーション信号が交換されるとき、それは双方がそのやりとりから利益を受け取っていることを意味する。別種間、特に利害が相反する捕食者と被食者が、コミュニケーションによってどのように利益を得ているかは激しい議論がある。
分類 [編集]

コミュニケーションは様々に分類が可能である。言語/非言語で分類すれば次のようになる。
非言語コミュニケーション
ボディーランゲージ
サイン(合図)
言語コミュニケーション
用いられる感覚器で分類すれば次のようになる。
音声コミュニケーション
会話、警告音、威嚇音、求愛のさえずり
視覚コミュニケーション
筆記、手話、アイコンタクト、威嚇行動、求愛のダンス、ミツバチの8の字ダンス、ホタルの発光
嗅覚コミュニケーション
フェロモン状物質の分泌

<予告>

27日の言葉・・・

『心配事が心に浮かんできたなら、立ち止まって祈ることだ。』

********************

生きていると、いろいろな心配事がある。

例えば・・・

このまま健康でいれるだろうか?
会社は潰れないだろうか?
財産は失わないだろうか?
愛する人、仲間はいなくならないだろうか?
仕事はうまく行き続けるだろうか?
今ある幸せが壊れないだろうか?
自分にピッタリ合う伴侶は本当に見つかるのだろうか?
このまま、ただ年をとって行くのだろうか?

心配事は何故現れるのだろうか?
心配事はどこから来るのだろうか?

何故、人は不安と恐怖を持つのだろうか?

心配事“入り口に立つ門番”(恐れ)にまつわるお話をご紹介します。

まず最初に遭遇するのはこの門番です。

道を突き進むためこの門番をやっつけなければなりません。
これはテストのようなもので、テストは合格しなければなりません。

『この門番はあなた自身です。』

このひどい怪物とは、あなたの持つ最もひどい恐れの幻影なのです。

内在する悪魔を手放せばこの門番に打ち勝つ事ができるとしています。
打ち勝つというより門番は消滅するのです。

だからこそ、伝統的な精神修行として、明晰さと人間としての質、

例えば謙虚さ、許し、愛を向上することに重点を置くのです。

この入会式に失敗はありません。
テストに合格できなければ、合格するまで単にレッスンが繰り返されるだけです。

覚えておいてください、門番はただの幻想です。
もしあなたがこの幻想や思い込みそして恐怖を手放すことができたら、門番は消えてなくなるのです。 
あなた方一人ひとりはそれぞれたった一つの責任を今回の生において持っています。
その唯一持って生まれた責任とはあなた自身の人生に対する責任です。

困難、敵、あるいは仮想外的(外敵?)をあなたの周りの世界に見つけた時、
あなたの内にある世界を見てください。
そこにもそれらはいるはずです。

あなたがもしそれらの概念をあなたの内なる世界から消し去ることができたら、
まるで魔法のように、あなたを取り巻く外の世界が、あなたのする経験が、あなたの認識がシフトしはじめます。

またそれこそがはあなた方一人ひとりに要求されているものです。

さぁ、前に進み自らの人生を完璧なる喜びの最高傑作としなさい。

道具は与えられ、パワーも与えられ、
そして必要とされ得るすべてはあなたのために用意されています。

あなた方のそれぞれが実際に行動に出ることです。
行動することによってあなたの世界は変わり、そして大きな世界も変わるのです。
恐れの対象となるものはあなたの中に何も残っていません。
その対象とは恐れそのものーなのです。

この恐れこそがこの世界にいまだ残る最後のそして最大の悪なのです。

あなたの精神体、感情体からそれらを消し去りなさい。
そうすればあなたの人生から恐れが消えます。
恐れこそが残された最後の敵です。
そしてそれはあなた方の内に存在するのです。

残されていることはあなた方が喜びのテストに合格することです。

ある天使からのメッセージより・・・

許しの法則
親切の意味
私欲と大欲について

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