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開催終了5/26【兵庫】☆大楠公御殉節六百七拾年大祭☆

詳細

2007年05月05日 11:47 更新

☆皇統の未来を守るオフ@神戸☆
☆大楠公御殉節六百七拾年大祭☆

●日時:平成19年5月26日(土曜日)午後3時集合

●集合場所:湊川神社表門(神戸市中央区多聞通3-1-1)=写真右
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi4421607070428222313

●アクセス:阪急神戸本線・阪神本線・山陽電鉄本線「高速神戸」駅前(東口)
 JR神戸線「神戸」駅より北徒歩4分
 神戸市営地下鉄山手線「大倉山」駅より南徒歩5分
(新幹線の方は「新神戸」で地下鉄山手線に乗換え、「大倉山」で降りると便利です)

●趣旨:本年は、摂津国湊川に大楠公(楠木正成公)が御殉節された延元元年より六百七十年目にあたり、御殉節の地・湊川神社に於いて「大楠公御殉節六百七拾年大祭」が斎行されます。当大祭にあわせて修復工事の成った御社殿や、「嗚呼忠臣楠子之墓」で知られる大楠公御墓所への参拝、大楠公御殉節地(戦歿地)や宝物殿、楠公武者行列(神輿渡御)の拝観を通じて、大楠公不滅の尊皇精神を学ぶよすがとしたいと思います。

●次第:湊川神社表門で集合ののち、宝物殿(大楠公御真筆「法華経奥書」や伝大楠公御着用段威腹巻を所蔵)拝観、大楠公御墓所「嗚呼忠臣楠子之墓」参拝、徳川光圀公銅像見学、御社殿社頭参拝、大楠公御殉節地拝観、楠公武者行列還幸拝観等を実施。その後、近辺で直会。

●雨天:断行。

●費用:無料。但し賽銭・宝物殿拝観料(300円)等は各自ご用意下さい。直会参加者は飲食代適宜。

●当日連絡先:090-9273-5667
 当日の14:00〜直会終了時まで繋がります。メール、ルス電不可。

http://www.angelfire.com/journal2/hikojuro/

コメント(9)

  • [1] mixiユーザー

    2007年05月09日 23:54

    「湊川神社参拝記」〜拙日記より〜

    今日は、電車の中で資料を読み込むため、湊川神社に行ってきました。
    湊川神社は、楠木正成公(大楠公)、楠木正行公(小楠公)及び湊川の戦で殉節された楠木正孝卿以下御一族16柱ならびに菊池武吉卿を御祭神とし、摂社甘南備神社(御祭神 大楠公夫人)を持つ神社です。楠木正成達が、延元(1336年)5月25日、足利尊氏直義の大軍と御醍醐天皇を護るために、湊川でわずか700騎あまりの手勢をもって戦い破れ自害した場所に、元禄5年(1692年)に徳川光圀が楠木正成の墓所を建立し、明治5年(1872年)に明治天皇の命によって湊川神社が建立されました。
     
    楠木正成という国民的英雄の物語は、戦後の一時期は、天皇への忠義を強要する悪しき戦前の象徴的存在として不当な評価を受けていましたが、現在は、大衆の中から生まれたチャレンジャーという新たな英雄の物語に変化し、それなりに高い評価を受けています。
    私は、楠木正成が、大衆の中から生まれたチャレンジャーであることは正しいと思いますが、やはり天皇の存在抜きでは語ることはできません。

    楠木正成の歴史的業績は、後醍醐天皇の命を受け、北条執権家が支配する鎌倉幕府の大軍を赤坂城の戦いと千早城の戦いで大いにてこずらせ、鎌倉幕府の統治能力の低下を天下にあらわにし、足利尊氏、新田義貞らに鎌倉幕府討伐の挙兵を決意させ、鎌倉幕府を滅亡させ、鎌倉幕府によって隠岐の島に配流されていた御醍醐天皇が再び京都に帰ることに貢献し、建武の新政のきっかけをつくったことにあるでしょう。
    ここで、何故、河内の一土豪に過ぎない楠木正成が、御醍醐天皇から鎌倉幕府討伐の命を受けることになったのか、歴史的事実がよくわからないのですが、「大楠公後一代記」では、御醍醐天皇は、「御夢」の知らせにより楠木正成を召しだされ、国を救うため、力をつくすよう命じたとなっています。現代人である我われからしてはありえない話ですが、天皇と一介の土豪との忠孝の関係ができあがる物語としては非常に美しい話ではあります。

    忠孝の精神は、相互関係が無い限り成り立ちえません。そこで、現代の天皇と一般国民との関係で、果たして忠孝の精神が成り立つのかという問題が生じます。日本の国柄を護るために、天皇制を護持する、女系天皇を排し男系による万世一系の皇統を護持するとは言えますが、天皇陛下を御守するためにそうするのであるとは言えません。
    現代の天皇と一般国民との関係で忠孝の精神が成り立つのは不可能であり、自らは勤皇の志士と思っていてもそれは一方的な片思いにしか過ぎません。これは近代天皇制の特徴といえるでしょう。
    私には、天皇に対して忠孝の精神を抱きたいという願望はありませんが、そういう願望がおおよそ不可能である現代は、浪漫無き時代と言えるでしょう。

    しかし、不可能を可能にするかもしれないきっかけを造ったのが、女系天皇を容認する皇室典範改悪問題です。この問題は、当初ほとんど国民的関心を引きませんでした。ところが、旧宮家出身の竹田恒泰氏、三笠宮寛仁親王殿下のご発言、秋篠宮妃の御懐妊という皇族方の積極的な動きにより、一挙に国民的関心を引き、一部の市民達が女系天皇反対運動のために立ち上がりました。
    皇族方の積極的な動きを、「御夢」をきっかけとした勅令と考えれば、双方が面会することは無いが、抽象的ではあるが一方的な片思いでも無い忠孝の精神が成り立つ素地が出来上がったと言えるのかもしれません。

    ところが、不思議なことに、女系天皇反対運動では、武士道なり忠孝の精神を叫ぶ既存右翼団体や神道団体がほとんど立ち上がらず、私のような概ね保守的人生観を持っているに過ぎない一般市民達が立ち上がっています。ひょっとして我われこそが楠木正成一党であり、既存右翼団体や神道団体は、足利尊氏や新田義貞のように、鎌倉幕府である現代日本統治機構の統治能力がいかほどのものか様子見をしているのかもしれません。そうであれば随分なさけない話です。



    「青葉茂れる桜井の」
    「桜井の訣別」
    落合直文作詞・奥山朝恭作曲

    青葉茂れる桜井の
    里のわたりの夕まぐれ
    木(こ)の下陰(したかげ)に駒とめて
    世の行く末をつくづくと
    忍ぶ鎧(よろい)の袖(そで)の上(え)に
    散るは涙かはた露か

    正成(まさしげ)涙を打ち払い
    我子(わがこ)正行(まさつら)呼び寄せて
    父は兵庫へ赴かん
    彼方(かなた)の浦にて討死(うちじに)せん
    いましはここまで来(きつ)れども
    とくとく帰れ故郷(ふるさと)へ

    父上いかにのたもうも
    見捨てまつりてわれ一人
    いかで帰らん帰られん
    この正行は年こそは
    未(いま)だ若けれ諸共(もろとも)に
    御供(おんとも)仕(つか)えん死出の旅

    いましをここより帰さんは
    わが私(わたくし)の為ならず
    己れ討死為さんには
    世は尊氏(たかうじ)の儘(まま)ならん
    早く生い立ち大君に
    仕えまつれよ国の為め

    この一刀(ひとふり)は往(いに)し年
    君の賜いし物なるぞ
    この世の別れの形見にと
    いましにこれを贈りてん
    行けよ正行故郷へ
    老いたる母の待ちまさん

    共に見送り見返りて
    別れを惜む折りからに
    復(また)も降り来る五月雨(さみだれ)の
    空に聞こゆる時鳥(ほととぎす)
    誰れか哀(あわれ)と聞かざらん
    あわれ血に泣くその声を

    http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/aobashigereru.html
  • [2] mixiユーザー

    2007年05月15日 02:28

    仕事の都合がつきましたので、参加させて頂きます。
  • [3] mixiユーザー

    2007年05月23日 18:18

    すいませんが急遽参加できなくなりました。
    ご成功をお祈り申し上げます。
  • [5] mixiユーザー

    2007年05月24日 19:46

    ミクシィ天気予報では、26日の兵庫県はずっと「雨のち曇り」でしたが、今日ついに「晴れ」予報に変わりました。

    いざ、非理法権天旗ひるがえる湊川へ!
  • [6] mixiユーザー

    2007年05月24日 22:02

    所用により遅れますが(というか時間不確定なのですorz)、終了までには必ず参加させていただきます。
  • [7] mixiユーザー

    2007年05月25日 23:51

    御一緒させて頂きます。
  • [8] mixiユーザー

    2007年05月27日 01:31

    今、帰りました、本日はありがとうございました。

    甲子園口付近で人身事故とかで
    一時間十五分、三宮駅で停まってました。
    皆さんと十時にお別れして三時間二十分・・・疲れました。

    事故の詳細は判りませんが、事故に遭われた方の無事を祈ります。
  • [9] mixiユーザー

    2007年05月28日 17:23

    ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

    参加者は、初参加の方4名を含む11名でした。初参加の4名はいずれも兵庫県在住の方です。

    五月晴れの空の下、当日午後3時に湊川神社表門に集合し、楠公武者行列の還幸を待つ人々で賑わう境内へ。まず境内向かって右手の大楠公御墓所「嗚呼忠臣楠子之墓」に参拝し、同墓を建立された徳川光圀公の銅像を見学したのち拝殿に向かいましたが、ちょうどそこへ神輿を奉じた武者行列が還幸して来たため、武者行列と神輿還御の模様をしばし拝観。

    武者行列が全て還ってきたあとは拝殿前が非常に混雑していたため、先に宝物殿に入ることとし、大楠公御真筆「法華経奥書」や伝大楠公御着用段威腹巻など大楠公所縁の品々や、狩野探幽、横山大観、棟方志功ら錚々たる大家の手になる美術作品等を拝観。

    宝物殿を出るころには拝殿前の混雑も収まり、つい先日大修理が終わったばかりの御社殿に一同で参拝しました。そして、御社殿後方の大楠公御殉節地(楠木正成公戦歿之地)に進み、祭りで賑わう境内の喧騒が嘘のような森厳たる空気の中、大楠公不滅の尊皇精神を偲び黙祷を捧げました。

    その後、様々な露店を物色しつつ境内をあとにし、JR神戸駅前の居酒屋で直会、さらに三宮の小料理屋に移動して懇親会を開きました。
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  • 2007年05月26日 (土) 午後3時
  • 兵庫県 湊川神社
  • 2007年05月26日 (土) 締切
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参加者
4人