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開催終了子供達に伝えたい話がある。戦火に散ったプロ野球選手

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2010年06月24日 22:46 更新


山田雅人が「かたり」という舞台を行っています。
少年野球の子供達に ぜひ 聞いてほしい話なので告知させていただきました。
夢を追いかけられない時代に夢を一生懸命追いかけ最後の最後まで夢をあきらめなかったプロ野球選手のお話です。


■『戦火に散った プロ野球選手』(昼の部)
  
8月は、6日に広島、9日に長崎に原爆が投下された日であり、15日に終戦を迎えた
日本にとって、戦争の記憶を忘れてはならない、とても意味のある時期にあたる。
山田には子供たちに戦争を伝えるための、実話がある。
山田のかたりでどんな世界が繰り広げられるのか、観客はかたずをのんで耳を傾ける。  
そこで繰り広げられるのは・・・

「戦火に散ったプロ野球選手」
  プロ野球選手で戦火に散ったのは69名。その中には一時代を築いた名選手もいる一方、プロ入りわずか2打席で未来を断たれた選手もいる。
未来ある若者の夢を一瞬にして奪った悲劇。過ちをもう二度と決して犯してはいけない。
  戦火に散ったプロ野球選手の思いを山田雅人が蘇らせ、これからの未来ある世代に語りつぐ。

「貞子ちゃんのお話」
  2歳で被爆し、12歳で亡くなった女の子、貞子ちゃんの生涯。
  貞子ちゃんのあまりにも短い生涯。でもひたむきに生きた女の子の話。

■『戦火に散ったプロ野球選手』(夜の部)
  
「享年27 東シナ海に散った、伝説の名投手・沢村栄治」
  巨人創世記のエース・沢村栄治。17歳で巨人に入り、数々の栄光を築いた名投手は20歳の時に最初の出征を命ぜられる。生きて帰り、巨人へ戻るも、戦争で手りゅう弾を投げ続けた右肩は壊れ、160キロとも言われたその剛速球は見る影もなくなっていた。
  2度目の出征でも生還したが、27歳で3度目の出征を受け、海軍としてフィリピン沖海戦へ参加、東シナ海に沈んだ。享年27。

「享年22 特攻に散った石丸進一」
  その沢村の2度目の巨人時代にともに戦った、名古屋軍のエース・石丸進一。まるでかの桑田真澄のようにたぐいまれな運動神経とコントロールでノーヒットノーランを達成。その3日後、学徒出陣で海軍に入隊。自ら特攻を志願し、鹿児島・鹿屋特攻隊で出陣。享年22。

「享年22 もう一人の特攻隊 渡辺静」
  プロ野球選手で戦火に散ったのは69名。その中には沢村栄治、景浦将、石丸進一と一時代を築いた名選手もいる一方、プロ入りわずか2打席で未来を断たれた選手がいる。朝日軍・渡辺静。
  19歳でプロ入り。同時期に活躍していた沢村、石丸との対戦を夢見ながら、半年後やっと回ってきたプロ初打席は三振。第二打席は内野ゴロダブルプレー。プロ野球 選手として残る記録はたったこの2打席。陸軍に召集され、鹿児島・知覧特攻隊に所属。石丸が出撃を待った鹿屋とは桜島をはさんで反対側にいた。プロ野球選手で特攻隊で散ったのは、石丸とこの渡辺の二人しかいない。渡辺の実家には出撃を待つ知覧でつづった日記が残っている。特攻を志願した決意。一度目の出撃日が延期され、運命の弄ばれる22歳の心の葛藤。そして、ついにきた出撃前夜の最後の言葉・・・

毎年 8月に行っています。
涙涙ではなく 明日からがんばろう〜と思える舞台でした。

今、小学校や 中学校にも呼ばれているみたいです。

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  • 2010年08月11日 (水) 14時30〜    19時〜
  • 東京都 青山円形劇場
  • 2010年08月11日 (水) 締切
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参加者
1人