mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

開催終了《ふたつめのあきのひ》

詳細

2010年10月29日 13:04 更新

 
☆10月31日(日)
《ふたつめのあきのひ》
開場 12:00
開演 12:30
・予約A 2,000円(ランチ&1ドリンク付)
※ランチは、牛スジライス・デミハヤシ・タコライスから1品お選びください。
・予約B 1,500円(1ドリンク付)
出演:
■カウチポテト
■ノーザン★スター
■こいこじゅん
■湊夏花


 

コメント(14)

  • [1] mixiユーザー

    2010年10月19日 06:06

    いよいよ来週です!予約受付中〜♪
  • [2] mixiユーザー

    2010年10月21日 09:48

     
    今年の“あきのひ”は俺の文章をあきのひメンバーの4人がひとつの表現に仕上げていく。

    あくまでも俺の文章は素材に過ぎない。

    RINCOLOへの想いを断ち切らなければ、あるいは想いを“表現”にまで昇華させなければ、観客不在の独りよがりでつまらないものになるだろう。

    去年は名のあるちゃんとした詩人の書いた「あきのひ」という詩に4人が各々の曲を付けるという手法だった。

    これは4人がライバル関係というシチュエーションを作りだし、なかなか緊張感ある面白いものに仕上がった。

    今年は4人対RINCOLOという図式。

    当初、あきのひメンバーから詩の依頼を受けたときに「詩は書けない」ということを前提に引き受けた。去年とは違うものにしなければ二番煎じになってしまうし、第一、昨年のホンモノの詩人が書いたハイレベルの詩など俺に書ける訳もなく…こちら側の土俵に引っ張ってこなければ百戦錬磨の4人と互角にならないではないか。

    まぁあきのひメンバーのことだから甘えたそぶりを見せながら、相当なものを創り上げてくるだろう。

    RINCOLOに甘えることなく期待以上のものを期待している。



    ☆10月31日(日)
    《ふたつめのあきのひ》
    開場 12:00
    開演 12:30
    L.C. \1000
    (+1drink order)
    出演
    ■カウチポテト
    ■ノーザン☆スター
    ■こいけじゅん
    ■湊夏花
    ※俺の文章(素材)はあきのひ特設ホームページに掲載されています→http://www.geocities.jp/auditorium_std_no20051/akinohi/




     
  • [3] mixiユーザー

    2010年10月21日 13:31

    時間が間違ってましたねー(^_^;)
    開場 12:00
    開演 12:30

    が正確です♪
  • [4] mixiユーザー

    2010年10月29日 13:08

     
       あきのひ



     2004年秋は生涯忘れえぬ季節となった。
     思い出などというにはあまりに生々しく今も俺の脳裏に鮮明に焼きついている。この秋、この年、この出来事を越える山場が再び俺の人生に訪れるだろうか?



       【1】

     2004年夏のある日、当時勤めていた会社に辞表を提出した。会社に…というより戦友ともいえるほど同じ時間を過ごした同僚に義理を通したかったから辞 表はみんなに迷惑を掛けないよう3ヵ月前に上司に渡した。嫌な奴もいたけど、それ以上に世話になった先輩や後輩がたくさんいたから。

     サラリーマン時代からたまに常連として呑みに行っていた“大さん”というお 好み焼き屋があった。ママが一人で切盛りしていた。“大さん”こそがRINCOLOの前身であり、今も看板に残る“鉄板焼き”の文字はその時の名残なのだ。そしてこの時のママこそがリンコロのママさんである。

     サラリーマンを辞めようと思ったきっかけはその夏の初めにママが「お店を止める」と言ったので「じゃぁ俺がやる」と言って、会社でも人並みのポジションにいたけど先の辞表を提出したわけだ。

     この時もいつもと同じように先のことなど全く考えず衝動だけに突き動かされた。後先考えずに行動するのはいまだに変わらない。人生の転機なんてこんなもんじゃないハズだけど俺に関してはこんな軽率な感じだった。

     この年の春には下の子供が無事に高校を卒業し、それと同時に離婚していた。離婚の原因はやっぱり俺が自由に生き過ぎてきたから。普通の生活を望んだ前妻もさすがに嫌気がさしたのだろう。

     お好み焼き屋だった“大さん”の頃は純和風のお店だったが当時を知る人は今はほとんどいない。かつてのカウンター席の基本色は茶色。障子が張ってある和風の照明がカウンター上部に吊る下がっていた。現在の奥のライブスペースとして使っている部屋は畳が敷いてある座敷の宴会場だった。サラリーマン時代は何度かここで宴会も行った。



       【2】

     会社を辞めてからも暫くはお店の客として足を運び呑んでいたのだが20年以上働き続けてきたので何もしないというのは何となく落ち着かないものだ。企業戦士というほど真面目に働いてきたわけではないけど、男は働くものだという人間の本能みたいなものなのだろうか。本来怠け者のはずなのだが…。

     失業手当の支給が終わってから店を始めようと思ったけど、たまにカウンターの中に居る自分がいた。口下手だし頭の回転も悪いので接客が向いているとは思わなかったけど俺が知ってるロックバーのマスターはメチャメチャ陽気かメチャメチャ無口かの二通りだ。もちろん俺は後者のスタイルで行こうと決めていた…というより後者しか選択肢がない。

     当時から流行らない店だったからお客さんがゼロなんて日は珍しくなく、そんな日は俺が客になり「これでお客さんゼロじゃないね」なんてママと二人で笑ってた。

     今思うと子供のままごと遊びみたいなものだけど、この時はこの時で楽しかっ た。



       【3】

     大さん時代のお客さんはおよそロックとは程遠い年配の方が多く、というか年配の方しかいなかった。でもお構いなしに無愛想な顔でガンガンにロックとか流していたから、そりゃ年配の方の足も自然に遠退く。

     お客さんと呼べるのは、たまに来るバンドのメンバーくらいだった。そしてバンドのメンバーの紹介で今となっては大恩人の大工の天野さんと出会った。またまた転機がどこからともなくやってきた。知らず知らずのうちに。

     店の名前を変えたのはこの頃だったかもしれない。よく店の名前の意味を聞かれるけど、世の中のものに意味など要らないものだって存在してもいいんじゃない?と思っていた。大切なのはオンリーワンであること。ネットで“RINCOLO” と検索したら俺の店しか出てこないなんてカッコよくないか?“RINCOLO”という宇宙でひとつしか存在しないオンリーワン。

     またまたある日、大工の天野さんがチープな店の造りを説明してくれていたかと思うと壁や天井のクロスを剥ぎ始めた。

     ベリベリ剥いだのはいいけど営業中だぜ!しかも剥ぎ方が中途半端なので剥ぎかけたクロスがあちらこちらで宙ぶらりん状態。

     明日からの営業はできないな・・・そして休業を余儀なくされ店の改装をせざるをえなかった。人生の中でも最低で最高の「あきのひ」が始った。




     
  • [5] mixiユーザー

    2010年10月29日 13:14

     
       【4】

     会社は自己都合だったから退職金なんて安いものだった。バブルが崩壊して20年以上経っても世の中は一向に良くならないどころか悪くなる一方だけど俺には関係なかった。子供も大きくなり家庭を離れ好きな音楽がたくさん聴ける状況は羨ましがられるけど決して幸せなことばかりじゃない。それでも音楽が苦痛にしか感じられなくて、二年間まったく音楽と接しなかったときと較べたら今は少しは幸せなのだろう。そもそも幸せってなんだ?日本に生まれ普通に生きているだけでも恵まれているのに…。

     当然、金なんて無いから出来ることは全部自分でやることにした。看板は大さん時代の看板を黒に塗り替えパソコンの文字を何度か拡大コピーしてそれに合わせて発泡スチロールを切って貼り付けた。何ヶ月もつのかな?なんて思っていたけど何年ももっている。スゲーと自画自賛。

     もちろん自分ひとりで何もかも出来るわけない。大工の天野さんが休日を返上して壁や天井など職人しかできない箇所の作業を難なくやってくれた。さすがに職人だし道具も揃っているので仕事が早い。その他にもママさんはじめバンドのメンバーや仲間が手伝ってくれた。
     床は友人であり先輩でもある内装屋さんの仕事だ。シカゴにあるチェスレコードのチェッカーボードラウンジみたいにしたかったのでホワイトとブラックと決めていた。

     バンドの連中はカウンター上部のレンガ風タイルの貼り付けを仕事が終わった後、夜な夜な手伝ってくれた。

     RINCOLOママはタイル貼りの他にも流し台の壁にセメントを塗ってくれた。

     カウンターの後ろの和室は昭和の四畳半にロック兄ちゃんが住み着いているイメージだったのだが今はだいぶ変わってしまった…。

     茶色い木目の、いかにも昭和の匂いがするカウンターはとりあえず黒いスプレーで塗ってしまった。最近は各所で黒い色が剥がれてきてしまったが素人の作業なのでしかたないか…。




     
  • [6] mixiユーザー

    2010年10月29日 13:15

       【5】

     ビレッジヴァンガードのように雑貨がゴチャゴチャしているのが大好きなのでリサイクルショップに行ってはくだらないものを買い漁った。これまた今思うとずいぶん不要なものばかり買ったのだが役に立たないものの価値が分からない奴に値段のつかない音楽の価値など分かるわけもない。

     そして20代の頃からずっと欲しかったものがあった。アメリカ映画なんかに出てくる場末の酒場に何気なく置かれているジュークボックス。

     「欲しい!」と思ってもなかなか買えなくて結局一生手に入らないものはたくさんある。そしてそれらはたいがい生活に必要のないものなのだ。きっと、いや間違いなくジュークボックスもそうなのだろう。

     退職金も残り少なくなってきたし「今買わなければ!」と思った。どこにいけば手に入るのか皆目見当もつかなかったが友人がネットで検索してくれて何軒かのお店を調べてくれた。



       【6】

     2004年の秋もずいぶん深まり木々の色も鮮やかな赤や黄色に染まっていた頃、そのジュークボックスを求めてRINCOLOママと二人で東京に向かった。この頃には店内の改装もだいぶ進んでいたような気がする。ちなみにこの時はまだ奥の宴会場は和室のまま手付かずだったし、ここまで改装しようとは思っていなかった。東京はまだほんの少し暑かった。

     最初に中古を扱っている代々木のお店で見たのだかピンとこなくて電車を乗り継ぎ南小岩にある“大和音響”というお店に着いた。地図を頼りにようやくたどり着いたそのお店は想像していたよりずっと小さく佇んでいた。

     一階の店内には様々な年代のジュークボックスが所狭しと置かれていた。1970年代にボーリング場なんかでよく見た四角いものから見たこともないような形のものまで・・・心が躍った。ジュークに入っている曲を見ると昔のフォークや演歌など時代を感じさせるのもばかり。久しぶりにウキウキする感覚。

     ジュークボックスを修理していたおじさんが出てきてジュークについて興味深い話をたくさんしてくれた。初対面の怪しげな風貌の俺なのにとても親切に応対してくれて、なんだか縁みたいなものを感じた。

     ひとしきりおじさんが話をしてくれた後、用件を告げるとおじさんが案内してくれ、暗くて狭い急な階段を登り二階の事務所に案内された。

     しばらく待つと紳士な感じの人が現れ名刺を渡された。名刺には“代表取締役”と書かれていた。高額な買い物なのだ。アポなしで来る客など滅多にいないのだろう。ずいぶん驚かれていたが社長もおじさん同様、とても優しく応対してくれた。

     アメリカ製の類似品でロックオラというメーカーのジュークがあるのだけど社長はワリッツァーというドイツ製のジュークを勧めてくれた。映画に出てくるのはこのワリッツァーなのだ。俺もここまできて妥協はしたくなかったのでかなり高額だったけどワリッツァーに即決。

     ドイツから輸入するのに一ヶ月かかると言われその日は手付金を支払い契約を交わした。人の親切の裏には悪がつきまとうものだということも知っている。が、ここなら信じられると思った。良い人ばかりでもないけど悪い人ばかりでもな い。

     一階に降りると先ほどのおじさんが「壊れたらいつでも俺が行ってやる」と力強く言ってくれたものだから俺も心強かった。そのおじさんは本物の職人だけが持つオーラを放っていた。

     社長は駅まで送ってくれ、俺たちの姿が改札口に吸い込まれ消えるまで見守ってくれた。

     共通する“物”や“事”を想う者同士の心は共鳴するものだ。見送ってくれている社長の姿がうれしくて感謝の気持ちでいっぱいになって俺たちも社長の姿が見えなくなる寸前に手を振りお互いに一礼して南小岩を後にした。




     
  • [7] mixiユーザー

    2010年10月29日 13:18

     
       【7】

     秋がもうすぐ終わる頃、泣きそうになるほど大変だった改装がみんなの協力のおかげでようやく終わった。南小岩に行ったときから一ヶ月経っていた。

     実は店の営業を再開したのがいつだったのかはっきり覚えていない。覚えているのはやはりお客さんが来なかったことだ。たまに来てくれるのは身内やバンドの連中や天野さん・・・。そりゃそうだ。広告も告知も何もしてないのだ。ジュークボックスでお金を使い果たし広告を出すお金など残っていなかった。

     この頃はライブなどは演っておらず飲食店として営業していた。酒の種類も今の数倍あり保健所の許可も取った。しかしバタバタしている中の出来事だったので名前の登録をしたのがいつなのかも記憶にない。

     2004年12月7日。悲願のワリッツァーがドイツから空港を経てRINCOLOに到着した。どデカいトラックの暗い荷台の中でダンボールに覆われ紐で縛られていた。 心の中で「もうすぐだから」と呟いたのを覚えている。

     ワリッツァーを荷台から降ろす作業は大変な上、店の前の道路は狭いのでトラックが道一杯の幅をとって停車していたため15分ほど通行止めの状態になってしまった。車の中のおばちゃんが文句を言う。ママが謝る。俺は手伝おうとしたが 「危ないから」と止められた。あの時のおじさんだった。

     ようやく店の中に納まり電源を入れると妖艶な光を放ちワリッツァー特有の泡がジュークの周りをゆっくり立ち込めた。

     おじさんが使い方を説明してくれたが俺はワリッツァーに見とれてしまっていて完全に上の空、腑抜けになっていた。こみ上げてくるものを抑えるのに必死だった。

     おじさんが帰った後、ママが大好きだった矢井田瞳の“Over The Distance”を流したときにはこみ上げるものを抑えきれず溢れてきた。



       【8】

     それからしばらくは店の営業が終わると一人ワリッツァーを眺めながら酒を呑む日々が続いた。開店記念日が曖昧だったのでジュークが届いた日の翌日に決めたのだが完全に後付けだ。後で気づいたのだが奇しくもこの日はジョン・レノンの命日だった。(そういえばジョンの誕生日と俺の誕生日は二日違いなのだ。あたりまえのように全然関係ないが…。)

     エキサイティングな2004年の秋が終わりを告げ冬へと衣替えが始まっていた。



       【9】

     秋は夏から冬へと変化する間のクッションのように知らず知らずのうちに訪れ知らず知らずのうちに過ぎ去る。人生の転機も同様に知らず知らずのうちに訪れてくる。一瞬を見極め答えを出すことなど奇跡に近いのかもしれない。

     人生は神に与えられ運命のようになすがままなのか、訪れる局面を自らそのつど決断しながら切り拓くものなのか、チャンスは掴むものなのか、作るものなのか・・・そんなこと今の俺にはどうでもいいこと。

     とにかく2004年の秋があり今の俺がいてみんなと出会えたことが今の自分の人生の奇跡であり軌跡なのだ。




     
  • [8] mixiユーザー

    2010年10月29日 13:22

     
      【あとがきにかえて】

    それから一年後

     店のほうはというとリンコロを気に入ってくれたお客さんが口コミで広めてくれたおかげで週末は常に満杯になった。御殿場の飲み屋のなかでもそこそこ流行っていたんだと思う。

     しばらく経って奥の畳敷きの宴会場を改装して「ライブができるようにしよう!」と天野さんが言った。

     最初は「本当にできるのか?」なんて思っていたけど、天野さんは仕事が終わり夜になると店に来ては少しずつ改装を始めた。材料は天野さんが現場で余った廃材をコツコツを集めてくれたものだ。

     先の先輩であり友人でもある内装屋さんが壁にクロスを貼り付けてくれた。さすがに床は俺が買ったものを張ってもらった。

     客席側の壁の下の部分はリンコロママが塗装を塗った。ステージの壁についている吸音のためのマットはママや天野さんの奥様や娘たちの手縫い。

     リンコロは全てが人の“優しさ”や“想い”という感情が作り上げた最高の手作りの箱なのだ。感謝ということを改めて知り、少し丸く優しくなれたような気がする。

     成田にあるサウンドハウスというところで安い照明や安い音響機材を購入し取り付けてライブスペースが完成した。以前のイメージとは全然異なる立派な部屋になったのにはびっくりした。

     最初の頃使用していたマイクは川崎のハードオフにて\840で購入しためーどいんちゃいな。そんな安いマイクでも内海利勝さんは「全然問題ないよ」と言ってくれた。さすが元キャロルだぜ!なんて妙な感心もしたな。

     3周年の時に某シンガーから「お店の音がもっとよくなるように」とドイツ製の高価なマイクをプレゼントしていただいた。もちろん今も宝物のように大事に使わせていただいている。

     ギターアンプは最初、天野さんが現場から拾ってきたというYAMAHAの古いアンプを使っていた。湯川トーベンさんや長洲辰三さんやrainmanのかっつんなどが問題なく使っていた。(今では友人がVOXを貸してくれている)

     絶対にやり易くなんてないはずだけど『弘法は筆を選ばない』。

     センチメンタル・シティ・ロマンスの中野督夫さんは「リンコロには歌魂がいるね」と言ってくれて嬉しかった。

     ライブをはじめてから昔のお客さんがいなくなっちゃたけど今は幸せだな。 ライブを行うまでのことや今はなきリンコロ二号店のことなど、まだまだ書 き足りないけど、とりあえずはここまで。続きはまたの機会にでも。

     リンコロは人との繋がりだけでやってきた。ただひとつ言えるのはリンコロはいつまでも此処には存在しないということ。永遠なんて信じないのが俺なりの美学だし生き方。終わりがあるから一生懸命にならなくとも楽しめる。いつかなくなってしまう前に、みんなには歴史を刻み込むようにたくさん歌ってもらいたいのです。それが唯一の願いであり、俺がみんなにできる恩返しなのです。




     
  • [10] mixiユーザー

    2010年10月30日 02:51

    > 湊夏花さん

    どんなんなっちゃうのかね!

    俺も緊張気味だけど、それ以上に楽しみだ♪
  • [11] mixiユーザー

    2010年10月30日 03:17

    明日、日曜日の《ふたつめのあきのひ》はまだ間に合うようです!実は俺自身も把握してなかったりします…(^_^;)

    このあきのひは今年で二年目となりますが、なんと今回は俺の稚拙な文章にメンバーがサントラ風に曲をつけてくれるという、何ともありがたい企画になってます。

    物語はRINCOLO HISTORYとも言える内容ですが、拙い文章に才あるメンバーが素晴らしい楽曲を提供してくれると思います…というか間違いないでしょう!

    RINCOLOとあきのひメンバーのコラボなんて今後二度と観れないと思うので、こりゃもう絶対に必見ですよ〜!

    観覧ご希望の方はメンバーまたはRINCOLOまでお気軽に連絡くださいねっ!待ってます〜(^_^)v



    ☆10月31日(日)
    《ふたつめのあきのひ》
    (http://www.geocities.jp/auditorium_std_no20051/akinohi/)
    開場 12:00
    開演 12:30
    ・予約A 2,000円(ランチ&1ドリンク付)
    ※ランチは、牛スジライス・デミハヤシ・タコライスから1品お選びください。
    ・予約B 1,500円(1ドリンク付)
    出演
    ■カウチポテト(http://couchpop.seesaa.net/)
    ■ノーザン☆スター(http://www.geocities.jp/northrnstar5312/)
    ■湊夏花(http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=pinksoul)
    ■こいけじゅん(http://koikejun.blog.shinobi.jp/)
  • [12] mixiユーザー

    2010年10月31日 11:02

    SOLD-OUT!!

    たくさんの御予約ありがとうございましたm(__)m
  • [13] mixiユーザー

    2010年11月01日 01:16

    《RINCORO》立ち上げのストーリー・・・・ 意味不明な感動に包まれながら
    読ませて頂きました。

    HISTORYはこれからも続いて行って下さい。

    《RINCORO》を知り得てよかったなあ・・・。

    金曜日以外あまり顔を出せない客 クマ伍郎でした。
  • [14] mixiユーザー

    2010年11月01日 07:34

    > クマ伍郎さん

    拙い文章に暖かいお言葉、感謝です!

    年末の予定がなかなか定まらないのですが、また遊んでやってくださいねっ♪
mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!
  • 2010年10月31日 (日) 開場12:00開演12:30
  • 静岡県 御殿場市萩原440-4
  • 2010年10月31日 (日) 締切
  • イベントに参加する
  • 気になる!
参加者
1人