沖縄”火の玉ホール”でプレイしていた先輩方に衝撃を受け、HouseMusicに目覚め、DJとしてのキャリアをスタート。’98年、横浜へとガラージサウンドを持ち帰り、"DjBar Sound Community DUB"をオープンさせる。そこでは、正統派なガラージサウンド、ディープハウスを主体としたSoulColorsをメインパーティーとして、横浜にハウスカルチャーを根付かせる。その後、ピュアなサウンドを中心にパブリックなスペースで開催される。横浜サンデーアフタヌーンパーティー”LUV.COや、その対極に位置する案アンダーグラウンドなサウンドを中心とした"AnotherGround"をスタートし横浜にハウスカルチャーを定着させる。