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開催終了BOB MARLEY追悼祭

詳細

2010年04月21日 16:08 更新

5月11日はボブマーリーの命日です。

彼が残したメッセージは今も、世界中で伝説として残されています。

追悼を前にボブマーリーについてちょっと書かせてもらいます。



〜ボブ・マーリー〜




1945年2月6日、ボブ・マーリィ(本名ロバート・ネスタ・マーリィ)はジャマイカ北岸の山中にある小村、ナイン・マイルズで白人の英国陸軍大尉と黒人ジャマイカ女性との間に生まれた(“ボブ”は“ロバート”の愛称)。



父はボブが生まれた後、すぐに行方をくらましました。



混血児のボブは、それゆえに白人社会からも黒人社会からもヨソ者扱いされ、少年期に深い孤独感を味わったそうです。



これが、後に、彼が世界中の人々に肌の色の違いを超え、

同じ人類として生きようと訴え続ける強い動機となったに違いないでしょう。



ボブは、19才の頃、アフリカ回帰をうたう宗教“ラスタファリズム”に目覚めました。



ラスタ教の信者(ラスタマン)はいつの日か人類発祥の地である、母なる大地アフリカに帰ることを夢見ています。



彼らが髪を切らずにドレッド・ヘアをしているのは、自分の肉体に刃物を当ててはならないという戒律があるから。


だからドレッド・ヘアは、ファッションではなくラスタ教信者の証なのです。


ボブの歌の中で、私とあなたの事を“ I & I ”と表現していますが、

ラスタマンの表現には、”You”というものがないからだそうです。


自分と他者を分けず、人類は皆“ I ”。


素敵ですね★






1960年代後半)からジャマイカは政情がひどく不安定な状況に陥っていきました。

右派と左派の政治抗争はそれぞれの党の支持者同士の武力抗争に発展し、この争いではマシンガンどころか戦車まで登場したそうです。

憎しみの連鎖が次々と暴動を産み出し、多くの人が殺され、首都キングストンは世界で最も危険な区域となりました。

キングストンは悲惨な暴力と無秩序の町へと変貌しました。


●WAR(1976)

『♪この哲学が 人種に優劣をつけるこの哲学が
永遠に消えない限り戦争は続く
あらゆる国の民に1級だの2級だの区別がある限り
肌の色の違いが目の色の違いほどにならない限り
戦争は続く』



この歌詞はボブが信仰していたラスタファリズムの神教者となるハイレセラシエの言葉を引用してつくったものです。






1978年

後々音楽の伝説となったライブ
《ワン・ラブ・ピース・コンサート》に出演。


コンサートは非常に大規模で、一日中キングストンは人であふれました。

外国の取材班も多数集まり、客席の前列一帯には、首相、国会議員、判事らが招待された。





ジーンズに麻の服を着たボブがステージに上がったのは、真夜中。




歌のクライマックスでボブは両党首に
「どうかステージに上がり皆の前で握手して欲しい!」
とマイクを通して呼びかけます。



当初面食らっていた両党首だが、大勢の観客が注視していることもあり、側近たちにうながされてしぶしぶとステージに上がっていき、

2人の党首がボブの横に立ち握手をすると、

ボブは2人の手を取り、観衆全員に見えるように高々と持ち上げたのだった。ボブは祈るように目を閉じていた…。

※ライブの様子(超感動します。)


そして、コンサートは名曲『ワン・ラブ』で幕を閉じた。


古今東西、多くのミュージシャンが世界を変革しようと社会に働きかけてきたが、これは目に見えて音楽が具体的に政治を動かした決定的な事件となりました。


1981年(36歳)。





彼は脳腫瘍の為に下半身が麻痺し、既に歩行は不可能になっていた。




5月11日、いよいよ死が迫り家族が彼の病室に集まった。
「どこにも行きやしないよ」
ボブはそう言ったが、しばらくすると目玉がくるりと回り意識を失い、いびきをかきはじめた。

数分後医者は、ボブの臨終を告げた。午前11時45分、ボブ・マーリィ死亡。


18才でウェイラーズを結成して以来、約90曲を残し、ボブは18年間の音楽活動にピリオドを打った(ファースト・アルバムの発売からわずか8年後の死だった)。



国家元首でも将軍でもない、ただのミュージシャンでありながら彼の葬儀は国葬とされ、首都の
大聖堂で厳粛にとり行われた。

その後、遺体は故郷のナイン・マイルズ村へ運ばれ、村内の“ザイオンの丘(安息の地)”で彼は永遠の眠りについた。




〜その昔 海賊達は俺を捕らえ
商人達に売り飛ばしたんだ
そして あいつらは俺を船底から引きずり出した
しかし 丈夫な俺のこの手は
全能なるジャーから授かったものだ
俺達はこの時代を進んで行こうよ!
誇りを持ってさ
歌ってほしいんだ!
この自由の歌を
何故なら俺が歌ってきたのは
全て救いの歌なんだ
あなたにも歌ってほしい
この自由の歌を
何故なら俺が歌ってきたのは
救いの歌だけなのだから

(ボブ マーリー REDEMPTION SONG より)



5月11日はボブマーリーの命日です。


生きていれば65歳を迎えていたボブマーリー。





ボブが歌っていたように、願えどまだ戦争は終りません。

今も尚、世界中では数々の争いが続いています。


ですが、彼が世界に与えた影響は計り知れません。



この日は、彼の残した功績を偲んで、追悼を行います!


私は、ただただ思います。



生きながらのボブが見たかった!!!!!!!!!!!!!!!!!



ボブマーリーを知っている人、知らない人、この日はボブのライブだとおもって楽しみにきてください!


★BOB MARLEY 追悼祭★

2010年5月11日(火曜日)

@CLIPS

OPEN: 20:00〜

START: 21:00〜



〔DJs〕 DJ MOTHAN, DJ MIKI, DJ 隊長

〔GUEST DJ〕 Riddim Art

〔Live!〕 J-ZO(JFK), JAi

〔SOUND〕BEAT MASSIVE



料金:チャージ\500with 1D oder


皆様のお越しを心よりお待ちしています。

住所:福岡市中央区大名2−1−50公建ビル6階
TEL:092−713−0058

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  • 2010年05月11日 (火) 火曜日
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