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開催終了●ジャズと枝雀と女学生ゲリラの会〜平岡正明さんを追悼するvol.0〜

詳細

2009年08月13日 19:28 更新

●ジャズと枝雀と女学生ゲリラの会 〜平岡正明氏を追悼するvol.0〜

 ★どんな感情をもつことでも、感情をもつことは、つねに、絶対的に、ただしい。
                              『ジャズ宣言』(平岡正明)


 先月7月9日午前2時50分、評論家の平岡正明氏が脳梗塞のため逝ってしまった。
ジャズ、歌謡曲、映画、思想、革命、犯罪、武道、演芸、落語、とあらゆるジャンル横断し、
光速器のように言葉を連射し、無鉄砲で無防備、アナーキーで一撃必殺、いい加減で偏執狂的、博覧強記で縦横無尽な恐るべき百数十冊の著作を残して去っていった。
「山口百恵は菩薩である」「大山倍達を信じよ ゴッドハンド本紀 」「変態的」
「三波春夫という永久革命」「哲学的落語家! (桂枝雀)」‥‥‥
タイトルだけでもわくわくするような、その本の暴力的な言葉は僕らの世界と時代にどこまで届いていたのだろうか?

■ジャズと枝雀と女学生ゲリラの会 〜平岡正明氏を追悼するvol.0〜

平岡正明氏が愛した桂枝雀とジャズと足立正生の映画(『女学生ゲリラ』)で、
平岡正明氏を追悼するイベントです。
★ジャズの飛び入り演奏(樋野展子さんSaxophone+浅田和夫さんSaxophon )あり。

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【日時】 8月14日(金) 19:30〜
(プログラム 予定)
・桂枝雀 『幽霊の辻』上映 20:00〜
・『女学生ゲリラ』(部分)上映  20:40〜
・桂枝雀 『雨乞い源兵衛』上映 21:00〜
・『女学生ゲリラ』上映 21:40〜
▼途中(映像上映中もあり)
樋野展子さん( Saxophone )、
浅田和夫さん( Saxophone )のジャズの飛び入り演奏があります。
ご期待ください。

【場所】
〔FINNEGANS WAKE〕1+1 にて
【料金】
 無料 (Bar通常料金にて ※drink + cover charge )

【予約・お問い合わせ】
※[予約優先]  
 当日参加も大歓迎ですが、定員20人ほどの小スペースなので、
 できれば、予約をいただければ、 ありがたいです。よろしくお願い致します。
●(メールでの予約)
fw1212+090814@gmail.com
・お名前 ・お客様のE-MAIL ・お客様のTEL
・お客様の住所 ・告知を見られたメディア・コミュニティ名
をご記入のうえ、 上記アドレスまでお申し込み下さい。
●(電話での予約・問い合わせ)
06-6251-9988 PM8:00〜 〔FINNEGANS WAKE]1+1 まで。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
▼Bridge Gallery & Bar 〔FINNEGANS WAKE〕1+1
大阪市中央区東心斎橋1-6-31 リードプラザ心斎橋5F
(東心斎橋、清水通り。南警察署2軒西へ)
TEL 06‐6251‐9988
※地下鉄堺筋線・鶴見緑地線 長堀橋駅下車 徒歩3分
※地下鉄御堂筋線 心斎橋駅下車 徒歩8分
 →→(心斎橋筋から来られる方は、大丸前のスウォッチの角を東へ真っ直ぐです。)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(プログラム 改題)
●桂枝雀「幽霊の辻」
この創作落語は都会の底に村落共同体のようなものを分泌する。
手紙を届けようとする男が水子池、首無し地蔵、父追い橋、首くくり松の先にたどりつこうとする掘越村は、
Kがたどりつこうとしてたどりつけないカフカの『城』を枝雀のフィーリングにおいて思わせるし、‥四つの障害はパソコンゲーム往年の名作『スーパー・マリオ』のキャラを思わせる。 『哲学的落語家!』平岡正明
●「雨乞い源兵衛」
 「雨乞い源兵衛」という創作落語は、亀の上に英雄が立って空が崩れるのを支えている
東アジアの古代世界観の深部に達している。『哲学的落語家!』平岡正明
●『女学生ゲリラ』
監督: 足立正生 出演:平岡正明、 福間健二
卒業式粉砕を企む女学生たちが、自衛隊を襲って武器を奪い、学生たちとともに渓谷に立てこもリ、次第にゲリラ化していく…。将来に希望をなくした次代の若者の刹那的な挫折感を描いている。若松プロが政治的ボルテージを高めた時期の作品。(「キネマ旬報社」データベースより)。
▼サイコー、エリ、エリ、私は、あなたを絶対忘れない。
「この映画を、今は無き新宿蠍座のじゅうたんの上に寝そべって、みられただけで、私は、生まれてきた、価値が、あったというものだ。‥‥足立が、ゴダールを超えた。それは、映画が、世界を動かした、その1点にある。その、原点中の原点が、この、ナイーブかつ、暴力そのものである、‥‥」(By natunohi69 )
■平岡正明
64年に評論家デビュー。70年ごろからは太田竜や竹中労らと世界革命浪人(ゲバリスタ)を名乗り、
新左翼系文化人として注目を集めた。70年代後半以降は文学や音楽、芸能などに領域を広げ
、79年、著書「山口百恵は菩薩である」が話題になった。90年に「大歌謡論」で大衆文学研究賞、93年に「浪曲的」で斎藤緑雨賞を受賞。近年は落語論も手がけた。横浜・野毛を活動の拠点に、大道芸や寄席の企画にもかかわった。
***********************
(平岡正明論)
今日では、誰もが喧嘩の流儀を忘れてしまった。あらかじめうごかしようのない派閥と力関係とかが、
私闘の前に勝敗を決めてしまう。感情の稲妻は押し殺され、怨恨がだらだらと膿のように掌に残るばかりだ。喧嘩の極意は退き際の一瞬にある。
相手の急所にうまく蹴りを入れた後、いかに後ろ姿を決めて去っていくか。
(『ザ・グレーテスト・ヒッツ・オブ・平岡正明』四方田犬彦)
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売れない評論など、出版社からはゴミのようにしか見られない時代だ。
その純マイナーぶりが、反骨と反権力に徹し、横浜の下町・野毛を愛し続けた平岡には
似つかわしかったのかもしれない。
平岡によって漸く理解された芸術家や芸能は多々あるが、
平岡を理解しえた者はごくわずかだった。彼の孤高の批評人生は伝説となるだろうが、
彼を評価できるかどうかを、後世は試されるのだ。(東京新聞「大波小波」)
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ポイントは単純、平岡正明は一種、リトマス試験紙で、
現段階(逝去段階)の平岡評価は、
その者の反権力性のあかしともなるということだ。
加えれば、思考がいかに口承重視で
フレキシブルで逆転創意的か、それを測る手立てともなるだろう。
さらにはこういえばいい。
平岡評価にはニューアカ的な手続きとは別の基準が要って、
その評価手続きはひとり平岡のみならず
批評の今後――批評の動物神経的な流動性をも証しする、ということだ。
               (ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ)

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