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開催終了西村智弘企画 イクタスVOL.1 千葉鉄也・榎本裕一

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2010年02月24日 00:05 更新

西村智弘企画 イクタスVOL.1
千葉鉄也・榎本裕一

2010年2月2日(火)―5月28日(金)
11:00-21:00

TIME&STYLE MIDTOWN
東京都港区赤坂9-7-4
東京ミッドタウン ガレリア D-0301
東京メトロ日比谷線/都営大江戸線 六本木駅 直結
Phone:03-5413-3501

〜進化するグラデーション〜 

かつてゲーテは、色彩を「生成しつつあるもの、成長しつつあるもの、躍動しているもの、変転しうるもの」として捉えようとした。ゲーテの『色彩論』における色環は有名だが、グラデーションは色彩の本質的な部分に属しているといえるであろう。
 グラデーションとは生成のプロセスである。色と色のあいだに境界は存在せず、細かく見ていっても無限の連続があるだけである。「赤」や「青」といった実体があるわけではなく、そうした名称はあくまで暫定的なものであって、本来は言葉で限定することができない。グラデーションは絶えざる変化の過程とともにあり、固定されることからどこまでも逃れるものなのだ。
 千葉鉄也と榎本裕一は、グラデーションのみによって作品を成立させている点で共通する。千葉の絵画では、矩形の平面に対して水平なグラデーションが描かれている。油絵、アクリル、顔料など多様な素材を使い、作品ごとに表面のマチエールは大きく異なる。一方、榎本の作品はお皿のような形態をもち、その形にそってグラデーションが描かれている。塗料をひたすら塗り重ね、最後に型を外してしまい、塗料の厚みだけによって成立した作品もある。
 千葉と榎本の作品は一見すると抽象であるが、ある面からみれば具象的でもある。千葉の絵画におけるグラデーションは、たとえば陰影として見ることも可能であって、そこにトロンプ・ルイユのような三次元的なイリュージョンを認めることができる。榎本はつねに具体的なモチーフを描いている。植物を選ぶことが多いのだが、彼がそこに見ているのは色である。榎本は対象のディテールを徹底して凝視しており、たとえば最近制作した薄緑色の作品は、白いバラの花弁と花弁のあいだの色を忠実に再現したものである。
 千葉はイリュージョンの問題にこだわっており、榎本は色彩にこだわっている。彼らは、そのこだわりをストイックなまでに押し進め、余分な要素をできるだけ排除することで、作品はある純粋状態に到達している。しかしこの純粋さは、いわゆる絵画の純粋性とは異なる。むしろ彼らの作品は、各自のこだわりをどこまでも突き進めた結果、一般的な意味での絵画から逸脱している。
 榎本は色を追求し、塗る形を模索するなかでお皿のような形態に到達した。彼は、画面が中心をもっていたり、支持体が側面をもっていたりすることに違和感があるというのだが、お皿の形はこの違和感を避けた結果でもあって、従来の絵画形式から必然的にずれていった。
 千葉の作品はオーソドックスな絵画の形態を取っているが、彼もまた矩形の平面であることに甘んじていない。千葉の描くグラデーションは、イリュージョン的な効果のために画面自体が歪んだり、曲がったりするように見える。また表面の強固なマチエールは、絵具の物質性を際立たせ、矩形の平面を物体へと近づけている。榎本が矩形の平面という外形を回避しているのに対し、千葉は内部から絵画を解体しているといえるだろう。
 千葉と榎本は絵画から出発しながらも、その作品は絵画であることに固定されていない。彼らにとって矩形の平面は自明なものではない。絵画もまた実体として存在していないのであって、表現行為のなかで変化し、成長し、進化しているといえるだろう。彼らは、一般的な意味での絵画と異なる別のもの、美術にとって未知の表現に向かっている。
西村智弘(美術評論家)

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  • 2010年02月24日 (水) 2月2日〜5月28日まで
  • 東京都 東京ミッドタウン
  • 2010年02月24日 (水) 締切
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参加者
1人